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Confessions

 

「デーナ、執務室まで来てくれ」

午前中の訓練が終わり、もうすぐ昼食が始まるというその頃。
訓練場で兵士達と汗を流していたデーナに、ペキン大佐が近づいてきた。
普段なら、ありえない事だ。基本的にペキンは、デーナやダンがいる時に訓練場に顔を出すことはない。
しかも、いつ、という指定はない。という事は、今すぐに来いという事だ。

「分かりました。すぐに行きます」
「ああ、執務室で待ってる」
それだけの短い会話を済ませると、ペキンはすぐに踵を返して戻っていく。

(――何かあったな……)

デーナは瞬間的に悟った。そしてこういう時の勘は、嫌というほど当る。
そもそもこの第六感を持つのは、兵士として生きていく条件でもあるのだが……。時にはそれが、疎ましくさえ思うこともある。分かりたくない事まで分かってしまうから……。

兵士達を食堂へ行かせた後、デーナはすぐにペキン大佐の執務室に向かった。
制服は汚れたままだが、一々着替えたりはしない。ただ雑に汗を拭いただけの格好で、そのまま執務室のドアをノックした。

「入れ」
そう、ペキンの低い声が響いて。
中に入ると、そこにはペキン以外にもう一人。恭しい制服姿の将校が、ペキンの隣に立っていた。

「お久しぶりです、ポウター中将」
「すまないね、急に」
デーナが先に挨拶すると、ポウター中将はその日に焼けた手を差し出した。職業柄か、その握手はとても力強い。

「キャンプでは息子が世話になったらしいね。そのうち、クレフに配属される様になりたいと言い出したよ。君やファス指揮官を尊敬しているようだ」
「恐れ入ります。汚い格好のままで失礼ですが」
「構わないよ。それだけ真剣に訓練をこなしている証拠だ。うちの奴らに見せてやりたい位だ」

そんな、社交辞令に近いやり取りが始まったが、これが本題でないのは確かだった。それだけならわざわざこんな時間に呼び出される事はない筈だし、ダンも呼ばれるはずだ。しかし、それがない。
「……と、まぁ、挨拶はこれまでだ。お互い忙しい身だしな、さっそく本題に入らせてもらおうか」

「何かあったんですね」
デーナが、ポウター中将とペキン大佐を交互に見ながらそう言った。それは質問ではなく、確認、と呼べる口調で。

「隠せない奴だな……だが、話が早くて助かる。その通りだ」
今まで黙っていたペキン大佐が、慎重な口調で間に入った。そして続ける。
「分かっているだろうが、今からここで話す事は他言無用だ。何人もの命が掛かることになる」

 

ポウター中将は説明を始めた。それは淡々とした調子ではあったが、内容は真剣なものだ。
「ここのところ殆ど事件はなかったんだが……。ここに来てまただ」
そして最後に、こううんざりした調子で付け加えた。
デーナはただ真剣な顔で真っ直ぐポウター中将の言葉を聞いたままで、ペキン大佐はそんなデーナを、観察するように見ていた。

話が大部分終わったのを見て、デーナがゆっくりと口を開いた。
「幾つか質問があります」
「なんだね」
「その話を知っているのは、全部で何人になりますか」
デーナがそう聞くと、ポウター中将は一瞬だけ頭の中で何かを計算しているようだった。
「軍では将軍と私だけだ。そして、今はそれに大佐と君が加わった事になる。後はこの情報を掴んでくれた諜報部の者だ。これは名前は明かせないが、信頼できる人間だ」

デーナはその答えを聞くと、真っ直ぐ中将を見返して言った。
「僕が行きます。それが一番早いでしょう」

しかし彼はその答えを予測していたようで、すぐに話を続けた。
「もちろんそれが一番安心できる。技術的にも精神的にも、君がベストだ。私も最初はそれを考えたんだ。しかし、リスクが多すぎる。連中はあのレストランでの人質事件の一派だ」
「あれに参加していなかった者を、という事ですか……」
「出来れば。難しいだろうが……特に君は、あの時名前が出たからね」

 

