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そう、あの頃は確かに―― そう思っていたの。それは嘘じゃない。
My Prince Charming(s)
その姿が目に入った瞬間、デーナはその歩を止めた。 病院に足を踏み入れてすぐ。正面の受付の前で。 ――それは あり得ないはずの情景。いるはずのない人物。それが突然、目の前に現れたのだから……。
「ああ、フレスク少佐。ちょうど良かった、この方を彼女の部屋まで案内して下さいます?」 受付にいた女性が、デーナを見つけるとそう言った。 あれから数日後の、週末の夕方。 病院入り口の自動ドアをくぐり抜けると、最初に目に入ったのは、そう。 「少佐……。もしかして、指揮官の?」 「はじめまして、マーク・カーヴィングです。従妹(いとこ)が世話になっています」
*
「俺も母も心配はしていたんです。けど、まさかこんな事になるとは思ってなくて……。連絡を受けた時は心臓が止まるかと思いましたよ。とにかく助かって良かった」 リリアンの病室へと向かう途中。マーク・カーヴィングと名乗ったその男は、デーナに話し掛けた。 受付の前でされた簡単な自己紹介によると、マークはカーヴィング指揮官の姉の息子という事だった。つまり……リリアンとは従兄妹になる。 が、驚いたのはそこではない。 しかも 声まで――。 「海外で仕事をしていたもので、来るのが遅れてしまって……きっと寂しがっていたでしょう」 カーヴィング指揮官亡き後、リリアンはこのマークの母に引き取られていたらしい。 「彼女も喜ぶでしょう、久しぶりならなおさら」 「ペキン大佐から少し話を聞きました。あの子に付いていて下さったんですよね? すみません、迷惑をかけて」 ―― 一体 大佐はこのリリアンの従兄に、何を言ったのだろうか。
「リリアン、どうしてもっと早く連絡しなかったんだ!」 マークはたどり着くとすぐにそんな大声を上げて、ノックもせずに病室に入っていった。 「マ、マーク……?」 「そうだ、先週やっと大佐から連絡をもらったんだ。俺も母さんもどれだけ心配したか……!」 マークがそう言いながら、リリアンの頬に手を置いた。 ――そんな一連の劇的な出来事を、デーナは立ったまま黙って見ていた。 ……それに何かを感じ取ったのか、マークがやっとまたリリアンから身体を離した。 「偶然、受付で部屋の場所を聞いていたら会ったんだ。すみません、案内してもらって。もう大丈夫ですから」 「う、ううん、マーク。フレスク指揮官はここに来てくれてるの。ちゃんと挨拶して……?」 「なにか我侭でも言ってるのか? 指揮官ともなれば忙しいんだから、邪魔しちゃ駄目だろ。いくらアレツさんと同じ立場だからって、甘えるんじゃない。俺も来たんだから」 マークがそういうと、さすがにリリアンが焦った顔をした。 「…………?」 「彼女とは、付き合わせてもらっています」 ――軍人らしい、抑制の利いたはっきりした声。 マークはそんなデーナと、頬を染めて恥ずかしそうにしているリリアンを交互に見ると、口をあんぐりと開けた。
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「俺は反対だね」 「マーク」 「大体お前も、彼にアレツさんの面影を重ねてるだけだ。恋なんかじゃない」 「マークってば」 「俺は認めない。認めないったら、認めないからな」 結局あの後しばらくすると、ペキン大佐から連絡が入ってきた。親睦会の挨拶の間だけ、デーナを借りたい、と。本部から来ている人間でもいるのだろう。 「どうして反対するの? フレスク指揮官は優しいし、しっかりしてるし、ちゃんとした人よ」 そしてデーナがリリアンに1つだけ軽いキスを残し、居なくなった途端に。マークの反対の大合唱が起こった。 「どうして? 優しい? だから何だって言うんだ! お前にはまだ早い、それだけだ。怪我して弱気になってるんだよ」 さっきからこんなやり取りの繰り返しだ。まだ体力の足りないリリアンは、疲れてもきた。 「大事にしてくれてるもの。そんな風に言わないで。それに、せっかく久しぶりに会えたのに喧嘩なんて……」 リリアンはそう弱々しく呟いて、マークを見上げた。 「……悪い、そうだな。一年ぶりか……? ますます綺麗になったな」 マークとリリアンは、従兄妹に当たる。
