/Four Seasons/Psalms Index/掲示板/ |
Penelopeia II マックス・バイロン――というのが彼の名前だった。 リリアンとマリが座る席に案内されると、自ら進んで自己紹介を始める。 「実はクレフにもしばらく居たんだ。2年半くらいかな。結局、飛ぶほうが性に合ってたんで戻ったけどね」 彼、マックスは現在、空軍でパイロットとして将校の地位に就いているらしい。 10年ほど前に一度、クレフ基地に配属された事もあったという。それに見合った頑健な体型もあった。 4人掛けの丸テーブルで、マックスはダンの隣に座った。 それは当然、リリアンの隣に来ることも意味する。 ダンがリリアンを紹介すると、やはりマックスは驚いたように目を丸くした。 マックスはダンとだけでなくデーナとも親しい友人だというのが、その説明だ。 ――結局、奇妙な4人組ができることになった。 しばらく、4人は当たり障りのない話をした。 マックスは何度かデーナの事を話題に出そうとしたが、その度にダンかマリが慌てて話題を変えようとする。 逆にリリアンは、それを聞きたそうな雰囲気ではあったが……。 食事が終わると明るい音楽が掛かり、会場の雰囲気もずっと打ち解けてくる。 「ね、ちょっと甘いものでも取りにいかない? 男は男同士で話もあるでしょうしね」 「俺らが取りに行こうか?」 方便なのだろうと分かってはいたが……確かにダンはマックスと2人で話す時間が欲しいところだ。 2人がテーブルから離れていく姿を見送りながら、ダンは溜息を吐いた。 「まぁ、驚いたよ。確かに。これだけは予想しなかったな」 先に口を開いたのはマックスだった。 「……けどそんなに丈夫な子やない。意外と芯は強いけどな、このままじゃ倒れるんやないかって心配しとるとこや」 2人は声を落とした。 「居場所さえ分かれば、お前らが動けるだろう。必要ならうちの手も貸すよ。チョッパーの2機や3機なら、俺の一声で出せる」 ダンは考えを巡らせた。 「と、そうあからさまに落ちた顔するなよ。ウチはお前らと違って少し情報が通りやすい。航空写真なんかもその気になれば手に入る。アンテナは張ってるってことを言っておき たかったんだ」 そして幾つか専門的な話をすると、マックスは後ろを振り返った。 「やー……綺麗な子だな。デーナの奴が落としたのか?」 「結果的には、かな。けどあれだ、デーナの奴もあれやから、最初は彼女に冷たくしとったよ」 マックスは口元に手を当てた。 数秒そのままだったが、急に、マックスは眉をあげて"お" と声を出した。 「――いいのか、あれ。若いのは見境ないからな……」 ダンも一緒に振り返ると、いつのまにかデニスがリリアンに話しかけているのが見えた。 「大丈夫ですか? 随分疲れてるように見えますよ、部屋で休んでいたほうが」 デニスは控えめな感じでそう言った。 「平気です、少し食べ過ぎちゃったのかも」 返事に困って、リリアンは隣のマリに視線を送った。 「正論かもしれないけど……女性が食事してるとこを見てるなんてマナー違反よ、坊や」 どこか説教を始めようとするような口調だったが、デニスは表情を変えなかった。 「申し訳ありません。けど……好きな女性を放っておけるほど、僕は人間が出来てないんです」 「あのねぇ……坊や、今それを言うのは関心しないわよ」 マリがわずかに声を上げた。 「止めろ、お前は……困らせてどうするんだ」 ――そんな所に割って入ってきたのは、今度はガルだった。 「貴方もです、いい加減にして下さい。彼女は玩具じゃないんだ」 (や…………) デニス、ガル、そしてマリの声までが頭に響いた。けれど細かい部分まで聞き続ける気力は、もうリリアンにはなかった。 けれど彼らの口から直接、デーナの名前が出ることはなかった。 (嫌…………) 足元が揺れるような気がする。気が付くと自分の体が倒れそうになっていた。 「…………っ」 そして……目を閉じようとした瞬間。 「悪いな、お前ら! この子は俺がちょっと借りていく、ギャアギャア言ってる罰だ」 リリアンはマックスの肩に、まるで荷物の様に抱きかかえられていた。 掴み合っているデニスとガルがマックスを見上げて、雷に打たれたような顔をした。 それを尻目に、マックスはリリアンの華奢な身体を軽々と担ぐ。
