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そう、あの頃は確かに――

そう思っていたの。それは嘘じゃない。

 

My Prince Charming(s)

 

その姿が目に入った瞬間、デーナはその歩を止めた。
病院に足を踏み入れてすぐ。正面の受付の前で。
――それは あり得ないはずの情景。いるはずのない人物。それが突然、目の前に現れたのだから……。

 

「ああ、フレスク少佐。ちょうど良かった、この方を彼女の部屋まで案内して下さいます?」
受付にいた女性が、デーナを見つけるとそう言った。

あれから数日後の、週末の夕方。
まだ日が落ちる前の明るい時間だ。
またも親睦会があるため、訓練は午後に終わり、デーナはリリアンのいる病院に早めに辿り着いた所だった。

病院入り口の自動ドアをくぐり抜けると、最初に目に入ったのは、そう。
……"カーヴィング指揮官" だった。
受付の女性がデーナの事を呼ぶと、横顔しか見えなかったその彼が、デーナの方に振り向く。

「少佐……。もしかして、指揮官の?」
彼はデーナを見ると、興味深そうにそう言った。それは質問するというよりは、ひとり言に近い感じで。
一瞬、何を言うべきなのか見つからずに、デーナは黙ったまま彼のいる受付に歩を進めた。近づくと、彼は握手を求めて手を出す。デーナも反射的に手を出した。

「はじめまして、マーク・カーヴィングです。従妹(いとこ)が世話になっています」

 

 

「俺も母も心配はしていたんです。けど、まさかこんな事になるとは思ってなくて……。連絡を受けた時は心臓が止まるかと思いましたよ。とにかく助かって良かった」

リリアンの病室へと向かう途中。マーク・カーヴィングと名乗ったその男は、デーナに話し掛けた。
しかしマークのその容貌と声に、デーナはまだ妙な気分を拭いきれなかった。

受付の前でされた簡単な自己紹介によると、マークはカーヴィング指揮官の姉の息子という事だった。つまり……リリアンとは従兄妹になる。

が、驚いたのはそこではない。
マークの容姿だ。こうして近くで見れば微妙な違いが分かるが、遠目にはまさにカーヴィング指揮官に生き写しだ。
あえて決定的な違いを言えば、目の色だけだ。
カーヴィング指揮官の薄い茶色の瞳とは違い、マークの瞳は緑がかった色をしている。
しかしそれをのぞけば、不思議なほど似ていた。

しかも 声まで――。

「海外で仕事をしていたもので、来るのが遅れてしまって……きっと寂しがっていたでしょう」

カーヴィング指揮官亡き後、リリアンはこのマークの母に引き取られていたらしい。
結婚はせずにシングルマザーとしてマークを育てていたそうで、マークの苗字もカーヴィングのままだ。それが余計に類似性を引き立てた。

「彼女も喜ぶでしょう、久しぶりならなおさら」
デーナがそう言うと、マークは大きく頷いた。
「ええ、小さい頃から甘えん坊で……いつも俺のあとを付いて回ってたんですよ」
そう言って"困ったもので" と付け足した。が、そのマークの表情は明らかに、困っているという風ではなかった。

「ペキン大佐から少し話を聞きました。あの子に付いていて下さったんですよね? すみません、迷惑をかけて」
「好きでやっていただけです。謝るのはこっちです」
「まさか! 感謝してますよ。でも俺が来たからにはもう、リリアンも我侭は言わないと思いますから」
「…………」

―― 一体 大佐はこのリリアンの従兄に、何を言ったのだろうか。
デーナはそう考えながら、怪訝な顔でマークを見たところだった。彼らがリリアンの病室の前までたどり着いたのは。

 

「リリアン、どうしてもっと早く連絡しなかったんだ!」

マークはたどり着くとすぐにそんな大声を上げて、ノックもせずに病室に入っていった。
突然の訪問者に、ベッドの上に起こしていた上半身をきつく抱きしめられたリリアンは、しばらく驚きに目を瞬いた。

「マ、マーク……?」
やっとおずおずと声を出すと、マークはやっと少しだけ身体を離してリリアンの顔を見据えた。

「そうだ、先週やっと大佐から連絡をもらったんだ。俺も母さんもどれだけ心配したか……!」
「大佐から……本当?」
「今はそんな事どうでもいい。リリアン、よく顔を見せてくれ。大丈夫だったのか?」

