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想いをつらぬく と いうこと。 ――本当の、愛のかたち。
Penelopeia I
重い心を引きずったまま。けれど、だからといって止まってはいられない。 ただ、今は自分に出来ることをしなくちゃいけない。 それが彼の為にもなるはず。だから頑張らなくちゃ――。
そう必死で自分を奮い立たせて、ここ3日間のリリアンはどこか盲目的に仕事を続けていた。 無理をしているのは、回りにもすぐに分かる。 リリアンがサリにあることを願い出たのは、そんな時。
「夜も出たい? でもそれは……」 驚いたような、しかし半分は予想していたような複雑な表情で、サリはリリアンを見つめた。その視線を受けてリリアンはこくりと頷く。 「はい。ちゃんと朝も今まで通り出ますから、お手伝いさせて欲しいんです」 サリは頬に手を当ててますます複雑な顔をした。 「考えておくわ。大佐にも相談した方がいいでしょうしね、今日はちゃんといつも通り上がりなさい」 諭すようにサリが言うと、リリアンは一瞬何かを言い返したそうにした。 (……どうするべきなのかしら) リリアンの後姿を見ながら、サリは考えた。 かといってあの調子で毎日朝から夜まで働き続けていれば、すぐに限界を迎えてしまう。 やりきれない気持ちを抱えたまま、サリは深い溜息を吐いた。
*
どこか常に重苦しい雰囲気なのは、ダンも同じだった。 デーナの代わりにはロゼ軍曹が就いてはいるが、やはり同じようにはいかない。 「まだ何か、進展はないんですか?」 夕方までの訓練が終わり、ガルは顔や制服についた泥や埃を荒い手つきで払いながら、ダンに問いかけた。 「こっちが聞きたいくらいや、まだ何も知らされとらん」 ――そう言ったダンの口調にはやはり、普段の彼にはない棘々しさがあって。それだけ言うと踵を返す。 焦りと喪失感、怒りとやるせなさ。 確かにあれから3日以上が経とうというのに、デーナの消息は掴めないままだった。普通ならすでに何らかの要求が犯人から出されている頃だ。 しかし今回は、それがない――。 そこまでは分からないが、何から何までいつもと違う感じがした。 「…………」 ガルは拳を握った。 そして――。 (あの人は……) けれど、彼女がそうしたい気持ちもまた、よく分かるのだ。 ただ今は見守ることしか出来ない自分に、ガルはひどい焦燥を感じていた。
「ひどい顔ですね」 その時。――気が付くと、ガルの横にデニスが立っていた。 真っ直ぐな姿勢で立ったデニスの態度は落ち着いていて、それが、もともとあまりないガルの忍耐を簡単に削る。 「そういうお前は、平気そうだな」 「――お前はいなかったしな。恋敵がいなくなって良かったくらいだろ?」 すると、デニスの瞳が曇った。彼もまたリリアンに近い、嘘を吐けない目をしている。 そう答えたデニスの口調は、間違いなく、傷付いた者のそれだ。 「分かったよ。今の俺はまともに頭が回らないんだ、一々本気に取るな」 話しながら2人は水道へ向かった。 「まともに頭が回る状態じゃないのは、貴方だけじゃないらしい。ファス指揮官もですし、他もあまり落ち着きがないし……それに」 デニスの声に妙な熱が加わるのを感じて、ガルは彼が何を言おうとしているのか感じた。 「――彼女も。正直、見ていられないんです」 やはり――ガルの思ったとおりデニスはリリアンについて話し出した。 あの後、事情を知るものは誰もが、リリアンは仕事を休むのだろうと思っていた。 それは、少しでも弾けばプツリと切れてしまいそうな、脆いものだ。 もちろん他の者にもそれはすぐに分かったのだろう。デニスは言葉を続けた。 「……どうにかならないかと思って。何か彼女のために出来たら、と」 デニスは珍しく、声を荒げた。 それは、ガルも、デニスも、護りたいものは同じだということ。 「――彼女に手を出すな」 「無理強いをしたりはしません。けど僕は、今の状態が長く続くようなら彼女を放っておけない。それが言いたかったんです」 言い終わると、デニスは簡単な敬礼をして、ガルに背を向け歩き出す。 その後姿を見ながら、ガルはただ立ち尽くした。
*
「親睦会……?」 首を傾げたリリアンに、マリは大きく頷いた。 「いつもより少し規模は小さくなるでしょうけど、ちゃんとやるんですって。リリアン来る? それとも休んでた方がいい?」 リリアンはそう言って無機質に微笑んだ。 「リリアン、無理しないの。やっぱり休みを取った方がいいんじゃない?」 「無理なんてしてないのに……平気よ。皆、気の使いすぎ」 リリアンはそう"大丈夫" を繰り返したが、マリは頭を振った。 こうと決めると、リリアンは意外にもかなり頑固だった。 (それでも、帰ってきてくれればいいのよ) マリは思った。そして目の前の少女の、美しい瞳に思いを馳せる。 (帰って来るって分かってるなら、護ってあげられるの――) デーナの行方は未だに分からない。 しかし、もし…………?