* 「こっちおいで、リリちゃん……だったか」 リリアンを降ろすとマックスは数歩先を歩いた。 「はい……あの、ありがとうございました」 「何でお礼を言うかな? かっさらって来たんだよ、デーナには言わないでな」 "デーナ" ――その名前に、リリアンの瞳が大きく揺れた。 まだ事情を詳しく知らないせいだろうか、それとも初対面の遠慮のなさからだろうか。 マックスはデーナの名前をリリアンの前でも口にした。 夜の風が頬をなでる。 空は澄んでいて、星がきらめいていた。 「俺が……俺が初めてデーナに会ったとき、あいつはまだ20そこそこのガキで……俺もまだまだ若かったんだよ」 しばらく2人は黙っていたが、冷たい風に乗せられたようにマックスは静かに喋りだした。 「まだまだお若いですよ……?」 リリアンは答えるべき言葉が見付からず、黙っていた。 「恋愛にも、ずいぶん冷めてる感じがしたよ。……と、言ってもいいかな?」 そう言ってマックスは夜空から目線を外すと、リリアンの方を向いた。 「どうしてだと思う? どうして俺がそう思ったか」 「……分からないです。どうして……?」 「は……ははっ! なぁリリちゃん、今断言してあげるよ。あいつはすぐ帰ってくる、もう、世界を素足で一周してでも帰ってくるね。誓っていい!」 「意外なんかじゃないですよ……すごく優しいし」 「ご、ごめん……いや、知らないうちにあいつにも色々あったんだな? まさかこう来るとはな……」 マックスはベンチからそり返って、額に手をあて空をあおいだ。 「……そっか、優しいか。最初から優しかった?」 今度は空を見たまま、マックスが質問した。 「だろ? 最初はキツい。あれは多分、意識してやってるんじゃないんだよ。あいつの無意識な自己防衛なんだ。誰かを愛したらもう引き返せなくなる。それが心の底では分 かってるから、"誰か" を見つけるとその前にブレーキを掛けようとする」 ――マックスの説明は少し象徴的だった。 リリアンは何も言わずに頷いた。 「……リリちゃんがその"誰か" の最たる者なんじゃないかな」 「分かりません。でも……私にとっての"誰か" は、彼です」 答えたリリアンの声は静かで、でも、確かだった。 「そっか、じゃあ、待っててくれるな。少し時間は掛かるかもしれない。けど、俺達も協力するから」 そう言われて……リリアンは少しずつ、ゆっくりと顔を崩した。 あの時は不安に任せてガルに声を上げてしまった。声だけではない、手まで――。 1人で立とうと必死だったから。 "待っててくれるな" そうね、でも1人じゃない。 「はい……もちろん」 自分が1人ではないように、彼も1人ではない。 「じゃあ、リリちゃんはペネロペイアなんだ。もちろん、あんなに待たなくてもいいけどね」 リリアンが首をかしげて聞き返した。マックスはそれを予想していたようで、すぐに説明した。 「オデュッセイア……ギリシア神話だよ。オデュッセウスっていうトロイ戦争の英雄が、戦争には勝つんだけどその帰り道で遭難する。……で、一生懸命帰ろうとするんだけど色 々と試練があって……なかなか帰れないわけだ」 初めて聞く話だった。けれどどこか懐かしい響きもある。 「ペネロペイアはオデュッセウスの奥さんだよ。故郷で彼の帰りを待ってる。周りからもう彼は帰って来ないんだ――って言われても、それでも待ってる」 リリアンが先をねだるように訊くと、マックスは微笑んだ。 「……ペネロペイアには求婚者も沢山来たんだよ。もうオデュッセウスは帰って来ないから、俺と結婚してくれって言ってね。でも彼女はそれも全部はねつける。で、やっぱり待 ってるんだ」 マックスはそこまで言うとリリアンの頬から手を離した。 「それで……? それで、2人は会えたんですか?」 リリアンの瞳もやはり、お伽噺の先を聞きたがって目を輝かす子供のそれ……だった。 マックスは身を乗り出して、満点の笑みを浮かべると力強く頷いた。 「――もちろん。オデュッセウスは数々の試練もものともせず……最後にはペネロペイアのもとに帰ってくる。そして2人は幸せになるんだ」 |
/Back/Index/Next/ |