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たとえ何処へ行っても どんな場所で何をしていても 私は貴方を待ってる。ここで、いつまでも、それが永遠より長くても――
Far Longer Than Forever
ポツ、ポツ…… と、それは。 数秒だけその到来を告げるように窓にあたって、気が付くと本格的に振りだしていた。 (雨…………) ずっと眺めていた窓から、景色が奪われる。それに代わったのは大粒の雨だ。 (ちゃんと、温かくしてる……? 雨、濡れてないよね……?) デーナが居なくなってから、今日ですでに2週間目を数えた。 何かあればすぐに知らせると約束してくれたペキン大佐はしかし、ほとんど姿を見せないほど動き回っている様だ。 サリは結局、少し中途半端な形でリリアンの申し出を受け入れてくれた。 (どう、してるの……?) ――痛い思いはしていないだろうか。 憂いは尽きる事がない。 "そっか、じゃあ、待っててくれるな。少し時間は掛かるかもしれない。けど、俺達も協力するから" そう言ってくれたのはマックスだ。 しかしあのマックスの訪問で、元気付けられたのは事実だった。 ほとんど喉を通らなかった食事も、今はなんとか毎日を維持できる程度に摂れるようになっている。 けれど1人の時間はやはり怖かった。 (…………っ) 圧し掛かってくる不安を振り払うように、リリアンは頭を振った。 (何か) 一つでもいい、ひと欠片でも、構わない。 そう思った。どんなに些細な事でもいい、彼の無事を確認できる何かがあれば――。
*
ペキンは息も忘れるような思いで、"それ" を見つめていた。 透明なカバーに覆われ、彼の執務机の中央に置かれている、それ。 もう今更――心まで乾いてしまったような気分だ。 そして思い出したのはあの日――。 まるで人形のように愛らしい子だった。 "お父さんはお母さんの所に会いに行ったんだよ" ――そんな、今思えばひどく酷なことを、幼いリリアンに言った。 "これからは、2人一緒に君の事を見守ってくれるんだ。だから泣かないで" あの時彼女は何を思ったのだろう。 それから、成長したリリアンが突然、ペキンに連絡を取ってきたのはもう今から約1年前だ。 その声は柔らかく、生前に何度か会った彼女の母親――アレツの妻――を髣髴とさせた。 一通りの挨拶を済ますと、リリアンはここ、クレフ基地で働きたいと申し出てきた。 最初はまさか、就職先で困った挙句の行為ではないかとさえ思ったものだ。 "ここで働きたいんです。父の居た、ここに" ――それは自分の義務に思えた。 けれどその杞憂もすぐに覆されることになる。
(あの馬鹿が……) ペキンはもう一度、机の上に投げ出されているデーナの認識票を睨んだ。 汚い封筒の中には一枚、紙が同封されていて、そこには乱暴な文字でこう記されていた。 誰も何が起こったのか理解できなかった。そして今もまだ、分からないまま。 結局、指紋や付いていた血痕の分析を済ますと、その認識票は上官であったペキンへ預けられた。 (何をしているんだ?) 秘書にリリアンを呼びに行かせ、ペキンは自分の執務室で自問自答していた。 ――本来ならこれから、何かしらの交渉が始まるはずだった。 中には、デーナの生死を危ぶんでいる連中も多かった。 間を空けることで自分達を追い詰めようという心理作戦だろうと言う者もいたし、現場は混沌としていた。 (いや、違う。絶対に何かあるんだ。匂うんだよ) しかしペキンには違う"何か" が感じられた。 それはそれだけ長い間デーナを見てきたからでもあり、今までの経験で磨かれた勘の産物でもあった。 ――しかし厄介なのは、この勘はいくら当たるからといっても、それを証明出来ない事だった。
「ペキン大佐……」 執務室に入ってきたリリアンは、ペキンに縋るような瞳をしながらそう言った。 「何かあったんですか? 連絡でも……」 リリアンは数回、瞬きを繰り返す。 「まだこれ以外は何も届いていないんだ。検査は済んでる」 "それ" を目にして。リリアンは息を呑んで握っていた両手を口元にあてがった。 「た、大佐…………」 「落ち着いてくれ。犯人からはまだこれ以外の連絡は来ていない。本部では色々噂が立っている――しかし、私には分かるんだ。奴は絶対に無事だ、そして何かをしようとしている。だからこそまだ連絡がない――」 リリアンの瞳が、ペキンの真意を知ろうとするように揺れる。 「――証拠は無いんだ。しかし確信はある。理解してくれるかどうか分からないが……」 ――自分が、酷で無茶なことを言っている自覚は、ペキンにもあった。 しかし今は他に説明の仕様がない。 「これは君の物だ。奴の家族といえる唯一の相手だから」 リリアンは答えなかった。
