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Ready and Steady
本部のゲートに到着する――。 と、待っていたというように案内役が車に近付き、全員が建物の中へ案内された。 形式のみの検査が行われ、首から掛けるIDカードが渡される。 そこは、リリアンが想像したよりもずっと広い部屋で――通信用らしい大きな機器が、壁に張り付くように並んでいた。 既に部屋にいたのは、数人の通信仕官と、関係者らしき男達だ。 「まだ予定の時間まで少しあるよ。リリちゃんは休んでた方がいいんじゃないかな。これ飲む?」 マックスはリリアン達が入ってくるとの見て、彼らの間を縫って前へ進んだ。 親しげに近付いてきて、手に持っていた紙コップを傾けて見せる。 「なんでリリちゃんにだけなんや。俺らにも持って来いよ」 「ヤだね。大体、本当に病人連れてきちゃってなぁ……本当に大丈夫? 辛くなったらちゃんと言うんだよ」 リリアンが礼を言いながらカップを受け取る。 「あ〜ぁ、俺も女に生まれりゃ良かったな」 「場所、教えて下されば取りに行きますよ」 「――俺が取りに行ってきます」 ガルが落ち着いた声でそう言ったのが妙に響いて、一同の視線が彼に集まった。 「……二等兵。さすが、立場っちゅうもんを分かってるな。砂糖なしでミルク多めや。行ってこい」 ダンの言葉をマックスが窘めようとしたが、ガルはそれを聞く前に踵を返して部屋を離れていた。 「いくら部下だからって、それはないだろ」 「奴が自分から言い出したんや。行きたかったんやろ、俺を鬼みたいに言うな」 息の合った2人の会話に耳を傾けながらも、リリアンはガルが去って行った先を見つめていた。 「…………」 ――これから、デーナの声が聴ける。 期待と喜びは溢れて、止まることを知らなくて……。 けれど待つだけのリリアンと、彼らは違う――。 このままでも、いいのかも知れない。 そうは思ったけれど、リリアンは立ち上がってガルが消えた方向を指した。 マックスはそれに少し驚いた顔をしながらも、肩をすくめてうなづく。 「あと30分くらいだから――早く済ませておいで」 ……自分の行動が、それほど分かりやすいのか。それともマックスが鋭いのか。 飲み物を取るのを手伝うだけ……と言うつもりが、既に見透かされていて。
*
部屋を出て少し歩くと、そこにはホールのような場所がある。 簡易の接待用と思える小さな机が10ほど、椅子と一緒に中央に規則正しく置かれていて。人の行き来も多く、椅子も半分近くが埋まっていた。 「ブローデンさん」 リリアンがそこに辿り着いた時、ガルはそこに座ってどこか一点を見つめていた。 声を掛けられると顔だけ上げたが、立とうとはしない。 何人かが、リリアンを物珍しげに眺めていく。が、それはあえて気にしない様にした。 「はい……でもその前に、私、ちゃんとお礼が言いたくて……」 「あの時は大佐達も居て……もっとちゃんと言いたかったんです。あの夜、助けて下さって本当にありがとうございました。それから……あの日、叩いちゃった事も……ごめんなさい……」 リリアンはそう言ってから、息継ぎをするように、一旦言葉を区切る。 「もういいんだ。本当に、無事でよかった。それだけだよ」 コーヒーマシーンやポットに入った牛乳が用意されていて、自分で好きに作れるようになっている。 「……やります。貸して下さい、ね」 しばらくして数人分の飲み物を用意し終わると、リリアンが顔を上げた。自然と、2人の目が合う。 「……最初の頃、俺を認めてくれたのはフレスク指揮官だけだったんだ」 リリアンの瞳を見ながら、ガルがそう言った。 「俺は周りとぶつかってばっかりで、生意気だったし。今でもファス指揮官とはあんなだろ? 前は誰とでも似たような感じだった」 リリアンが答えないでいると、ガルは何かを思い出そうとする様に一瞬だけ上を向いて、そしてまたリリアンに視線を戻す。 「"お前らはここに遊びに来ている訳じゃない" って言って、他の奴らに怒って。別に友達になれと言ってはいない、嫌いなら嫌いで構わない、でもここではどんなに良い奴だってろくに銃も扱えなきゃ使えない――その点、こいつはどんなに嫌な奴でも安心して背中を任せられる……って言ってね。それからかな、周りも柔らかくなったのは」 目立つのか、周りが時々2人に視線を向ける――。 「でも俺に対しても厳しかった。