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"誰かを好きになったら、後悔しないようにするんだ" まだその意味さえ分からない、幼い私に貴方はそう言った……。
Finding The One
"事実じゃないんだな、あれは"
それはまるで、否定して欲しいと懇願しているような声。 "ただ……事実なのか事実じゃないのか言ってくれ" マークが具体的に何を、どんな風にデーナに言ったのかは分からない。でもきっと、何かきつい事を言ったはずだ。マークは昔からそうだったから――。 ――あれは幼い日の約束。 (そう確か、お父さんが亡くなってからすぐ――) そしてその約束に、幼い日々の長い間、支えられていたのも事実で。 デーナに対しても、マークに対しても。自分がもっときちんと説明できていれば、こんな事にはならなかったはずだ。そう思うと情けなくて涙が出そうになる。きっと2人とも、きちんと話せば分かってくれたのに。 (早く謝らなきゃ……フレスク指揮官に) そうしたらその後で、マークにもきちんと話さなくちゃいけない。
失くす訳にはいかないの。 やっと手に入れた、貴方の傍にいる時間――。
*
外の風は思ったよりさらに冷たくて、リリアンは身震いした。 ずっと室内で安静にしていたせいで、こうして身体が外気にあたることさえ、久しぶりだ。 (でも行かなくちゃ――) リリアンがこっそり抜け出したのは、病室からすぐ傍の非常口からだった。正面の入り口には受付や警備がいて、とても外に出して貰えない。 重い鉄製の扉を開けると、そこは螺旋階段に繋がっている。 (大丈夫、すぐ近くなんだから……) 医者からは、やっと、少し位なら床を上がってもいいと言われたところだ。 決心するようにきゅっと服の裾を掴むと、前に歩を進めた。 大丈夫、ここは2階、ほんの少しだけだから――そう、自分に言い聞かせて。
*
会場に戻ってきたデーナに、ダンが目ざとく声を掛けた。 「あれ、何やお前、また戻ってきたのか? 一体今夜はどうなってるんや?」 が、デーナは返事もそこそこにダンが持っていた飲み物のグラスを奪い取ると、すぐに飲み干してそばの机に空になったそれを置いた。ダンはそれを見て呆れたような顔をする。 「何なんやお前らはまた、ええ加減にせえよ。それともあの男が原因なんか?」 ダンは諭すような口調でそう言った。このデーナの態度の理由は、一々聞くまでもない。 「多分な……けど、違うかも知れない」 身体を投げ出すように座って、天井を仰ぐと片手で頭を覆う。 「本部の連中が居たから俺は近付かんかったけど……確かに瓜二つやったな、あの男」 どこか投げやりなデーナの口調に、さすがにこれは珍しいな、とダンは低く唸った。 「父親代わり……ね、何や。"娘は嫁にやらん!" って奴やな?」 そしてあの時の事を思い出す。 "あの子はまだ子供だ。恋愛ごっこを楽しんでいるだけでしょう" ――鵜呑みにした訳ではない。 けれど喉が渇く。 否定して欲しかった。 "本当……です。でも……" ――何か続きを言おうとしていた。 やり場のない焦りをぶつける様に、壁を叩くとリリアンは身体を硬くした。 ……あれはその続きを聞きたくなかったからだ。 (最悪だな……)
「――あのねぇ、何があったのかよく知らないけど、リリアンを1人にしてきた訳じゃないでしょうね?」 その時やっと、ダンの隣に居たマリが口を挟んだ。 「いや……あの男がいるはずだ」 「そう、ならいいけど。でも、あの子は楽しみにしてたわよ、貴方が来るの。今日は早く終わるはずだからって言って、嬉しそうにしてて」 ……そんなダンとマリの親しげな会話に、デーナはその異変に気が付いた。 「……お前ら……?」 「いや、でも何だ。まだ"お試し期間" なんかな? 俺はどっちでもいいけどな」 デーナは気が遠くなるような気分だった――まるで自分だけが取り残されているようで。
そんなデーナに同情したのか、マリは少し声を穏やかにして諭すように言った。 「まずい事があるなら、早く謝ってきた方がいいんじゃないかしら。あの子の事だから、きっとすぐに許してくれるでしょ。貴方はツイてると思うのよ、フレスク指揮官」 マリがそう言うと、デーナは少しだけ考える様に前を見て、そして立ち上がった。 デーナは低く「そうだな……」 とだけ言って、もう一度傍にあったグラスを飲み干すと、外に戻った。
