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おいで、子供達――
この話は知っているかい?

ある英雄と呼ばれた1人の男が、愛する女を故郷に残し、望まない長い長い旅をする話さ……

 

Beginning of the Odyssey

 

「そこ、これ以上遅れるな!」

デーナの声が響くと、若い兵士達はやっとピッチを上げた。
が、大部分はすでに疲れ切っていて、速度が上がるのは最初の数十秒だけ。この辺りでもう、大体"使える" か使えないかは分かってくる。デーナは一瞬だけ腕時計――軍支給の、1/10秒単位まで計れるもの――に目を落とした。

「止め! 全員すぐにここに戻って整列しろ!」

そう、もう一度怒鳴ったデーナの隣にはダンがいて、腕を組みながら珍しく真剣な顔をしている。
若い十数人の兵士達がわらわらと2人の元に戻ってくるが、普通に息が出来ている者はいない。大抵は顔さえ上げられない状態で、吐いているのも1人や2人ではなかった。

「意外と、お坊ちゃんはいけそうやな」
「……今は黙ってろ」

ダンが口を挟むと、デーナは無表情でそう答えた。
それは、言われなくても分かっているという意味でもあるし、"彼ら" にまだ手の内を見せないようにする為、でもある。

とにかくデーナとダンの2人の前には、十数人の新人達が、必死で息をしながら集まってきていた。

 

「リリアンちゃんがいてくれると本当に助かるわ! なんて言ったって、あの怪獣達のマナーがずっと良くなるのよ」

給仕係の1人が、朝食の後片付けをしながらそう言った。
リリアンは何と答えたらいいのか分からないといった感じで、頬を染めて肩をすくめる。隣にいたサリはそれを笑った。

「そうよ、いくら強者気取りでも、結局は皆ただの男の子なのよ。マドンナには弱いの」
「この調子なら、お昼もいつもより静かね。といっても、新人君たちがどう出るかが……問題かしらね?」

今朝から入ってきた十人ちょっとの新人たちについて――。
人数がはっきりしないのは、今はまだ試験段階で、これから1週間かけて少しずつ絞られていくからだ。
最終的に残されるのは、運が良くて半分。酷い時はやっと1人か2人だ。
早朝の現地集合だったので、彼らはまだここで食事を取っていない。これから始まる昼食が、ここクレフ基地の給仕係たちと、新人兵士たちとの初対面になる。

「さぁ、どうかしら。デーナがあの調子だから、大丈夫でしょう」

サリがそう言って意味ありげに、けれどどこか誇らしそうに微笑むと、周りもそれに習うように口元を緩めた。
皆、"確かにね" ――とでも言いたそうな顔だ。
リリアンだけが困ったような赤い顔をして、でも、反論は出来ずに仕事を続けていた。

 

 

「無理はするなよ。サリには言っておくから、一々気を使わなくていい。ガキ達も静かにさせておく」
「ん、大丈夫。心配しないで……?」
リリアンはそう答えたけれど、デーナはそのまま先を続けた。
「何かあったらすぐに言うんだ。俺でもサリでも大佐でもいい。それから……」
「も、もうっ」

――それは朝。
まだ宵も明けきらないほど早い時間で、2人はクレフ基地に戻るために車を走らせた。
10日続いた休暇はもう終わりで、今日からまた日常が始まる。

リリアンにとっては、怪我が治ってからの"初日" に当たる。
色々と心配する事もあるのか……デーナの態度はまるで、あえて例えるなら、初めて学校に子供を送り出す親のそれ……だろうか。

「本当に大丈夫です。サリさんもいるし、お昼からはマリさんも一緒だし、それに」
と、そこまで言って、リリアンは一瞬だけ息を置いた。そして続ける。
「"フレスク指揮官" もいるし……。何も、心配する事ないですよ」

数日振りに聞くその名前の響きに、デーナは小さく笑った。
ここしばらく――2人が愛を重ねるようになってからは、リリアンはデーナを"デーナ" と名前で呼んでいたから。敬語はまだ抜け切らないが、それでも甘えたりふざけたりする時は、リラックスした口調が多くなった。
けれど基地内では以前通り"指揮官" と呼ぶべき――というのが、リリアンの主張だった。

