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それはもう、二度と見ることはないだろうと思っていた姿。 聞くことはないだろうと思っていた声。 もしこれが違う姿だったら、もっと冷静になれたはずだったのに――
"It" Declared
がやがやと人が集まり始めた中、ペキン大佐の挨拶が始まると、親睦会の幕があける。 ――といっても、デーナにとってはこれが終わりだ。 大佐の挨拶が終われば、挨拶だけして病院へ戻るつもりだった。 けれどそれは、会場に現れた"彼" のお陰で、大きく狂うことになる――
*
マークは会場に足を踏み入れると、周りを見回した。しばらくしてペキン大佐の姿を確認すると、せわしげな足取りで会場内に入る。 「ペキン大佐、お久しぶりです! あの子が世話になっています」 大佐がマークの挨拶に答えると、その周りの者たちの注意がマークに行く。特にポウター中将は、マークの容姿に驚いたようだ。彼もまた軍に長い。カーヴィング指揮官のことはよく見知っていた。 「私は何もしていないよ、礼ならデーナに言った方がいい」 その不自然さに大佐も気が付いたようだ。お、という顔をしてデーナの方を見る。 最初は驚いたが……すぐにその2人の態度の意味する所に気が付く。ペキン大佐は面白がるように喉を鳴らして、小さく何度か頷いた。
「それで、どうしてあの子と付き合う気になったんです?」 ――それは、挨拶も終わり、デーナが病院に戻ろうとした、その時。 その口調も内容も、明らかに挑発的だ。 「好きだからです、理由なんて他にないでしょう」 「そうかな。今はもの珍しいでしょうけど、すぐに飽きるんじゃないかな。貴方相手じゃ、あの子は子供っぽいでしょう」 そのマークの言葉に、デーナは改めて彼を見た。――相手が兵士だったら、怒鳴るか縛り上げるかしていたところだ。が、相手はリリアンの従兄、おまけに彼女の父――そして自分の元上官――に生き写しだ。 「まさか。真剣に付き合わせてもらっています」 大佐の話では、マークはリリアンの父親代わりでもあったらしい。それが本当なら、気持ちは分からなくもない――デーナはそう思った。 けれど、次のマークの言葉は……地雷だった。 「でも、貴方はあの子の事を知らないでしょう。可愛い顔をしているから、興味が湧くのは分かりますけどね」 その口調はまるで、相手を試そうとしているようで。 「そういうつもりはありません、外見なんてただのきっかけです」 ――きっかけどころか、リリアンの容姿は最初、デーナが彼女に厳しくする原因となっていたのだけれど……。 そんな当たりさわりのない、"大人な" デーナの答えに、しかしマークは挑発的な口調を止めなかった。 「でも、あの子の事を知らないのは事実だ。違いますか?」 ――自分を抑えることは得意だった。 ――けれど今となってはそれは、"彼女" に関する事以外、という条件付きで。
「確かに、一緒に育ってきた貴方に比べれば知らないでしょう。けど、これからゆっくり知っていけばいい事です」 それでもまだ、デーナは静かに押さえた口調でそう続けた。が、多少の苛立ちはマークに伝わったのだろう。 会話はさらに続いた。 「これから? どういう意味です?」 その時の、どこか満足したようなマークの口調に。 けれど―― "あの子との将来" 「――そう、取って貰って構いません」 デーナはそう、真っ直ぐマークを見ながら答えた。
けれどマークはデーナの答えを聞くと、一瞬だけ下を向いた。 そしてデーナに視線を戻す。どこか、勝ち誇ったような目で――。 「そうですか、とりあえず遊びじゃないのは安心しましたよ。でも……」 デーナが低い声でそう聞くと、マークは逆に、高く明るい調子で答えた。 「あの子には結婚の約束をした相手がいるんです。今日もその話をしたら、否定はしませんでしたよ」
*
すでに夜―― きっと基地では、恒例の親睦会が賑やかに行われているはずだ。 外の風は冷たくて、どこか湿(しめ)っている。 もしかしたら雨になるのかも知れない、そんな空気だった。 マークは「大佐に挨拶をしたい」 と言って会場へ行ってしまったので、リリアンは1人の病室で、時間を持て余していた。 「ふう……」 (そろそろ、戻ってきてくれるかな……) リリアンはそう思いながら、室内との気温差で湿っている窓を眺めた。 "名前を呼ぶのが恥ずかしいなんて、褒められた関係じゃないな" (でも、まだ半年しか経ってないんだから……) 出逢ってから。 (そうきっと、これから――) 名前を呼ぶこと、親しくなること、もっとお互いを知ること――。