マークはしばらく黙ってリリアンの髪を撫でていて、リリアンも心地よさそうに、彼のしたい様にさせた。 が、しばらくすると気が済んだのか、マークはその手を止めて また不機嫌そうに言った。 「でも反対なのは変わらない。大体なんで"フレスク指揮官" なんて呼ぶんだ? 付き合ってるんだろ、不自然じゃないか」 リリアンが口篭る。マークはそれを見てまた、意を得たとばかりに言葉を続けた。 「向こうが本気にならないうちに断るんだな。"マークのお嫁さん" になるのが夢なんだろ?」
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「デーナ? 何してるんや、こんな所で。リリちゃんの所に行ってたんやろ」 デーナが基地に戻ると、ちょうどダンとすれ違った。 「大佐に呼ばれて戻ったんだよ。挨拶だけして回れ、だと」 そう言ったデーナに、ダンが首を傾けた。珍しく心ここにあらずな雰囲気だ。 その言葉を受けて、デーナがダンを見返した。 「1人じゃない、従兄が来たんだ」 妙にせわしなく質問を繰り返すダンに、デーナは淡々とした調子で答えた。
そのままデーナとダンが会場まで足を運ぶと、すでに中にいたペキン大佐と目が合った。 何人か、重厚な制服姿の男達と一緒だった。そのうちの何人かは見知ってもいる、本部の将校達だ。コソコソと逃げ出したダンを、デーナは止めなかった。 「デーナ、悪かったな、呼び出して。挨拶だけでもして貰おうとおもってな。どうだった、リリアンちゃんの具合は」 まだ会場内には人が集まりきっていない。準備のための手伝いが数人、忙しそうにテーブルの準備に走り回っている。 「ああ、もう来たのか! 早いな、よっぽど心配だったんだろうな」 大佐は珍しく、悪戯っぽくデーナに笑ってみせた。デーナの方はそれを見て溜息を吐く。 「確かに驚きはしましたよ。……けど、一体何を言ったんです?」 デーナもペキン大佐も、はっきりそう言った訳ではない。 「アレツが生きてた頃から、彼はリリアンちゃんを必要以上に可愛がっていてな。アレツが亡くなった後は、彼が父親代わりの様なものだったんだ。……それをいきなりこの事実は、キツイだろうと思ったんだよ」 どこかまるで、いい訳でもするような口調で。 デーナが何を考えているのか察したように。ペキンはデーナの肩を叩くと、真剣半分、面白半分に言った。 「お前にも少しは苦労してもらわんとな。……ちょうど顔もそっくりなんだ。舅(しゅうと)だと思って頑張れよ」
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"マークのお嫁さん" ……それは確かに、リリアンの小さい頃の夢だった。 いつの間にか、まるで雛のすりこみのように、リリアンは彼に懐いていた。 リリアンが中学へ上がり、全寮制の学校へ通い始めても、2人は仲が良かった。 容姿のせいもあり、異性から目立つ事の多かったリリアンだが、あまり色恋沙汰には積極的でなく――。それは、ひとえにこのマークの存在が大きかったからだ。 (でも……) 仕事の電話が入ったらしく、マークは病室を離れ携帯電話が使える下のロビーまで降りていた。 (違うの……今は、もう) そして考えながら、1人で赤くなってしまう。 ――理想の王子様だと思っていた。 リリアンが大学に入り、マークが海外で仕事を始めるようになり、連絡が少なくなっても……お互いに大切な存在だった。 今だってそうだ。 愛しいと思うし、顔を見られることが、言いようもなく嬉しい。 ――けれど ただ、1つ。 そのマークの前にさえ立ってしまう人が、リリアンの人生に現れただけで―― (全然、お話できなかったな……) 久しぶりに、しかも海外という遠方からわざわざ来てくれた従兄を前にして、失礼だとは分かっていたけれど……それでも。そんな事を思ってしまう。 無意識に傍にあったスペアの枕をきゅっと腕に抱くと、それに顔をうずめた。 どうしてだろう、マークはひどくデーナとリリアンの関係に反対していた。 それが―― "珍しいだけだ" ……そんな事はない、そう、信じてはいるけれど。 まだ、少し不安定な2人の関係で。 (仲良くしてくれれば、いいけど) そして出来るなら、マークには祝福して欲しい……と。
その無邪気な願いは、2人の男達にとって 少し複雑なものだったけれど。 |
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