本当は喜ばしい事実のはずだったんだ。 デーナと、リリアン。 無関係のようでいて、実はどこかで深く繋がっていた、そんな不思議な巡りあわせ――。 そんな2人が結ばれて、そして、失ったはずのものを再生していく。 あの日泣いていた、小さな子供。 ――しかし運命は、最後には彼らを祝福したのだ。 微笑ましいくらいに愛し合っていた。 リリアンはしばらくその銀の認識票を見つめていた。 ペキンが手渡そうとすると、リリアンは首を横に振った。 「受け取れません……駄目、です」 リリアンの目は、混沌としているようにも見えた。けれど意外にも声はしっかりしていて、ペキンは一度手に持った認識票を、静かに机の上に戻す。 「そうだな。とにかく……今夜はこれだけだ。私は本部に行かなければならないから、何かあったらダンかサリに言いなさい」 今度は、リリアンは声は出さずにただ小さく頷いた。 心が痛むとはこの事を言うのだ――そう思うほどに、ペキンは身体の芯が軋むのを感じた。しかし立ち止まっても居られない。
秘書に送られて部屋を後にするリリアンを窓から確認して、ペキンは思いを固めた。 そして祈る――相手は神でも仏でもなく、あの男だ。 (アレツ……分かっているのか?) ――泣いているのはお前の娘なんだ。 ……と、そう。
*
雨は止まなかった。止む気配もない。 それは自分の涙も同じで、もう自分が泣いているという感覚さえなかった。 色々な人の声が、代わる代わる頭の中に響く。 "あいつはすぐ帰ってくる、もう、世界を素足で一周してでも帰ってくるね。誓っていい!" "――そんな顔するな。すぐ帰ってくるから" 「ねえ、すぐって いつ……?」 雨の空に向かって、ぼんやりと呟く。 執務室から寮へ帰る途中。明かりのある場所までくると、リリアンはペキンの秘書のに礼を言って送りを断った。 「教えて……お願い……」 寮に戻るつもりだったのだ、本当に。 けれど気が付くと、足は別の方へ向いていた。 リリアンが意識を手放したのは、それからすぐだった。
*
ドクン……と、突然妙な胸騒を感じて、ガルは顔を上げた。 すでに食事も終わり部屋に帰ってきたところだ。ルームメイトはシャワーを使っている。 (何で……) 急に、胸騒ぎと一緒に浮かんだのはリリアンの顔だった。 (今夜は厨房にも居なかったはずだ。別に何も……) 昨夜リリアンが夕食時も働いているのを見た時は、許可した者を怒鳴ってやりたい気分だった。 「――おい、やっぱり俺、外に出て行くから」 シャワールーム――ルームと呼べるほど広い物ではないが――にいたルームメートに声をかけると、ガルはジャケットを手にとって外に出た。 (やっぱり、部屋にいたんじゃ気が狂いそうだ)
バシャバシャと音を立てながら走ったのは、ワザとだった。 そうした方が、頭の中の無駄な雑音に紛らわされずにすむ。 雨くらいで怯んでいては、とてもここではやっていけない。まだ新人だった頃、雨の夜も勝手に射撃場へ出て行って――他には誰も居ないのに、デーナとかち合ったことがあったのを思い出す。 ――そう、確かにデーナは強かったし、それは元からの才能でもあった。 (2週間……) デーナがただ大人しく捕まっているだけとは思えなかった。 ガルは射撃場の端までくると、携帯していたライフルに手を伸ばした。 的を撃つために意識を集中すると、その時だけは他に何も考えないですむ。それが今は、ガルにとって数少ない息抜きの時間といってよかった。 射撃場の別の端には、常備してある板の的が置かれたままだ。 (――――?) その、時。 (茶色……野犬か? どうやって入って……) 「…………!」 血の気が引くのを、自分で感じた。 ガルはすぐに全力で走った。 「……っ、どうしてっ!」 辿り着くとガルは地面に膝をつき、すぐにリリアンの身体を抱き上げた。 「くそっ! だから……っ」 すぐに上着を脱いで彼女に被せる。 けれどそれに構っていられる時間は、今はなく。
*
一秒を永遠より長く感じた。 時という名の檻の中に、閉じ込められたように―― |
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