話はこうだった。
クラシッドの諜報局が、次に起ころうとしているテロの情報を、未然に掴んだ。彼らの計画は、首都テルにある学校に爆弾を仕掛けるという事。そして要求は、仲間の釈放と金になるだろうという事。
これが厄介なところだ。彼らテロリスト集団も、最初は何かの政治的な結社だった。が、貧しい国にありがちな事に、いつの間にか強盗集団へと変わっていく。当初は資金集めのための苦肉の策だったのが、いつのまにか目的へとすり替わっていく――。そうするともう止められない。
不幸な事にこのクラシッドは、そんな集団を幾つか持つ貧しい国に囲まれた、例外的に豊かな国だ。
狙われるのは、当然と言えば当然といえた。

そして今回は、子供達が通う学校がその舞台に選ばれて――
まず最初に試験的な小さな爆発を起こし、すぐに犯行声明をだして仲間の釈放と金を要求する。……もし言うことを聞かなければ、もっと多くの子供が犠牲になると、そう脅して……。

――そんな事は、絶対に起きてはならない。
しかしクラシッドも、そう簡単に彼らの要求を呑むわけにはいかない。同じような集団が、彼らの他に何派もあるのだから。1つが成功してしまえば、他も雪崩のように真似してくるのは目に見えている。
何としても事前に防がなければいけない。

「ただ幸いな事に、今回の実行者は1人らしい。裏には計画した物がいるはずだが、それは今回表には出てこないだろう」
「その1人を事前に捕らえればいい、という事ですね」
「そうだ。彼の普段の所在地は掴めていない。だが、テロを起こそうとする前に控えるための部屋を探し当てた。時間も分かっている」
「諜報部は動けないんですか?」
「彼らは情報を集めることは出来る。しかし、実際に動くとなると別だ」
そう言うとポウター中将はデーナを見据えた。その目は"その為のお前たちだ" という無言の意思を伝えようとしていて。

「……何人使わせて貰えますか」
デーナが静かな口調で聞いた。
「少なければ少ないほどいい。相手は1人だし、その部屋も狭くて人の少ない場所にある。大人数ではすぐにばれるだろう。出来れば1人がいい」
中将がそう言うと、デーナは考えるように窓の外を見た。

1人……。そしてあのレストランでの事件に参加しなかった者……。
自然と答えは1つしかなかった。

「……分かりました、1人で。ただし、後援として俺が控えさせてもらいます」
――後援。この場合は、実際に部屋に入ることはしないが、離れた場所で様子を見て、捕まえた犯人とその兵を安全な場所まで移動させる事になる。
素人に出来ることではない。この場合は、デーナかダン、ロゼ軍曹辺りがやるのが相当だ。
が、こういう話は知っている人間が少なければ少ないほどいい。このままデーナがそれをするのが、今は最も妥当だといえた。

中将もペキン大佐も、デーナのこの答えを望んでいたようで、満足そうに頷いた。
「私もそれがいいと思う。そうしてくれるね」
「はい」
「それで……、その1人は誰にするつもりかな」
ポウター中将のその質問に、デーナは一瞬だけ合意を求めるように、ペキン大佐の方を見た。大佐はただゆっくりとそれに頷く。

「まだ二等兵ですが、優秀です。彼にやってもらいます」

 

 

昼食が終わったばかりの兵士達の間をくぐって、デーナはガルに声を掛けた。
ガルは、一瞬驚いたようだが喜んでデーナについて来る。大佐の執務室に行くと言うと、何か真剣な内容だと悟ったのか、普段よりは静かにしていた。

デーナに連れられて執務室に入ると、その面々に緊張したようだ。
特に中将クラスは、まだ二等兵のガルにはほとんど接する機会はない。

それを察したのか、説明はペキン大佐がした。
任務の内容、その日時や時間、細かいディテールまで……最初は驚いていたガルだが、話が進んでくると真剣な兵士の顔をしていた。そんなガルを、中将はまるで見極めようとするかのように、話が終わるまで見つめ続けた。

「……以上だ。やってくれるかね?」
ペキン大佐が最後にそう聞くと、ガルは躊躇なく頭を縦に振った。
「もちろんです。指揮官が僕にその役が果たせると判断してくれたなら、断る理由はありません」
「何か質問は?」
「そうですね……。その話を知っている者は、何人になるんですか?」

ガルのその質問に、ペキンは緊張していた顔を緩ませた。隣にいるポウター中将も同様で、厳しい顔を少し崩した。
「君は確かにデーナの部下だな。最初の質問が同じとは、ね」
「普段から叩き込まれていますから……」
「いい事だよ。これはここにいる我々と、本部の将軍、そして調査に当たっていた諜報局の人間だけが知っている事だ。舞台が舞台だけに、出来れば内密に終わらせたい」

