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まるで恵みの雨のように―― 降りそそぐ幸せを胸に抱いて、誰もが一歩を踏み出す。
L'Hymne A L'Amour
ガヤガヤとした喧騒も、今はどうしてか心地よい。 騒がしさの元である人々の声もまた、今夜はどこか軽快な調子だ。 いつも通りの親睦会――ではあるのだが今回は、お祝い、に近い意味があるからだろうか……。
「こんないい気分は久しぶりやな。デーナが居るから俺は何もする必要ないし、隣にはマリさんや」 ダンがそう言いながら、隣に座るマリの顔を覗きこんだ。 「テーブルに肘、付かないの。子供じゃないんだから」 腕をテーブルにのばして、肘を付き手に顔を乗せているダンを、マリはそう言って窘めた。けれどダンはそれに嬉しそうに微笑むだけで、姿勢を改める気はないようだ。 ダンとは別の側で、マリの隣に座っているリリアンが、そんな2人を見て可笑しそうに笑い声を漏らす。 「すごく仲良い」 「だろ、さすがリリちゃん。話が早くていいわ!」 自分を間に挟んでクスクスと、子供の様に笑い合っているダンとリリアンの2人に、マリは抗議の声を上げた。 「内緒で教えてあげます。ダンさんが居ないときマリさんってばね」 僅かに頬を染めているリリアンを見て、マリは、彼女がいつの間にかグラスに口を付けていたのが分かった。 「大丈夫だよなー、リリちゃん? ちょっと位は愛嬌や。可愛いやないか」 と……そこまで言いかけて、ダンは動きを止めた。 「――誰が飲ませた?」 背中から低い声が聞こえて、マリは、自分ではない というように首を振った。 「ご苦労様。お仕事、もういいんですか?」 慣れた風に――見つめ合ってそんな会話を交わす2人を、ダンは微笑んだまま見ていた。けれどその笑みは、今度は少し種類の違うものだ。 デーナの指が軽くリリアンの頬に触れて、熱を計る。 ――最近、こんな事が多くなった気がする。 しかしそれに抵抗を感じる事はなくて、ごく自然に、ただ"そう" なのだと―― 本来の自分だ。 「これ以上は駄目だ。勧められても飲むなよ」 リリアンの懇願するような瞳に、また、言い様のない愛しさと保護欲を掻き立てられて、抗えない。
――この幸せを、愛しさを。夢ではないと……どうやって実感すればいいのだろう。 時は満たされながら流れ、自分達をここまで運んだ。
*
親睦会はいつになくスムーズに進み、気が付くと皆がリラックスして、各々を楽しんでいた。 食事を続ける者もいれば、気の合う仲間との会話を楽しむ者もいる。掛かっている音楽に合わせて踊る者もいたし、堅苦しい雰囲気は余りない。 最初にペキン大佐の挨拶があり、デーナの帰還と功績、そして昇進を発表した。 他にも今回の功績により、階級が上がる者も多い。 「おめでとうございます、流石ですね」 ――そう、デニスに声を掛けられて、ガルは顔を上げた。 妬む者も無いわけではなく、微妙な立場だった。 「面倒が増えるだけだ。お前の親父とは違うからな」 が――特に喋る事がある訳でもなく…… 「……式に呼ばれたりするのかな」 視線の先のデーナとリリアンは、まるで当然のように……寄り添いながら座っている。 リリアンと出逢う前のデーナはいつも、親睦会のような場は疎んでいる感じがした。それが今は自然に溶け込んでいる。 彼女が幸せならそれでいいと……言ったのは自分だった。 「まぁ……悔しいけどお似合いですね。入り込む隙は無さそうだ」 確かにデニスの言う通り……隙が無いというより、2人の笑顔を見ていると、邪魔する気など簡単に何処かへ吹き飛んでしまう。
たとえば10年後、今を振り返って―― 心が痛まないかといったら、そうではない。きっと身体はこの苦しみを覚えている。 たとえどんなに幸せになれても、この苦味はどこかに残るだろう。 それは真実だ。真実で、現実だ。 それは誰もが同じで、生きている限り切り離せない、人生の業――。 喜びだけに囲まれて生きることが出来ないように。