マークがそう言いながら、リリアンの頬に手を置いた。
しっかり2人の目が合うと、リリアンはやっと状況を把握したようで、安心したように微笑んだ。
「もう大丈夫よ。えっと、きっと大佐は少し大袈裟に言ったの……心配かけて、ごめんなさい」
「リリアン……!」
するとマークはまた、リリアンにきつく抱きついた。

――そんな一連の劇的な出来事を、デーナは立ったまま黙って見ていた。
抱きつかれたマークの肩越しからそんなデーナを見つけたリリアンが、小さく声を上げた。
「……フレスク指揮官」
その声に、デーナも曖昧に微笑み返した。
言葉のない挨拶のようなものが、2人の間で交わされる。

……それに何かを感じ取ったのか、マークがやっとまたリリアンから身体を離した。
リリアンの視線の先にデーナがいるのを、感じ取ったようだった。

「偶然、受付で部屋の場所を聞いていたら会ったんだ。すみません、案内してもらって。もう大丈夫ですから」
マークはデーナの方に振り返るとそう言った。
どうも、デーナが別の用事でここに来ていると思っているらしい。

「う、ううん、マーク。フレスク指揮官はここに来てくれてるの。ちゃんと挨拶して……?」
リリアンがそう慌てて言うと、マークは一瞬驚いたような顔をして……そして溜息を吐いて、たしなめるように言った。

「なにか我侭でも言ってるのか? 指揮官ともなれば忙しいんだから、邪魔しちゃ駄目だろ。いくらアレツさんと同じ立場だからって、甘えるんじゃない。俺も来たんだから」
そして今度はまたデーナの方へ振り返り、慇懃な調子で言った。
「ペキン大佐に言われたんでしょう? 大佐もこいつには甘くて……彼には俺から言っておきますから、気にしないで下さい」

マークがそういうと、さすがにリリアンが焦った顔をした。
「違うの、ちゃんと聞いて。あのね、私とフレスク指揮官は……その」
「"その"……?」
マークが聞き返すと、リリアンは少し言い難そうにはにかんで頬をピンクに染めた。

「…………?」
そのリリアンの表情に、マークは何かを悟ったようだった。まさか……と思いリリアンの答えを待つ。
すると、リリアンの言葉より先に、背後からデーナの声が響いた。

「彼女とは、付き合わせてもらっています」

――軍人らしい、抑制の利いたはっきりした声。
そしてどこか、疑う余地のないような、あまりにも真っ直ぐな口調。

マークはそんなデーナと、頬を染めて恥ずかしそうにしているリリアンを交互に見ると、口をあんぐりと開けた。

 

 

「俺は反対だね」
「マーク」
「大体お前も、彼にアレツさんの面影を重ねてるだけだ。恋なんかじゃない」
「マークってば」
「俺は認めない。認めないったら、認めないからな」

結局あの後しばらくすると、ペキン大佐から連絡が入ってきた。親睦会の挨拶の間だけ、デーナを借りたい、と。本部から来ている人間でもいるのだろう。
そんな訳で今はマークとリリアンだけが病室に残っていた。
すでに日は暮れだして、外をオレンジ色に染め出している。

「どうして反対するの? フレスク指揮官は優しいし、しっかりしてるし、ちゃんとした人よ」

そしてデーナがリリアンに1つだけ軽いキスを残し、居なくなった途端に。マークの反対の大合唱が起こった。
頑固に反論を続けるこの従兄に、さすがにリリアンも困り出した。

「どうして? 優しい? だから何だって言うんだ! お前にはまだ早い、それだけだ。怪我して弱気になってるんだよ」
「怪我する前からずっと好きだったの。ずっと片思いしてたんだから……喜んでくれないの?」
「喜ぶ!? 冗談じゃない、きっと向こうはお前みたいのが珍しいだけだ。遊びだよ、絶対に」
「む……。フレスク指揮官は、そんな人じゃないもの……」