人の気配を感じたのは、そんな時。 色々と考え事をしていたせいで、それがドアのすぐ前に来るまで気が付かなかった。 「――フレスク指揮官?」 リリアンはゆっくり、その名前を口にした。それは、溶けるような甘い声。 そう思って、甘えるような視線でデーナを見つめた。 今まですれ違ってきた時間を埋めたい、と――。 けれど次に聞こえたデーナの低い声は、期待したものとは違う、冷たい調子だった。 「さっき、あんたの従兄から話を聞いたよ」 唐突にそう言ったデーナに、リリアンは首を傾げた。 「マークですか? 何か変な事でも言って……」 ――そういえばマークはデーナと付き合うことに随分反対していた。何かデーナに言ったのかも知れない。そう思って、リリアンは言葉を続けた。 「ごめんなさい、マークは昔からお節介好きで……変な事を言っても、気にしないで下さい」 そして最後に、同意を求めるように"ね?" と付ける。 そんなリリアンに、デーナは少しだけ硬い表情を崩した……ような気がした。 「フレスク指揮官?」 「じゃあ、あんたの従兄は嘘でも言ったのか?」 ""マークのお嫁さん"になるのが夢なんだろ?" 子供の頃の話だ。今ではそんな事があったということさえ、忘れかけていて。 でも確かに、あの時は本気でそう思っていたし、そういえばそう、約束をした事も……あったような気がする。 「で、でも……あれは……」 嘘……ではない。確かに実際にあった"事実" だ。 けれど――こんな時くらい、適当に「違う」 と言っておけばよかったのはずだ。普通ならそうしたところだろう。 「本当……です。でも……」 リリアンがそう、静かに言った瞬間、だった。 「……あ……」 怒ってる。それは分かった。 「"でも"、なんだ? 俺とはただの恋愛ごっこだから関係ないって?」 "恋愛ごっこ" ? 一体どこからそんな言葉が出てくるの……? そう思っているのに、分かっているのに、言葉は簡単には出てこない。 「待ってください、フレスク指揮……っ!」 (な……なんで……?) デーナが去ってしまい閑散とした病室に、リリアンは1人ぽつんと残された。
リリアンが放心していると、また、ドアが開く音がした。 「……フレスク指揮官……?」 戻ってきてくれたのかも知れない、そう思ってリリアンはデーナの名前を呼んだが、入ってきたのは別の人物だった。 「どうだ、リリアン。いい子にしてたか?」 デーナが出て行った後に部屋に入ってきたのは、マークだった。 「マーク、ねえ、今 フレスク指揮官が出て行ったでしょ? 見なかった?」 リリアンが挨拶もせずにそう聞くと、マークは少し憮然な顔をした。 「ああ、怒ったような顔して、凄い速さで歩いて行ったよ。言っただろ、お前にはまだ早いって。合わないんだよ」 怒ったような顔をして、キッと視線を向けたリリアンに、マークは小さな溜息を吐いた。 「お前に深入りするなって言っただけだよ。お前は子供っぽいし、合わないだろうって」 マークはなだめる様にそう言うと、リリアンの傍の椅子に座った。 「それに、俺が何か言ったくらいでこじれるなら、それだけの関係だったってことだ。そうだろ?」 (……だから、きっと……) 「私に結婚の約束をした人がいるって……そう言ったの? 私はフレスク指揮官と恋愛ごっこしてるだけだって……?」 リリアンが擦れそうな小さな声でそう言うと、マークはバツが悪そうに少し視線を外した。 「どうして? フレスク指揮官、きっと傷ついたわ」 そんなマークの言葉に、リリアンは首を横に振った。 「マークはお父さんにそっくりなの、分かってるでしょ? ……きっとフレスク指揮官は、お父さんに言われているような気がしたんだから」 「……なんで、別に面識もないだろ」 そう言ったマークを、リリアンは黙って真っ直ぐ見つめ続けた。 「……本当に?」 「うん……大佐は、フレスク指揮官はお父さんの最後の秘蔵っ子だった、って。フレスク指揮官も、お父さんを慕ってたって……」 リリアンのその話を聞いて、マークはしばらく黙った。 そういえばデーナは、いつまでも自分に敬語だった気がする。 「……それは知らなかったよ。ごめん」 マークが静かに謝ると、リリアンはまた静かに首を横に振った。 「謝るならフレスク指揮官に謝って。それから少しだけ、1人にして……考え事、したいから……」 まだ怒ったままの、しかし潤んだ瞳でそう言ったリリアンに――。 「分かったよ、お互いちょっと頭を冷やそう。でも、反対なのには変わらないからな」 白い無機質な廊下へ出て、マークは大きく溜息を吐いた。 (はぁ、どうするか……) リリアンを取られたことで、従兄として、兄として、父親代わりとして、デーナに反発する気持ちがあるのはは変わらない。しかし人として、――リリアンが言っていた事が本当なら、嫌なことをしてしまった。マークはそう反省した。 デーナが去って行った方角を見る。 (謝っておくか……一応、な……) マークはさらにまた大きく溜息を吐くと、ゆっくりと歩き出した。
*
それはそれから5分後。 巡回に来た看護婦が、からっぽのリリアンのベッドを発見して、慌てふためくのは――。 |
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