あれは黄色くて大きな満月が浮かぶ夜だった。そして、ダヴィッドの人生を「それ以前」 と「それ以後」 に分けた、神聖なる夜だった。   太陽と月の終わらない恋の歌 O Holy Night 1  ダヴィッド・サイデンは上等の黒の外套を海風になびかせながら、ルザーンの港に泊まる船のデッキに佇んでいた。くっきりと男らしい線をひく眉の下では、漆黒の瞳が静かに海洋を眺めている。 大海原から運ばれてくる塩っぽい風に髪が揺れ、ダヴィッドは自然と目を細めた。 時刻は夕方で、太陽は下の端っこを地平線に沈め始めていて、気のはやい星々がすでに橙色の空に淡く現れはじめている。 ダヴィッドはそんな夕暮れの空に目を移した。 すると、潮風に乗って、真新しい塗装の匂いがツンと鼻をつく。 三日後に処女航海を控えたこの新しい旅行客船は、サイズこそ中規模だったが、最新鋭のエンジンを備えており、速さと安定では他の客船の群を抜くのだろうと誰もが期待している。 所有者は他の誰でもない、ダヴィッド・サイデンその人だった。 今夜は満月らしい……。 ――あの遠い地平線の彼方に、いつか辿り着く日が来る。 いつもそう自分に言い聞かせて、マノンとの関係を続けている。 いつか、 あの満月の夜に出逢った、救いの月。   |