さっきからこんなやり取りの繰り返しだ。まだ体力の足りないリリアンは、疲れてもきた。

「大事にしてくれてるもの。そんな風に言わないで。それに、せっかく久しぶりに会えたのに喧嘩なんて……」

リリアンはそう弱々しく呟いて、マークを見上げた。
マークもそのリリアンの疲れに気が付いたのか、溜息を吐くとリリアンの髪を撫でた。

「……悪い、そうだな。一年ぶりか……? ますます綺麗になったな」
「うん、一年ちょっと。もう22なんだから、子供じゃないし……」
「怪我は大丈夫か? ペキン大佐から連絡を受けた時は、本当に心臓が止まるかと思ったんだからな」
「平気。ちゃんと休んでれば、もう痛くないから……心配しないで、ね?」

マークとリリアンは、従兄妹に当たる。
けれど実の兄妹以上に親しく育っていた。マークには父がいなかったし、リリアンの母は亡くなっている。そんな事情もあって、お互いに補い合う部分があったのかもしれない。
リリアンはマークを慕って甘えていたし、マークはマークでそんな8才年下のリリアンを、猫かわいがりしていた。

 

マークはしばらく黙ってリリアンの髪を撫でていて、リリアンも心地よさそうに、彼のしたい様にさせた。
が、しばらくすると気が済んだのか、マークはその手を止めて また不機嫌そうに言った。

「でも反対なのは変わらない。大体なんで"フレスク指揮官" なんて呼ぶんだ? 付き合ってるんだろ、不自然じゃないか」
「それは……私が恥ずかしくって呼べないだけで」
「ほら見ろ、名前を呼ぶのが恥ずかしいなんて、褒められた関係じゃないな」
「そ、それは……」

リリアンが口篭る。マークはそれを見てまた、意を得たとばかりに言葉を続けた。

「向こうが本気にならないうちに断るんだな。"マークのお嫁さん" になるのが夢なんだろ?」

 

 

「デーナ? 何してるんや、こんな所で。リリちゃんの所に行ってたんやろ」

デーナが基地に戻ると、ちょうどダンとすれ違った。
珍しくきちんとシャワーを済ませ、綺麗な私服を着て、かすかな香りさえ身につけて。

「大佐に呼ばれて戻ったんだよ。挨拶だけして回れ、だと」
「げ。……っちゅう事は本部の連中も来てるんやな」
「多分な……」

そう言ったデーナに、ダンが首を傾けた。珍しく心ここにあらずな雰囲気だ。
「何、リリちゃん1人にしてきたのがそんなに気になるのか? 大丈夫やろ、挨拶くらいすぐに終わるって」

その言葉を受けて、デーナがダンを見返した。

「1人じゃない、従兄が来たんだ」
「イトコ? 何、まさかリリちゃんみたいな美人か!?」
「……男だよ」
「はあ……何や、知らんかったな。どんな奴やったん? 似てたか?」

妙にせわしなく質問を繰り返すダンに、デーナは淡々とした調子で答えた。
「あいつには似てない、逆にカーヴィング指揮官の生き写しだ。最初は幻覚かと思ったくらいだ」
「……はぁ?」

 

そのままデーナとダンが会場まで足を運ぶと、すでに中にいたペキン大佐と目が合った。
何人か、重厚な制服姿の男達と一緒だった。そのうちの何人かは見知ってもいる、本部の将校達だ。コソコソと逃げ出したダンを、デーナは止めなかった。

「デーナ、悪かったな、呼び出して。挨拶だけでもして貰おうとおもってな。どうだった、リリアンちゃんの具合は」
「大丈夫そうでしたよ。それより大佐、あの従兄に何を言ったんです?」

まだ会場内には人が集まりきっていない。準備のための手伝いが数人、忙しそうにテーブルの準備に走り回っている。
将校達の群れから一歩離れデーナに近づいたペキン大佐は、その言葉を聞いて目を丸くした。

「ああ、もう来たのか! 早いな、よっぽど心配だったんだろうな」
「知っていたんでしょう、どうして言ってくれなかったんですか」
「驚かせようと思ってな……。どうだ、アレツにそっくりだっただろう?」