「別に給仕は俺の直接の部下じゃない。大佐ならともかく、サリだって名前の呼び捨てだろ」
――というのが、デーナのそれに対する答えだったけれど。
強要することでもない。確かにサリは長年の親しさもあって名前を呼び捨てるが、他の給仕係はデーナ本人より年上でも"指揮官" と呼んでくることが多い。
結局この話は、デーナの「好きにしろ」 という言葉によって終わっていた。

 

2人が基地に着くと、すでに執務室にはペキン大佐がいて、2人を満点の笑顔で迎え入れた。

「本当に良かった。今日からまたよろしく頼むよ、サリが痺れを切らしてたからな」
「こちらこそ……お世話になりました。今日からまたよろしくお願いします」
手を差し出してきた大佐にリリアンが答えると、大佐はまた満足そうに微笑んで、デーナの方に目を向けた。

「お前も充分休んだだろう。今日からガキ達が入ってくる、しっかり絞り込んでおいてくれよ」
「人数は変わりませんか?」
「一応な。始めは15人だ。見たところだと残るのは精々4、5人だろう」
「分かりました。1週間下さい、それで充分です」
「分かったよ。まあ妥当なところだろうな」

ガキ達……というのは、彼らの間の隠語で"新人" を指すらしい。
時々、彼らの間でこういった言葉を使うことがある。

父親に教えられた事もあって、その幾つかはリリアンも知っていた。が、時々分からない言葉もある。
一種の暗号のような意味もあって、その言葉を共用することが仲間意識にも繋がるのだと……そんな事を教えられた。
もちろん、その時のリリアンには理解し切れなかったけれど。
しかし今こうして彼らの会話を聞いていると、確かにそうなのかも知れないと……納得させられたりもする。

――そんな事を思い出しながら、リリアンはただ2人の会話を静かに聞いていた。
幾つかの事務的なやり取りが交わされて、最後に大佐がデーナに書類の束を渡す。

その時やっと、ペキン大佐はリリアンに視線を落として、少し言い難そうに話を切り出した。

「まぁ……今更だ。どうにもならないだろうし、それとこれとは話が別だからな」
「…………?」
「私の口から言うのもなんだと思ったし、どうせすぐ知られるだろうしね」
「? 何のお話ですか?」

ペキンの口から、珍しく歯切れの悪い台詞が出てくる。
リリアンは意味が分からなくて聞き返した。無意識にデーナの方にも視線を向けると、彼はすでにその内容を知っているような雰囲気だった。

「――俺から言っておきます。彼女が気にする事じゃないですよ」

デーナが書類から視線を上げてそう言うと、ペキンは肩をすくめた。
言葉による説明はなくて、リリアンはまだ理解出来ずに2人の間できょとんとしている。
ペキンは軽く咳払いをした。

「実は……覚えているかな、デニス君を。中将の息子だ。今日からクレフに来るんだよ」

 

 

それからすぐ。リリアンが久しぶりに厨房に入ると、皆に大袈裟に迎えられた。
それは、わざわざ厨房まで送りに来ていたデーナをも驚かせるような、皆の歓迎のしようで。

サリに至っては目まで赤くしていて、リリアンはつられて涙ぐんでしまう始末だった。

「色々あったみたいだけど、とにかく良かったわ。リリアンちゃんは私が責任持って預かっておくから、しっかり新人達を叩いていらっしゃい」
そう言ってサリはデーナの肩を2、3度軽く叩く。
――彼女には、なんだか全てを見通されているような感じで。
デーナはサリに礼だけ言うと、リリアンの方に向き直った。

「じゃあ行ってくるよ。無理はするなよ」
「はい、大丈夫……頑張って」
――下さい、フレスク指揮官。と そこまで言葉を続けようとしたけれど。

それはデーナがリリアンの頬にしたキスによって、いつの間にか遮られていた。

2人は数秒だけ名残惜しそうに見つめ合って、そして、デーナが踵を返して厨房を出て行く……。
しばらく"現場" は静寂に包まれていた。

「……"行ってきます" のキス、ね?」

誰かがポツリとそう言うと、やっと皆――リリアン本人も含めて――が正気になって、ガヤガヤと騒ぎ出す。
頬に手を当てて赤くなっているリリアンに、サリが耳打ちした。
"良かったわね" と――。

 

(私が気にする事じゃない……か……)