「実行は明後日の朝、ですね」
「そうだ。それまでにしっかり予行を済ませてくれ。後援にはデーナ本人が就く」
ペキンがそう言うと、ガルは驚いたようにデーナを見た。デーナが肯定するように頷くと、納得したように顔を引き締めて、ペキン大佐の方へ視線を戻す。

「分かりました。ベストを尽くさせて頂きます」

 

 

結局それから午後は、デーナとガルは付きっきりで予行訓練を行う事になった。
いくら慣れているとはいえ、こういう事は絶対に手を抜くべきではないと、経験から知っていたから――

今はもうあまり使われていない倉庫……そう、月に一度親睦会が行われる以外には、殆ど使われない倉庫だ。ここで、実際に犯人を捕らえなければない部屋を模して、訓練を行う。
ドアの破り方から、銃器を持った犯人の捕らえ方、そしてデーナが控える場所まで戻ってくるまで。
犯人の役をしたデーナが相手だ。ガルは息を上げながらも、懸命にこなした。デーナの目から見ても、ガルは十分実戦に通用するレベルだ。ただ……

「気を張りすぎるな、緊張のし過ぎは、油断と変わらない」
「……分かってます。ただ、単独は初めてですから、少し気分が高ぶってるんだと……」
「1人でも10人でも基本は変わらない。落ち着くんだ。その方がずっと体も動く」
「はい……」

ガルの言った通り、こうして彼が単独で動くのは初めてだった。何人かと一緒にこういった作戦に参加したことはある。けれど、初めてというのは、それだけで緊張を隠せないものだ。

「俺も最初は特に緊張した。けど、それはプラスにはならない。落ち着いて状況を見るんだ、いいな?」
「……緊張なんてしたんですか、フレスク指揮官が」
「今でもするよ。ただ、しても無駄だって事に気が付いただけだ」

デーナがそう言うと、ガルは珍しくその濃紺の瞳を瞬いた。意外そうな顔で。
「信じられませんね、正直なところ。指揮官はいつも冷静沈着じゃないですか」
「俺だって機械じゃないんだ。緊張もするし作戦前に不安になることもある―― それに……」
と、そこまで言って、デーナは言葉を止めた。

それはその瞬間、ふと脳裏に浮かんだのが……リリアンだったから。
何故だろう。自分の不安について話したからだろうか。今の不安定な状況に、自然……と。

そんなデーナに、ガルは何か気が付いたのか、ゆっくり頷いた。
「そうですね……確かに。僕達は機械じゃないですから……。不安にもなるし、好きな女だっている――」
そう静かに言ったガルに、デーナが向き直った。
デーナが何か言いたそうにしたのは、ガルにも分かった。しかしそれを遮るように、先を続けた。

「機密なのは分かっています。ただ、明日の夜、彼女に挨拶だけさせて貰ってもいいですか。行き先は言いませんから」
「……カーヴィングか?」
「ええ。……やっぱり見てれば分かるんですね? どうせ俺達軍人は無骨で、惚れた女を見る顔なんて隠せないですからね。でも、それは……」

ガルは静かに笑うと、真っ直ぐデーナの方を向いた。
向き合った2人は、既に上官と部下ではなくて。2人の男だった。
その間には緊張感がありながらも、どこか、お互いに敬意のある――

「それはあなたも同じですよ、フレスク指揮官」
――何を言われているのかは、すぐに分かった。別に今さら、デーナも隠す気はない。

デーナはガル達に対して、リリアンには手を出すなと言ってあった。もちろんそれは、私情からだけではない。彼女の安全の確保は、責任者だったデーナには当然のことだ。
しかしそこに他意が無かったかといえば、答えは明らかにノーだ。

「……だろうな。いつ分かった?」
「キャンプ最後の夜ですよ。あんな真剣な顔に投げ飛ばされれば、嫌でも分かります」
「殴れよ、お前にはその資格があるからな」
「もしフレスク指揮官じゃなければ、そうしたい所ですけど……」
そう言ってガルは、ポケットに手を突っ込んだ。そして少しの間だけ、考えるように地面を見つめる。

