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Aspeggio 10: Happily Ever After and .. 「本当に、一時はどうなる事かと思ったけど――」 リリアンの淹れたお茶を啜りながら。 子供用カーペットの上で陽気にじゃれあう2人の赤ん坊を眺めて、マリは満足そうに顔を上げた。 「今は皆元気ね。この子達も順調に育ってくれてるし……とりあえず平和だわ。時々少し仕事が恋しくなるけど!」 最初の数ヶ月は、慣れない目まぐるしさに、日付を考える暇もないほどだった。 生まれたばかりの小さな彼らに振り回されて、疲れて、泣いて、笑って。 気が付くと季節が変わっていた――そんな感じだ。 小さな変化と成長が愛しくて、大切で、そして新鮮だった。 時は宝石のように輝いていて、その光の源は、そんなことは知らず必死に大きくなっていく。 「それにしてもディーンはフレスク指揮官そっくりねぇ。ミニチュアみたいだわ、血は争えないっていうか、ここまで似てると遺伝の神秘ね」 「ん、デーナの小さい頃の写真にもそっくりなの。私にはあんまり似てなくて」 「あんまりというか、全然というか……少しだけ髪が巻いてるの、これ位かしら」 マリは子供達に近付いて、ディーンの頭を撫でた。 今はまだ可愛い赤ん坊そのものだが、その顔付きはしっかりしていて、未来予想図があまりに鮮明に想像できてしまうのだ。どうにも父親の姿がオーバーラップして、下手な事は出来ないような気がしてしまう。 しかしデーナそっくりのディーンに対して、ダンとマリの娘、フィリスはちょうど2人を足して真ん中で割ったような外見と雰囲気だった。 どちらともつかない、しかしどちらでもある。これはこれで充分、遺伝の神秘だ。 「もうすぐ10ヶ月になるかしら。私はここの玄関で破水しちゃうし、リリアンは2週間も絶対安静だったし……大変だったけど、今となってはいい思い出よ」 「う、うん……」 「でもまぁ、しばらく2人目はお預けだわ。でしょ? 大変だったものね」 「あ、う、……」 ある日の午後、子供を連れて遊びに来たマリを迎えて、リリアンは立ってお茶菓子を用意しようとしていたところだ。 2人の夫はもちろん、"仕事" 中だ。 しかし最近は両人とも、毎晩とまではいかないまでも、訓練が終われば帰宅出来る日が増えていた。 それは、それが可能な場所に家を持ったからでもあるし、流石に、年とともに役割も変わってくる。 特にデーナはすでに中佐へ昇進が決まっていて、本部からも時折声が掛かる。 リリアンはポーセリンの皿を持ったまま、マリの台詞に静止していた。 「あっ、あのね、それなんだけど……マリさん」 言い訳しようとするような、リリアンの口調。マリは子供の傍に座ったままリリアンを見上げた。 本当に一児の母なのだろうかと疑いたくなるくらいの、可憐さ。相変わらずリリアンはその天使のような容貌を保っている。 いや、さらに成熟した魅力が加わったとさえ思える、柔らかい美しさ。 それが今は羞恥に、いや、喜びに、頬を赤く染めていた。 「え、やだ、嘘。まさか……?」 ――気持ちは分からなくもない。マリはそう思う。 こんな女性を妻にして、自制心と戦うのがどれだけ大変か、女の自分でも想像は付く……が。 「うん……多分。この週末に病院で調べてもらう予定になってて……」 「予定って! フレスク指揮官はもう知ってるの?」 ――リリアンはこくこくと数回頷いた。 「昨日の夜伝えてみたの。それで、えぇっと……想像、ついちゃうでしょう?」 比較的小振りのベビーベッドを買っておいたせいで、木製のそれは、ディーンにはすでに少し窮屈そうに見えた。 この息子は、あんなに華奢な母親から生まれてきたというのに、誰に似たのか――ぐんぐんと成長している。 ベッドを小さめにしたのは、それがリリアンに楽だろうと判断したからだ。 しかしこのままでいけば、かえって大変にしてしまいそうな雰囲気だった。 自分の体型を、息子のそれを通じて、鬱陶しく思う。妙な気分だ。 ベッドに寝かせると、ディーンは抵抗らしい抵抗も見せずすぅっと眠りに入った。デーナが帰宅してから今までのはしゃぎ様を考えれば、随分はっきりとしたスイッチの切り替えだ。 デーナはディーンの寝顔を覗いて、それをしばらく見つめていた。 ――今、だけなのだ。彼らにとって存在する時間は。 ただ今、この瞬間だけを必死に生きる。数分先も、数秒先さえも見えない。 ただ与えられたこの瞬間だけを全力で泣いて、笑って、求めて。そして疲れると糸が切れたように眠ってしまう。 明日また、大きく前に進むために。 羨ましいだろうか? 自分がそうだった頃の記憶など、大してない。 それだけ必死だったのか、ただそういう生命の仕組みになっているのか。しかし、どちらにしても結果論だ。 赤ん坊だけではない。 自分もまた成長している。 好む好まざるに関わらず、日々降りかかる困難と苦労と、幸せと愛の間で。前を向き未来を求め続ける限り、いつでも。 「――どうした? 入ればいいだろう」 部屋の入り口にリリアンの気配を感じて、デーナは顔だけ、肩越しに振り返った。 リリアンは気付かれていた事に気付いていなかったようで、少し驚いた顔をして、はにかんだ笑顔を見せて入ってきた。 「ごめんなさい、邪魔になるかと思って」 「ならないよ。なる訳ないだろ――おいで」 「ん……」 リリアンが傍に来ると、デーナは彼女の肩を抱いた。 ディーンは幸せそうに寝入っている。 ――今この瞬間も。想いと、願いと、未来の狭間で。 強くなろうともがいている。道を探して、そこを、歩き抜く力を欲して。 「……デーナは、幸せだったでしょう? 兄弟がいて……私、ずっと欲しかったの」 懇願するような声と、瞳で、リリアンはデーナを見上げながら言った。 デーナは静かに微笑んだが、簡単には首を縦に振らない。 「幸せだったよ、まともな両親がいたお陰でね」 と、そう言って腕に力を入れた。 「――俺はお前に何かあったら、まともに父親は続けられない。そうなったらこいつにとって、兄弟がいるから幸せだとか、そんなのはそれ以前の問題になる」 ――それは多分、狂言のようなものだ。 リリアンには分かっている。デーナはきっと、何があっても、父親としての義務を放棄したりしない。 それでもこれを言うのは、願い、なのだ。痛切な。 リリアンはゆっくり、手をデーナの頬に伸ばした。そして少しだけ踵(かかと)をあげて、その頬に、柔らかく口付ける。 「分かってるから……ね、私も」 探るようなデーナの視線を受け止めながら、もう一度微笑む。 「私だって知ってるから。母親なの。強くなるから、信じていて」 そして―― その後デーナがリリアンにどう接したとか、それに、リリアンがどう戸惑ったとか―― そんな話があって、また、涙と喜びがあって、新しい命がもう一つ誕生したとか。 周囲の不安をよそに、それは安産だったとか…… いつまでも、いつまでも、未来はこんな風に、沢山の想いを抱えながら、先へ続いていくのです。 ――病める時も健やかなる時も。 幸せも不幸も、2人で乗り越えようと、そう誓ったでしょう? 貴方の優しさが、私の強さに。私の笑顔が、貴方の力になる。 何度躓(つまづ)いても、何度波に呑まれても。 こうして重なり合い、響き合って、私達の歌は続いていく――美しい旋律に乗って。 |
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