昼食の準備を始めながら、リリアンはあのデニスの真剣な顔を思い出した。

そういえばもう、随分前の事の様な気がする。
あれはマルディ・キャンプがあった頃――。デーナとリリアンはまだぎこちなくて、それをどうにかしようとしたダンが、リリアンとデニスを2人きりにして。
あの時はすぐにデーナが来て、最後までは言われなかったけれど。
デニスがリリアンにしようとしていたのは告白だった。

(確かに、考えてもしょうがない けど……)

デーナにその役を押し付けてしまっているようで、あまり良い気分ではなかった。
断るなら断るで、きちんと自分からするべきだとも思う。
――出来るなら傷つけたくはない。けれど、リリアンの心はもうあの頃から決まっていて、動くことはなくて。

(でも、そう……)

リリアンはもう一度、彼を思い出してみる。
――優しくて誠実な人だった。きっと他の素敵な女性が、すぐに見付かるはず。
自分なんかにいつまでも拘(こだわ)っている理由なんてない……。

(うん、大丈夫)
そう、自分で自分を納得させながら。
リリアンは"彼ら" が口にするであろう料理の準備を続けた。

 

「リリアン、きついなら代わるわよ。今日は新人達も来るらしいし、うるさくなると疲れるでしょ」
お昼近く。マリが厨房にやってきて、白いエプロンを腰に巻きながらリリアンにそう言った。

「ううん、大丈夫よ。皆そう言ってあんまり仕事回してくれないから、全然疲れてないの」
それを聞くと、マリが可笑しそうに笑う。

「でしょうね。甘やかし甲斐があるのよ、貴女は。自覚ある?」
からかう様にそうマリが言うと、リリアンもそれを返した。
「も、もう! マリさんだって、ダンさんと一緒の時はいつもよりずぅっと甘えん坊だって……」
「わ、わ、シーッ!」

マリが慌ててリリアンの口を片手で塞いだ。
2人が話していたのは厨房の端で、他の人達まで会話は届いていなかったらしい。マリはそれを確認すると、んーんーと唸っているリリアンから手を離した。

「一体どこから聞いたの、そんな話」
「……もしかして、皆に内緒なの? マリさんとダンさん……」
「だからシーッてばっ! そうよ、こっ恥ずかしくて言える訳ないでしょ、こんな事! 気の合う友達って事にしてるの」
「…………」

急に赤くなりだしたマリを見て、リリアンは目を瞬かせた。
――意外な姿で。
今までマリが、男性関係に関しては語る事を恥ずかしがったりする事はなかった。

「……マリさん、本当にダンさんの事が好きなんだ」
「うるさいわねぇ、もう、貴方達ほどじゃないわよ」
「おめでとう、マリさん」
「だ・か・ら! それより、誰がそんな事言ったの? "甘えん坊"? もしかして誰かにばれてるの?」

マリに詰め寄られると、リリアンは少し考える様な顔になった。
が、やはり隠し事は苦手で。口止めされている訳でもない。リリアンは声を落として言った。

「ダンさん本人から……何度かデ……フ、フレスク指揮官に電話があって、そんな惚気話をしてて」
「もう、本人の自己申告なんて信じるんじゃないの!」
「いいけど……」

多分、周りは皆もう、何となく気が付いているだろう。
2人でいる事も多いし、気の合う友達同士というだけだには見えない。
ただ周りも大人で、"友達だ" と本人が言うなら、それ以上は突っ込まないだけだ。

意外と可愛いダンとマリの関係に、リリアンはつい微笑んだ。

 

 

「まさか本当に来るとはな。精々、振り落とされないようにしがみ付いておくんだな」
そんなガルの挑発的な言葉を、デニスは半ば予測していたようだった。顔を上げて、微笑み返す。

「……言った事は実行しますよ。こう見えても、一応この中でも有望で通ってるんです」
「どうだかね。親が怖くてそう言うしかないんだろ、周りは」
「そうかも知れないし、そうじゃないかも知れない。とにかく、それは一週間後に分かるでしょう?」