最悪の場合を考えると、手放しで元気付けることも出来なかった。 きっと今のリリアンは、デーナがすぐに帰ってくると信じることだけで自分を保っている。 言うべき台詞が見つからず、マリはそっとリリアンの背に触れた。 そのままマリが労わるように背を撫でてやると、僅かに微笑む。 「うん……」 と、頷きはしたが……。
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"言っただろう、こうなると" そう確か……そんな事を言われた。 "悪い事は言わない。さっさと荷物をまとめるんだ" そんな事を言われて、基地から出て行くように諭された。
リリアンがマリについて親睦会に顔を出すと、確かに普段より人数が少ない気がした。 今回の事件の後、休暇を取っている者も多い。 軽く会場内を見渡すと、確かに普段よりは少なくはあるが、それでも家族連れなどもいてガヤガヤと賑わっている。 「リリちゃん! 本当に来たんか、休んでなくて大丈夫か?」 ――皆、リリアンを見ると似たり寄ったりのことを言ったが、ダンは直球だった。 「大丈夫ですよ、1人で部屋にいても寂しいし……」 ダンはそう言いながら、リリアンに自分が座っていた机の席を勧めた。 その時、ダンはあらためてリリアンを見つめた。 「ちゃんと食べないとあかんよ。今夜はたっぷり食べるんや! いいな?」 目の前のダンとマリの掛け合いに、リリアンは僅かに顔を綻ばせる。 (どうするべきなんか……な) すでにデーナの行方が分からなくなってから1週間以上が経つ。 ダンはマリに会うのも少し控えていた。 (くそ…………) 心は重いままだ。 こういう時どういう身の振り方をすればいいのか、良く分かっていたのはデーナだ。 それは、ダンにはどうしたって出来ないもので。 だからこそペキン大佐もあまり、必要以上の事はダンに報告しないのだろう。 それ以前に、デーナは必要以上にそういった責任も抱えていた。本来ならペキンが決断を下すべきことにも関わっていたのは、多分ペキン本人が、将来的にはデーナに自分 の後を任せるつもりだったからだろう。 それが悔しい訳ではない。 確かにデーナは兵士としても優秀だった。 "もし"、"……だったら" などという話をしても、意味がないのは分かっている。 けれどリリアンと結ばれた今、デーナはやっと本来の未来を取り戻すところだったのだ。
「ダン。お前がそんな辛気臭い顔してたって、奴は戻ってこないだろうよ」 「――は?」 「マックス! 一年以上何の連絡もよこさんで、どうしとったんや!」 ――ダンの声はまた、よく響く。 が、マックスと呼ばれたその相手もまたよく通る声をしていた。 「馬鹿言うなよ、今じゃ結構上の方に就いてる。今週はたまたま休暇が入ったんだ」 そう言うとマックスは上着の肩の部分をチラつかせた。 「悪くないだろ? まぁ、デーナの奴には敵わないけどな。……話は聞いたよ」 マックスが屈み、ダンの耳元にささやくように言葉を続ける。 「お互いさまだ、でも今日はそれで来たんだ。見てのとおり……今はそれなりに力のある地位に就いてる。何か出来ることがないかと思って」 ダンが顔を上げると、2人の目線が絡み合った。 「……時間があるなら、それは相談したい。頼む」 だしぬけにダンがそう言うと、マックスは少し拍子抜けした顔をした。 「ああ。と、なんだお前、その食い物の山みたいな皿は。上官が何使われてるんだよ。それともヤケ食い……」 マックスが言い終わる前に、ダンは顎をしゃくってリリアンとマリがいる席を指した。 「……なんだありゃ、幻か?」 マックスの視線がリリアンを据える。と、彼は呆けた声を出した。 「……お前の?」 「いんや。俺のはその隣。彼女は……まぁ説明するわ。驚けよ」
ダンはそう言って目配せすると、マックスをリリアンとマリがいる席に案内した。
*
踊れ、運命の子供達――。 海の旋律が聞こえる、今。 |
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