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それは幻。 ありえない幻想。 それでも時に、それにすがってしまう。
Edge of Precipice
それはその日。 デーナとダンは1人だけ部下を連れて、出て行ってしまった、その後。
――それは、意外なほどあっけなくて。 ミラはまた、監査の為に倉庫で備品を眺めながら、微笑を浮かべていた。 きっとデーナは、あれをリリアンのせいだと疑ったはずだ。 あの、夜。 浮かんだのは、あの2人を引き裂きたいという、渇望。 最初は、ただ自分が色気を使ってデーナを誘えば、それで全てが済むと思っていた。が、それはあっけなく否定される。 (馬鹿にしないで……) そして思いついたのは、1つの賭けだった。 けれどその時のミラには、そんな判断力はなくなっていた。 とにかく、ミラには"方法" があった。 まだ高官の秘書をしていた頃。捕らえられたテロリストの裁判に参加することがあった。 ……正直なところ、これほど簡単にことが運ぶとは思っていなかった。 "分かった。しかし聞きたい、何故あんたはこんな事をする?" "一泡吹かせたい子がいるのよ。だけど聞いて、相手は殺さないで欲しいの" "あんたにとって、リスクじゃないのかい?" "そうかも知れないし、そうじゃないかも知れないわ。でも、どうでもいいのよ。今はとにかく、あの子をはめてやりたいの"
こんな事が、最初から最後まで上手く行くはずがない。 それは……冷静になって考えれば、すぐに分かること。 でも、そう。 壊れかけているその心には、そんな理性の声は届かなかった。そして、逃げ切れない泥沼へ――自らを投げ込んでいく。
(あとは、仕上げ だけ) そう、ミラは心の中でほくそ笑んだ。 それは狂気で (私を馬鹿にしたらどうなるか……ね) 破滅するのは、自分で分かっていたのかも知れない。ただ今は、それでもいいと……。それにリリアンを巻き込むことが出来るのなら、それでも構わないと。そう――思っていたのだ。
*
結局その朝、デーナは食堂には顔を出さなかった。 デーナだけではない、ダンも来なかった。 理由は、だいたい想像がつく。昨日の件だ。リリアンは、兵士たちが使った朝食の食器を片付けながら、考えていた。 (話……したかったけど) しかも当のミラさえ、今朝は見かけなかった。 こんな時、どうすればいいのか―― リリアンは無意識に袖をきゅっと掴むと、まるで祈るように心の中で繰り返した。 (どうしよう……どうするべきなの……?) 考えても答えは出ない。けれど結局、このまま黙っているべきではないと、その思いだけは変わらなかった。 「あの、サリさん」 リリアンがそう言うと、サリは少し驚いたようだった。けれど、リリアンの真剣な顔を見ると、すぐに首を縦に振った。 と、リリアンがそう言った時。サリがリリアンの肩越しに遠くを見て、少し不快そうな顔をした。 「こんにちは、お邪魔だったかしら」 「いいえ、ご苦労様です、シェルフィール監査員。どうしたんですか?」 「彼女にはまだ質問をしていなかったと思って。ちょっとお借りしてもいいかしら」 質問、とは 面接の様なものだ。この基地で上手くやっているかどうか等を訊いてくるらしい。マリが最初に怒っていたのも、この時に"おばさん" 発言をされたからだ。 「いいですけど、この子は今から大佐に用事があるらしいの。後にしてくれると助かるわ」 「……そう、ちょうどいいわ。私も色々と大佐に報告することがあるのよ。一緒に行きましょう?」 そう言ったミラの声は、不自然なくらい甘くて。リリアンはまたぎゅっと強く手を握った。 (……逃げちゃ、駄目) 「分かりました、監査員」 「じゃあサリさん、少し失礼します。お昼ごろには戻りますから……」
それは――叶わなかったけれど
*
長身のミラが早足で進むと、リリアンはその後ろを着いて行くように急いで歩いた。 その後ろ姿に、リリアンはごくりと息を飲んでから、声を掛けた。 戦慄と迷いが、頭をよぎる。しかしもし言えるとしたら、そのチャンスは今だけだと、本能的に悟って。 「待ってください、シェルフィール監査員。大佐の所へ行く前に……お話があります」 「昨日の事です。あれは――貴女、ですよね?」 確信が、あった訳じゃない。 「いいえ、違うわ」 「どうして、ですか? 貴女もフレスク指揮官の事を好きなんじゃ……」 そのリリアンの質問に、ミラは答えなかった。ただ、そのまま言葉を続ける。 「いいえ、言ったでしょう、違うって。あれをやったのは貴女よ、貴女が密告したの」 その、声に。 リリアンがそれを感じて、一歩さがろうとすると、ミラはリリアンの腕を掴んでそれを止めた。その力は、女性のものとはいえ、強い。 「……なっ!」 ピタリ、と。 「…………!!」 ドクン……と、心臓の音が自分で聞こえるほどに高鳴る。そして、捕まれた手が震えた。 「騒がないで。そうすれば、楽にやってあげるわ。貴女はお金に目がくらんで密告をして、兵士を傷付けて。その良心の呵責に悩んだ末に……」 震えるリリアンの手を押さえたままで、ミラはそう、ゆっくりと言った。 「可哀想に、ね? でも大丈夫よ、デーナは私が慰めてあげるから」
悲しかったのは、自分のためだけじゃない。 愛する人がいるから。 こんな風に、こんな形で―― |
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