そして差し出されたデニスの手に――ガルは答えなかった。
デニスはそれも予想していたようで、降参、と言うように両手を上げる。

「辛口は後にして下さい。今はもう……飯にあり付ける事以上は何も考えられないんです」

よく見ると――いや、別によく見なくても一見して――デニスの制服は既にかなり汚れていて、何をしてきたのかを容易に想像させた。
その疲れ方は、経験した者にしか分からない。
ガルは数年前の自分を思い出しながら、喉の奥で低く笑った。
……それでもきちんとした喋り方をキープ出来ているあたりは、流石に、中将の息子として育ったという事か……。

「好きにしろよ。けど彼女が目当てだったなら、もう望みはないぜ」

ガルがそう言うと、デニスは不意に横を向いた。
そこは、訓練場の端の水飲み場。
――水飲み場というよりは、水浴び場……とでも呼んだ方がいい様な有様ではあったけれど。

午前中の訓練が終わり、全員がそこで少し身奇麗にしてから、食堂へと向かう。
普段はデーナが指揮する小隊とダンのそれとに分かれているが、今日はデニスを含めた新人達が居るため、他は全員ロゼの元で合同訓練を続けていた。

こうして新人が送られてくるのは、年に数度あることだ。
ガル自身、ほんの数年前は自分もその一員だった。
誰が来ているかなど別に特に興味もなかったが――どちらにしても彼らの3分の2は、すぐに振り落とされる――、デニスの姿をその中に発見した時は、ガルも流石に驚いた。

そして少し同情した。自分と同じ立場の男として……。
デニスがリリアンを気にしていたのは、あのキャンプの夜に明らかだったから。
ガルがついデニスに声を掛けてしまったのは、多分そのせいだろう。

「……それを言うのはもう、遅いですよ。既に本人にバッサリ切られましたから……」
「本人?」
「フレスク少佐に。いや、ここでは"指揮官" ですか」
「そりゃまた……」

ご愁傷様、という言葉が口を付きそうになって、ガルはそれを飲み込んだ。
周りは皆疲れきっていて、そしてガヤガヤと騒がしい。ガルとデニスの会話を聞いている者はいなかった。

「――邪魔はするなよ」
「しませんよ」

ガルの口調は鋭くて、それに答えるデニスの声も自然と強いものになる。
デニスは少しだけ水を口にして、溜息を吐いた。

「けど、貴方だって似たような立場でしょう。意外と人間が出来てるんですね」
「……彼女が幸せならそれでいい。それだけだ」
「見習うようにしますよ……先輩。はあ、俺がガキなのかな……」

 

そんなガルとデニスが食堂に入った時、既に席の半分は埋まっている状態だった。
給仕のための列は、今が一番忙しい時といったところだ。
無意識に視線が、ある人物を探してしまう。――もちろん探さなくても、彼女はここではよく目立つのだけれど。

久しぶりに基地に戻ってきたリリアンに、新人だけならず、長年の隊員達も嬉しそうに彼女に声を掛けている。
リリアン本人も愛想よく、それぞれに短く、けれど丁寧に答えていた。

「俺が倒れたら支えて下さいよ」
デニスがガルに、小さく耳打ちした。

「馬鹿か、自分くらい自分で支えろ」
「薄情ですね……。同病相憐れむんじゃないんですか」
「相憐れんで何が進歩するんだよ」

ガルが突き放すようにデニスを先に列に並ばせると、さすがに観念したように、デニスはトレイを手に取った。

――まるで被告台に立たされに行くような気分だ。
デニスはそう思っていた。
なんとなく、そうなるのではないかという予感はあったけれど……。

デーナがリリアンの事を密かに想っていたのだろうという事は、あのキャンプの時に既に分かっていた。
彼女も彼に好意を寄せているのだろうという事も。

ただ、全くチャンスがない訳ではないだろうと思っていた。
自惚れていた訳ではなくて、ただ純粋に、チャンスの欠片くらいはあるだろう、と。
そして何より、ただ彼女の笑顔が見たい。その傍に行きたいという思っていた。

――それとは別に、クレフ基地に対する憧れと情熱があったのも、もちろん間違いない事実だ。
この選抜グループに選ばれるために、この数ヶ月必死で努力もしていた。

――彼女だけが目的だった訳じゃない。
まだ選ばれた訳ではないが、ここに来られた事を誇りに思う。
それは嘘じゃない。

けれど この悲愴感はなんだろう……?