何でも1人で出来ると思うな、もっと仲間を尊重しろ――とか」 そしてその瞬間、僅かにガルの表情が変わったのが分かった。 「――恩を、返せたらといつも思ってた。役に立ちたい、と。けど結果は散々で、迷惑掛けてばっかりだ。今回も俺のミスが原因だったんだ……それでも」 ――何、を。 「最初あの人が独り身だって聞いて、なんでだろうとも思ったし、ああやっぱり、とも思った。釣り合う相手がいないんだろうなって」 最後は少し口早で、何かに急かされているような感じだ。何かを吐き出そうとしている風でもあった。 「……初めて君を見た朝、天使だと思った。キャンプの夜も、告白した時も。あの夜、雨の中で倒れてたのを見つけた時は……心臓が止まるかと思った、本気で。今も」 ガルは、抑えて喋っているつもりだった。 「今も、このまま攫って行きたいと思ってる。嫌だって泣かれたってそうしたい。でもしない――それが、今フレスク指揮官に対して俺が出来る精一杯だ」
過去と、現在と、未来と。 ――全てが複雑に絡み合って、私達を絡めとる。 それでも全てはきっと、たった一つの想いで始まっている。
「今度は、失敗しないよ。必ずフレスク指揮官を帰すから……だから」 ガルの声が震え始めたのに気が付いて、リリアンは一歩彼に近付いた。 きっと泣いていたのも、自分だけではない と……。 「はい……きっと。今度は皆、無事に帰ってきて、それから……」 そして何となく、デーナがガルを贔屓と言っていいほど良くしていた理由が分かった。 「きゃ……っ」 最初は驚いて目を見開いたリリアンも、肩越しに見えるガルの背中が僅かに震えているのが分かって、次第に眉を下げる。 声を出さずに泣くのも、この2人は似ている――と、そんな事を思った。 「……これでおあいこ、ですね……?」 ガルの胸にすがって泣いてしまった時の事を言っているのか……。
*
約束の時間ちょうど――。 そしてまた約束していた番号に、デーナから連絡が入ってきたのはそれから数十分後だった。 念のための逆探知機と録音機が回っていて、声はスピーカーを通じて部屋の中に響く。 「こういう時の連絡は、出来るだけ早くしろと言った筈だろう」 『これでも急いだんです。今もそれ程時間がないので手短に』 イヤホンを掛けていた通信士が、デーナの10分という言葉を受けて、ストップウォッチに素早く時間を入力した。 (――こえ) どのくらい聴いていなかったんだろう、この、声を。 電話の声を更にスピーカーに通した、機械的な響き――。 でもデーナの声だ。 ただ涙までは、いくら抑えようとしても抑え切れなかったけれど……。
それから幾つか、事務的なやり取りがデーナとペキン大佐の間で交わされた。 現在の正確な位置、目印、状況など――正直、リリアンには細部まで分からない事だ。 リリアンに出来るのはただ、彼らの邪魔をしないように黙っていることだけだ。 『出来るだけ国境近くまで出ます。相手も場所も分かっていれば、こっちの政府も文句は言わないでしょう』 ――そして、彼らの間の必要なやり取りが終わった時……時間はあと2分と少しを指していた。 喋ってもいい……という意味なのだろう。 「おい馬鹿野郎が! 一年半ぶりの再会がこれか!?」 一番最初に声を上げたのはマックスだった。 『……マックスか? 輸送機はお前が出すんだろうな』 『ダン、お前までいるのか? そっちは大丈夫なんだろうな』 「何がや! お前のような阿呆は他におらん。こっちはお前の分の仕事も抱えて、毎日毎日働き詰めや!」 それを聞いて、ダンがリリアンを振り返った。 「……ふぅん、まあええ。いいもん聞かせてやるよ。これでさっさと帰る気になるやろうからな」 声が、止まった。 「……デーナ……?」 どうしてだろう。 『――リリアン? どうしてる、大丈夫か?』 彼の声が、自分の名前を呼ぶ――それは毎晩、夢に見ていたこと。 「うん、うん……大丈夫、皆優しくて……でも」 もっと特別なことが言いたかった。 けれど出てきたのは甘ったれた声と言葉だけで、しかも、時間は無情にも着々と進んでいく。 『分かってる、すぐに帰るよ。そうしたら答えを聞かせて欲しい』 「デーナ、悪いがもう時間だ。次の連絡は言った通りでいいな」 ペキン大佐が間に入って、そんな短い会話が交わされると、プツリと通信が切れた。
一瞬の沈黙のあとに、部屋に沸いた歓声――。 涙を浮かべていたリリアンの肩を抱いたのは、ペキンだった。 |
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