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時はやがて満ちる。 限りない愛と、切ないほどの想いに包まれて。 君は帰るだろう。その腕の中に――
Our Way Home
白が好きだと、そんな事を言っていたような気がする。 リリアンはマリが数時間掛けて選んだらしい、小振りの、淡い白のブーケを片手に持ちながらゆっくり歩いていた。 「素敵な式でしたね。すごく華やかで、皆幸せそうで……」 リリアンは薄い桃色の軽やかなドレスを纏い、その髪は、襟首辺りの位置で緩やかに纏められている。 初めて逢った頃にそう思ったのを、不意に思い出す。
それは、あの派手なプロポーズからやっと1ヶ月が経ったばかりという、よく晴れた日。 ダンとマリの結婚式は確かに、そして豪華に行われた。 緑の芝生に、白い布と花々に飾られた沢山のテーブルが並ぶ、爽やかなガーデンウェディングだ。 そして、式もいよいよ盛り上がってくると、女性にとっては最大のイベントであろう、ブーケのトスが行われた。 愛する男性に愛され、守られて、傍に寄り添うことを許される―― そんな幸せを授かった自分が、更にこの幸福な役目を頂くのは、過ぎている。 けれどブーケを投げる瞬間、マリはリリアンの方を振り返って、意味ありげに微笑んで見せた。 ――憧れていなかった訳じゃない。期待が、無かった訳でも…… 柔らかい、しかし溢れるほどの生気に満ちた、美しい白。 つい匂いをかぐように花々に顔を近づけると、やはり、想像した通りの甘い香りが伝わってくる。 ――微笑み返すのが、少し難しかった。 しばらくしてリリアンがフラフラと席に戻ると、デーナは立ったまま、まるで、全てお見通しであるかのような優しい表情で彼女を迎えた。 「ね……受け取っちゃった」 「分かってるよ、良かったな」
いつかこんな日が来るのではないかと、心のどこかで知っていたのかもしれない。 出逢い惹かれ合い、時に苦しみ時に涙し、そして時に、喜びに胸を震わせた。 人は繰り返す。この壮大な系譜を。 そして掴む。
*
久しぶりではあったが、そこは、以前見た時と何の相違もないまま静かに佇んでいた。 しかし自分達は違う、変わったのだ。それは、彼らと自分達の時間の違い……でもあるのだろうか。 「きっと、素敵な方達だったんですね……」 ――こんな会話も、あの頃は出来なかったはずだ。 しかし今はもう、少なくとも2人の間では、そんなタブーは何処かに溶けて消えてしまったように、なくなっていた。時々過去の話をする。それが、かえって落ち着ける時さえあった。 ダンとマリの結婚式からの帰り道。2人は、基地へ戻る前に少しだけ……と、デーナの家族が埋葬された墓地へ足を運んでいた。 車は例の駐車場へ停めたまま、ブーケはそこへ残し、別の落ち着いた花束をリリアンが運んでいた。 「会いたかったんだろ?」 デーナはリリアンにそう言って、前に出ることを促す。 ――風が吹き抜ける。 それが何を意味していたのだろう。いや、意味など何も無かったのかもしれない。しかし、それでも構わなかった。 傍にあった大きな木が、風に乗ってざわざわと音を立てる。 悲しくないと言えば、それは嘘になる。 それは変えられない過去と、これから築いていく未来の、狭間。 リリアンは静かに一歩前に出ると、ゆっくりとした動作で手元の花束を墓石に備えた。 「……ありがとう、ございます。素敵な人を生んで、育ててくれて」 今、泣くのを許されているのは、自分ではない。そう、リリアンは自分を落ち着かせようとしたけれど、涙は簡単に理性の間をすり抜けて零れ落ちる。 顔を上げると、デーナと目が合う。 しかし同じ思いを胸に抱いて、しばらくそのまま抱き合っていた。
*
「もうそろそろ帰らなくっちゃ……ね、"フレスク指揮官"」 リリアンが少し悪戯っぽくそう言うと、デーナは視線を横に泳がせて短い溜息を吐いた。 しかし、華奢なリリアンまで芝生に直に寝転ばせるのは、さすがに気が進まない。 「あの野郎……何が短く、だ」 結局、ダンとマリは新婚旅行と称して3週間近い休みを取っていた。 「そうだな、今は」 時は、永遠ではない。ただ時々、そんな気がしてしまう事がある。 頬に、瞼に、そして髪へと、デーナはゆっくり指を這わせた。微妙で柔らかいその感触に、リリアンが微笑と共に小さな声を漏らす。 「また……しばらく、こんな風には出来なくなっちゃいますね」 確かに暫く休みは取れない。という事は、顔を合わせる機会はあっても、こんな風に2人きりで過ごす時間は殆ど取れなくなるのだ。 変わったのは、なんだろう。 ただ漠然と生きていくだけではない。幸せにしたい相手が出来たということ。 未来に残したい何かが、自分の中で、生まれたということ――
「……家でも建てようか、そのうち」 そう言ったデーナの手は、柔らかな薄い茶色の髪を漉いているまま。 しかしそれを理解し、同意するのに、長い時間は掛からない。 「そうですね……基地から遠くなければ、通えるし」 明日を描く。そんな、単純で誇らしいこと。 確かなものなど何も無いのに、今は、何の不安も感じない。 ああ、そうだった――と。 これが、帰るということ。 溜息をついて。時に、愚痴を言って。 どんな風に襲われても、どんな波に飲み込まれそうになっても ここにいる時だけは、安らげる。 「子供は?」 年の差もあるのだろうか? どちらにしても、結婚もデーナの方から言い出したことだ。 それはリリアンにはまだ少し夢物語の感が拭いきれなく、くすぐったい話題だ。 「……沢山、欲しいです。私、一人っ子だったから」 必死に言葉を探すリリアンを、デーナはからかうように遮った。 「どうして訊くんだよ」 リリアンははにかみながら頬を膨らませて、そして、今出来るの精一杯の抗議……らしきものを口にした。 「だって、私1人じゃ出来ないから……デーナも一緒に、考えて……」
――初めて逢った、あの頃。 ねぇ、誰がこんな未来を思っただろう。それは、想像さえもつかなかった筈の、遠い夢。 気が付けば時に追われ、流されて、辿り着くでしょう。
闇の中に昇る、鮮やかな光。 未来への兆し、そして――
繰り返す奇跡。 あなたと紡ぐ、懐かしい夢―― |
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