失恋だけでここまで傷つく様な年でもないはずだ……。
しかも半ば、予想はしていた事で。

"彼女が幸せならそれでいい"
――そんな風に思えるだろうか。いや、思わなければいけないんだ……。

そんな思いと緊張、訓練の疲れで、デニスは立って列に並びながら今更、吐き気を感じていた。
同じ訓練をこなした仲間は、殆ど訓練中にその場で吐いていた。が、自分だけは大丈夫だった。
――それが今更。

(君が幸せなら)

そうだ、まだ数度しか見ていないあの笑顔が。
それが見たかったんだ。そうだ。
それが自分のモノじゃないからといって、何を嘆く必要がある――?

「デニスさん?」

そう声を掛けられて、デニスはやっと、自分が既にリリアンの前まで来ている事に気がついた。
後ろからガルがデニスの腕を肘で突くと、やっと正気に戻る。

「えっと……お久しぶりです、ご苦労さま。食事、どれがいいですか?」

(その笑顔が、見たかったんだ。その声が……聞きたかった)

リリアンは、デニスに対して微笑んだ。
けれど何処か、何かを気にしている様でもあって。
――そうだ、彼女も馬鹿じゃない。きっと事情は分かっている。それでもデニスに気に掛けさせないために、こうして"普通" に接してくれているのだろう。

「…………」

それでも少し、間があって。後ろに並んでいた隊員達が、少し怪訝な顔をする。
ガルがそんな彼らを牽制するように睨みつけた。

「……久しぶりです、本当に」
デニスが静かに答えると、リリアンは少し安心したような表情になった。
「はい……。訓練、大変でしょう? 沢山食べてくださいね」
「……ええ」

そんな会話が、静かに交わされて。
リリアンがデニスの皿に幾らかの食事をよそった。

「どうぞ。午後も頑張ってください、ね」

 

――いつかこの想いを、振り切れる日が来るのだろうか。
それはきっと、明日ではない。明後日でも。

けれど時は巡っていつか、これが思い出になる日が来る。

「……ありがとう」

そう言ってデニスも微笑んだ。
――少なくとも、微笑んだつもり、だった。

やっと自分達の分の食事を取り終わって列から離れると、ガルは自分のトレイを片手で抱えて、もう片方の手をデニスの肩にまわす。

「悪くなかったよ」
「……それはどうも」

それを、何と呼べばいいのだろう。
後になって、何と思うのだろう。
"1つの恋が終わって、1つの友情が始まった瞬間" とでもなるのだろうか……。

デニスはぼんやりとそんな事を考えながら、勧められるままガルの隣に座った。
その日の食事を苦く感じたのは、きっと疲れのせいだけじゃない。

 

 

「懐かしいなー。いや、青いってええなぁ。そう思わん?」
「お前はまだ青いままだろ」
「あ、そういう事言うんか。あの若葉の友情はどこへ行った!」
「阿呆……」

彼らと離れた席では、デーナとダンが既に一足先に食事を始めていた。
ダンは興味深そうに身体を乗り出して、デニス達の様子を見ていた。が、デーナは結局1、2回視線を上げただけで、傍観……という感じだった。

「ま、大人への階段って奴やな。気にすんなよ」

そう言ったダンに、デーナはただ"分かってる" と言うように視線だけ向けた。
ダンはそれに頷いて、また食べながら話し続けた。

「けどあの二等兵と坊ちゃんが仲良さ気、とはなぁ……。なんか昔を思い出さんか?」
「いつの話だよ」
「決まってるやろ。お前、いきなり喧嘩腰だったよなぁ、あの時。俺の飯をひっくり返しよって……」

デーナが食事のフォークを休めると、ダンは子供っぽく笑う。

「同時だっただろ。大体、先に突っ掛かって来たのはお前だったからな」
「はいはい。……で、思いっきり首根っこ掴まれたよな、カーヴィング指揮官に」
そう言ってまたカラカラと笑うと、ダンはフォークを持ったままの右手でデーナの方を指差した。

「……それが今じゃその娘と宜しくやってんやから、大したもんや」

 

何かが終わるとき、また別の何かが始まる。
――それはこの世の常。

そしてこれはその物語。

英雄と呼ばれたある1人の男が、戦いを終えて、故郷へ帰ろうとする その道程で。
新しく始まる、望郷への旅。

オデュッセイア――。

長い長い、愛する人へのみち。

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