「気持ちは分かるんです。噂だけですが、貴方の事情もそれなりに知ってるし……責める気はありません。それに、彼女の方も貴方を慕ってるみたいですしね。それも、見てれば大体分かります」

そしてガルは溜息を吐くと、顔を上げた。
「……だから、挨拶だけでいいです。作戦中何があるか分からないし、悔いは残さないようにしたいんです」

2人が再び向き合うと、その視線が絡んだ。それは共に戦う兵士として。そして、同じ女性を愛する男達として――

「明日の夜……8時からだ。長居はするなよ」
「……ありがとうございます」

 

 

その日は結局、デーナは昼食時に食堂へ行かなかったので、朝からリリアンを見ていない。
夕食の配膳が始まった食堂はにぎやかだが、彼女の姿はない。もちろん、リリアンは朝と昼の係りなので、それは当然なのだけれど。

ミラの姿はない。今日は一日、部品の点検をする予定だと言っていたし、兵士と混じる事もなかっただろう。一日だけで終わる仕事でもないので、まだ仕事中という事もある。どちらにしても、好都合だった。

デーナは急いで簡単に食事だけ済ますと、女子寮へ向かった。
それは、ガルと約束した明日の夜のことをリリアンに伝えるため。彼女も人形ではない。勝手に男達だけの都合で引きずり出す訳にはいかないし、本人の了解をとるのは当然だった。
他にも、管理人と警備に伝えておかないと、ガルを追い返しかねない。

ただ、顔を見たいという思いがあったのも 否定は出来なかったが――

 

1人の部屋に戻ると、どうしようもなく悲しくなった。
外では我慢できた涙も、ここでは止まらない。マリがいてくれたらという思いもあったけれど、彼女は仕事中だ。しかも面倒見のいい彼女の事。変に相談したら、またミラと喧嘩になってしまうかも知れない。

そう思って、リリアンはベッドに横たわって枕に顔を埋めている所だった。
コンコン、と 素っ気無い感じのノックが部屋の扉を叩いた。
「は、はい?」
リリアンは慌てて体を上げると、涙を手で拭って、すぐ傍の鏡でそれを確認すると、慌てて扉を開けた。
そこに居たのは、管理人のラインだった。

「ラインさん……どうしたんですか?」
「下にお客さんだよ、いつもの、ね」
「……っ!!」
リリアンが驚いた顔をすると、ラインはそれをまじまじと見た。多分、泣いていたのがばれたのだろう……。けれど、ラインは溜息だけついたが、何も訊きはしなかった。
「大丈夫かい、追い返そうか?」
「い、いえっ! すぐに行きますから……」

いつもの、と 言われて。それで思いつく相手が"彼" だという事に、くすぐったさを感じた……けれど。
リリアンは部屋に戻るとカーディガンだけを羽織って、涙の跡を拭いたのを確認すると、部屋を出た。ロビーに出ると、すでにラインはカウンターに収まっていた。

「外にいるけど、まぁ、寒いならここまで入ってきてもいいよ。外は暗いしね」
「いえ……大丈夫です。きっとすぐ終わりますから」
ラインのいる所では、もしかしたらデーナも話し難いかもしれない。それに、外が暗いなら好都合だった。
涙の跡を、見られなくてすむから……。

寮の扉を開けようとすると……。そのガラス張り部の分から、彼の横顔が見えた。警備員と何か話している。

(何の、話……だろう……)
ズキン……と、痛いくらいに心臓が跳ねるのを感じた。
こんな時に……。ミラの事なのだろうか。もしかしたら、ミラと付き合うからリリアンの相手はもう出来ないと、あのキスは忘れてくれとでも言われるのだろうか。
そんな、不吉な予感だけがぐるぐると心の中を回って。扉を開けようとする手が、微かに震えた。

それでも――
彼の顔が見たいという想いと。
その声が聞きたいという願いは、変わらなくて。

リリアンがゆっくり扉を開けると、デーナは振り返った。

「フレスク指揮官……?」
声を掛けると、デーナは話していた警備員から離れてリリアンの方へ一歩進んだ。
「急に悪かった。少し話があるんだ」
そんなデーナの言葉に、リリアンはビクンとした。

"話がある"――

デーナが警備員に目配りすると、彼は分かりましたというように肩を竦めて、寮の中に入っていった。気を利かせたのだろう。

「お話って……」
リリアンがそう言うと、デーナは短く"ああ" と返事をして、彼女の顔を見返した。
「確認したかったんだ。明日の夜、仕事は入ってないな?」
「? ……いいえ、ないです、けど」
「8時頃、空けておいて欲しい。場所はここでいい、警備員にはもう言ってあるから」
「……?」

考えていたのとは全く違う展開で、リリアンは不思議そうに目を瞬いた。
明日の8時……? 何故今ではないのだろう?