大佐は珍しく、悪戯っぽくデーナに笑ってみせた。デーナの方はそれを見て溜息を吐く。

「確かに驚きはしましたよ。……けど、一体何を言ったんです?」
デーナがそう言うと、大佐は少し考える様な顔をした。
「ああ、お前の事か……面倒見のいい指揮官が1人居て、彼女の面倒も見てくれてる、とな……その、すぐに事実を言ったら心臓発作でも起こされそうな気がしたんだ……」
「…………従兄妹なんでしょう」

デーナもペキン大佐も、はっきりそう言った訳ではない。
しかし一々言葉にしなくても、お互いに言いたい事は大体分かった。

「アレツが生きてた頃から、彼はリリアンちゃんを必要以上に可愛がっていてな。アレツが亡くなった後は、彼が父親代わりの様なものだったんだ。……それをいきなりこの事実は、キツイだろうと思ったんだよ」

どこかまるで、いい訳でもするような口調で。
ペキン大佐がそう言うと、デーナは諦めたように視線を上げた。
いままで大佐と話していた将校たちが、こちらを向く。ポウター中将もおり、目が合うと挨拶するように片手を上げてきた。
ダンの姿はすでに視界にはない。多分、どこかに逃げたのだろう。

デーナが何を考えているのか察したように。ペキンはデーナの肩を叩くと、真剣半分、面白半分に言った。

「お前にも少しは苦労してもらわんとな。……ちょうど顔もそっくりなんだ。舅(しゅうと)だと思って頑張れよ」

 

 

"マークのお嫁さん"

……それは確かに、リリアンの小さい頃の夢だった。
大好きな父親にそっくりで、優しくていつも守ってくれる。家族の少なかったリリアンにとっては、マークは数少ない甘えられる対象の1人であったし、マーク自身もリリアンには甘かった。

いつの間にか、まるで雛のすりこみのように、リリアンは彼に懐いていた。
ある程度の年齢までは、本気でマークと結婚するのだとさえ思い込んでいたくらいだ。

リリアンが中学へ上がり、全寮制の学校へ通い始めても、2人は仲が良かった。
さすがにこの頃になってくると、結婚云々までは思っていなかったが……それでも、最も身近な異性だったことは確かだ。

容姿のせいもあり、異性から目立つ事の多かったリリアンだが、あまり色恋沙汰には積極的でなく――。それは、ひとえにこのマークの存在が大きかったからだ。

(でも……)

仕事の電話が入ったらしく、マークは病室を離れ携帯電話が使える下のロビーまで降りていた。
また1人に戻った病室で、リリアンは複雑な気分だった。

(違うの……今は、もう)

そして考えながら、1人で赤くなってしまう。

――理想の王子様だと思っていた。
リリアンにとってマークは、確かにずっとそんな存在で。

リリアンが大学に入り、マークが海外で仕事を始めるようになり、連絡が少なくなっても……お互いに大切な存在だった。

今だってそうだ。
別にマークへの愛情が薄れたわけでも、嫌いになったわけでもない。

愛しいと思うし、顔を見られることが、言いようもなく嬉しい。
そこに噓は1つもない。

――けれど ただ、1つ。
いや、……1人。

そのマークの前にさえ立ってしまう人が、リリアンの人生に現れただけで――

(全然、お話できなかったな……)

久しぶりに、しかも海外という遠方からわざわざ来てくれた従兄を前にして、失礼だとは分かっていたけれど……それでも。そんな事を思ってしまう。
マークの突然の乱入で、デーナとリリアンはほとんど会話らしい会話さえしないで離れてしまった。

無意識に傍にあったスペアの枕をきゅっと腕に抱くと、それに顔をうずめた。

どうしてだろう、マークはひどくデーナとリリアンの関係に反対していた。
デーナを人として嫌っている、という風ではない。付き合っているとデーナが言うまでは、好意的だったくらいで。

それが――

"珍しいだけだ"
"遊びだよ、絶対に"

……そんな事はない、そう、信じてはいるけれど。
実際にそう言葉にして言われると、不安になるのも事実だった。

まだ、少し不安定な2人の関係で。
贅沢をいえば、応援して欲しかった。両手を挙げての賛成ではなくてもせめて、あんな風に反対しないで……。

(仲良くしてくれれば、いいけど)

そして出来るなら、マークには祝福して欲しい……と。

 

その無邪気な願いは、2人の男達にとって 少し複雑なものだったけれど。

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