「なあマリさん、俺もツイてるんかな」 「はぁ?」 去っていくデーナの後姿を見ながら、ダンがポツリと言った。 「デーナは"ツイてる" んやろ、相手がリリちゃんで。じゃ、俺は?」
「――私だったら? そう簡単に許さないわよ、覚悟してね」
*
それはまた基地から出るゲートの検問所で。 デーナは意外な人物を発見した。 検問に当たっている警備の兵士と、何やら言い合いをしている……ように見える。 「――どうしたんだ?」 そしてその兵士と話していたマークは、急に現れたデーナを、まじまじと眺めた。 「身分証明書を忘れて来られたらしくて、入れられないって説明していた所なんですよ。大佐の知り合いだって仰るんですけど」 「――間違いない、俺も見知ってる。入れてやってくれ」 「やっぱりいいですよ。実は彼に話があっただけなんです」 そう言うと、2人は向き合う。 「開けてくれ」 「何の話だ?」 「聞かなくても分かるでしょう。リリアンの所へ戻るつもりなら、歩きながら話しましょう」 それを聞くとデーナはそのまま歩き出した。マークもそれに付いて行くように歩き出す。 「あの警備兵も貴方を尊敬しているみたいですね。すごい態度の変わり様でしたよ」 そんな台詞に、デーナは一瞬だけマークに視線を移したが、答えはしなかった。 「リリアンが随分言っていて……。貴方はしっかりしてて尊敬されている人だ、まるでアレツさんの様にってね。その時は疑ったけど、今は信じますよ」 その言葉に、一瞬だけデーナが反応したような気がした。 「あの子には泣きそうな顔されましたよ。きっと貴方は俺からじゃなくて、アレツさんから言われたような気分だっただろう……って言って。謝ったら、自分にはいいから貴方に謝れって言われましたよ」 デーナはまたマークの方を見て――睨んで――怪訝な顔をした。 何故、マークからリリアンに謝る必要があるのか、と。 「お詫びに……教えましょうか、その、リリアンの結婚の約束をした相手について」 そう、静かにゆっくりとマークが言うと、デーナはピタッと歩を止めて振り返った。 けれど今更止められない。マークは諦めたように静かに言った。 「……俺ですよ。ガキの頃、アレツさんが亡くなったばかりの頃かな。あの子があんまり泣くんで、そう言ったんです。本人はよく覚えてさえいなかったんじゃないかな。……でも」 と、そこまで言って、一息置く。 「けど、あの子は嘘が苦手だ。だから、貴方の質問に否定できなかったんじゃないかな」
悔しかったのかも知れない。――マークはそう思った。 リリアンにとっての一番は、ずっと自分だった。 ……いや、正確には、彼女は自分を通して父親を見ていただけなのかも知れないが……。 それでも自分にいつも付いてくる、天使の様な彼女が愛しかった。 恋愛感情とは違う、それでも、マークにとって一番の愛情の対象は、長い間リリアンだった。 "まだ早い" という言葉に真実を包み隠して、彼女が異性と付き合うのを反対し続けてきた。 間違いなく"この人だ" と思える相手が現れるまで、汚したくないと思っていたのだ。 最初はデーナも、今まで駆逐してきた男達と同類だと思っていた。――正確にはそう、思いたかっただけ、だけれど。 けれど今は何となく分かる。 認めたくはないが、リリアンを傷付けることはしたくない。
「……そんな訳で、誤解だと思いますよ。失礼ですが、貴方の声は随分良く響くんで、聞こえたんですよ」 マークがそう言うと、デーナはしばらく黙ったままマークを真っ直ぐ見続けていた。 しばらくすると、デーナはやっとマークから視線を外して、道の先を見る。 「――泣いてたか?」 「あいつだよ。泣いてたのか、泣いてなかったのか」 「けど、1人にしてくれって言われたから、多分今頃は……」 その答えを聞くと、デーナはマークを置いて歩き出した。
――もう泣かせないと、そう誓ったはずだ。 1人で病室で泣かれるなど、想像しただけでも自分が許せない――。
*
けれど数分後、それを更に後悔することになる。 1人で病室で泣いていてくれた方が、まだよっぽど良かった、と……。
外は寒く、強い風が吹いていて、冷たい雨が降り始めていた。 |
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