リリアンのそんな疑問を察したのか、デーナが言葉を続けた。
「来るのは俺じゃない。ガルだ」
「ブローデンさん、ですか? どうして……」
「話があるらしい。付き合ってやってくれ」
「え……?」

(なん で……?)

この人は何を言ってるんだろう――
リリアンはそう思った。何故ガルとリリアンの橋渡しを、彼がする必要があるのか――
それは遠まわしに、やはり、自分の事を忘れろと言われているのだろうか、と。

もちろんデーナが、そんな事をする人ではないのは分かっている。そんなまどろっこしい事はしなくても、ノーならノーとはっきり言ってくれる筈だ。
それなのに、不安と緊張と 嫉妬は、そんな当たり前の判断力さえ何処かへ押し遣っていた。

情けなくて、寂しくて……。
――気がつくと、涙がリリアンの頬を伝っていた。

「どうして、ですか……? そんな事しなくても、はっきり言って下されば、邪魔したりしません」
言うつもりじゃなかった、そんな事。でもそれは、勝手に……気が付いたときには既に口から出ていて。デーナはそれを聞いて、怪訝な顔をした。
「……どういう意味だ?」
「だって、フレスク指揮官はあの人……監査員の人と付き合うんでしょう……? それで私に邪魔して欲しくなくて……」
そこまで言うと、リリアンももう自棄だった。どうせ振られるなら、はっきりして欲しいと、そう思って。

「何を言ってるのか分からない、リリアン。何が言いたいんだ?」
そう、言われて。そのデーナの口調は、優しいものだったけれど……今はリリアンには伝わらなかった。
「……っだから! はっきり言って下さい、邪魔になったって!」
リリアンがそう、閊えているものを吐き出すように、高い声で言った。本当はもっと大きく声を出そうとしたけれど、涙の為か、出てきたのは擦れた小さな声だ。

それを聞いて。そして、リリアンの涙を見て。
デーナは悟った。何か言われたのだろう、きっと。ミラに――。
どうやってデーナがリリアンの事を好いているのがばれたのか……は、分からない。しかし、ガルも嫌でも分かると言っていたし……他の兵士からかも知れない。分からないが、それは今はどうでもいい……。

「何か言われたんだな? あの女に」
「……そうです。フレスク指揮官と彼女は"そういう" 関係だからって……。今朝も、一緒で……2人ともお似合いで……」
「誤解だ。確かに昔は関係を持った、それは否定しない。でも、今俺が想ってるのは、あんただ」
「でも昔は……って……。……え……?」

リリアンは言いかけて、そして、止まった。

(え……?)

言葉も体も、涙も。
止まってしまったリリアンに対して、デーナは言葉を続けた。

「何を言われたのか知らないが、彼女とは過去に関係があった以上は何もない」
「で、でも……」
「信じたくなければ構わない。でも、俺が好きなのはあんただ。明日の事も……」
と言いかけて一瞬、デーナは躊躇した。が、すぐに続けた。
「……ガルと俺は明後日から行く場所がある。その前にあいつがお前に挨拶したがった。……あんたもカーヴィング指揮官の娘なら、この意味が分かるな?」

デーナがそう言うと、リリアンはショックを受けたような顔をして……。そして、頷いた。

「……フレスク指揮官」

リリアンがデーナをそう呼んだ。けれど、デーナは何も答えなかった。
ただ2人とも、向き合って。しばらく沈黙が、2人を包んだ。

「……もう遅い。冷えるし、中に入れ。警備にも管理人にも言ってあるから、明日は下に降りてくるだけでいい」

しばらくすると、デーナがそう、静かに言った。
そして、そのまま踵を返して歩きはじめる。

リリアンはただ……そこに残されたまま。
まるで緊張の糸が切れてしまったように、静かに立ちつくしていた。

 

このままで。
このままで全て、上手く行くはずだった。

 

この時、暗闇から2人を見ていた、その影さえなければ――

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