*
親睦会も終盤に差し掛かってきた頃――。 雰囲気は打ち解けていて、大きな家族がガヤガヤと騒いでいるような様相をしていた。 そんな、宵も更け始めた時間。 会場の中央近くには簡単な台とスピーカーが設置されていて、音楽を流したり、挨拶をするのに使われている。 「? どうしたの、ダンさん、急に」 「さあ! あの人のする事って時々、私にもよく分からないのよ」 デーナだけが、そんなダンを片目に、どこか可笑しそうな顔をしていた。 「……知ってる、でしょ?」 そんなデーナの答えに、リリアンとマリは顔を合わせて瞬く。 「えー、諸君! 今夜は俺から重大な発表がある。ありがたく拝聴するように!」 そんな時。マイクを通じたダンの声が、大きく会場に響いた。 ダンは壇上でマイクを握っている。周りを一瞥すると、リリアン達が居るテーブルに視線を戻した。 「今夜はめでたい席や! 昇進した奴も多いし、ずっとフラフラ行方不明だった我等がデーナ隊長も帰ってきた」 最初は何かと驚いていた周りも、ダンが喋り出すとそれに耳を傾け、拍手を送った。 「そこで! ついでや、もう一つめでたい知らせを加えたいと思う!」 ――そんなダンの声が響くと、会場は驚きと期待で一瞬、シン……という静寂が響いた。 「……運命の瞬間って奴かな。覚悟しておけよ」 別の席ではリリアンが、その大きな瞳を瞬かせながら、両隣のマリとデーナを交互に見た。 とりあえず、デーナは何かを知っている。けれどマリは何も知らない――という事は分かった。 (な、何……?) 「まぁ、大体の予想は皆、ついている筈やけどな……」 ――確かに、皆、大体の予想はそれぞれの心の中にある。 けれどダンのそれに続く言葉は、そんな周りの予想を軽快に裏切った。 「昇進もした事やし、俺はこの春結婚することにした! 式には、ここに居る全員を招待するつもりや。親を質に入れてでも来るように!」 ――ええ!? 「え、え、え、相手はマリさん……よね……?」 軽く興奮したリリアンが、マリの手を揺すった。 会場が、ざわざわと色めく。 (どうなってるのよ……?) しかし壇上に立っているダンの視線は、明らかにマリの方へ注がれている。 何か言いた気な、不敵な表情……。 本当にただ、あぁ、と。 「相手は皆知ってるやろ、給仕係のミス・マリ・ガードナーや。この世界で唯一、俺の手綱を引ける女や」 ――人を好きになるとき、こんなに胸が高鳴るのは何故だろう……? さぁ、この人を捕まえなさい、と……。 「そんな訳や。マリさん、俺と結婚してくれるか?」 ダンがマイクを通じてそう言うと、周囲から笑いが巻き起こった。 マリは微笑みながら、首を横に振った。 それを見て、ダンはマイクを壇上に残してゆっくりと戻って来た。 「馬鹿…………」 そして2人は、何かを低く呟き合った。それはすぐ傍にいるデーナとリリアンにさえ聞こえないような、小さな声だ。 ――今度は熱い歓声が湧き上がった。 しかしそれは、今のダンとマリには、聞こえていない様だったけれど……。
*
「先を越される事になるな」 「? 何がですか?」 突然の台詞に、リリアンは顔を上げてデーナを見つめた。 あれから。 少し離れた所では同じように、ダンとマリも音楽に合わせて身体を寄せ合っていた。 結局、デーナはリリアンの質問に答えないまま。 「前にここで一緒に踊った時は……片思いだったの。だから……今はこれで充分……」 胸の奥を振るわされる。そんな甘い声に、デーナは彼女を抱く腕に力を入れた。 「――そういう事にしておこうか」 そう言って、また、ゆっくりと時と音楽とお互いに身を任かせる。
貴方が微笑むとき、この心はいつだって高鳴る……。 ――微笑み返すと、優しい口付けをくれる。 繋いだ手はあたたかくて力強くて、そして優しい。
歌おう、愛の歌を。 日が暮れるまで、夜が明けるまで。ずっと…… |
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