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ゆっくりと歩む、その道。
一歩一歩 まるで 確かめるように……

 

Just A Step Before

 

時間が経つのが早く感じたのは、嬉しいような、恥ずかしいような。
とにかく、気が付くとあっという間に リリアンの休暇は始まっていた。

昨日の夕方、クレフ基地から帰ってきたばかりなので、これが休暇一日目の朝になる。
――そう、デーナが迎えに来ると行っていた、その朝だ。

 

リリアンはいつも通り目が覚めると、朝食を用意して、お茶を入れた。
(付き合って欲しい所って……どこだろう)
ゆっくりそのお茶を飲んでいると、少し落ち着いてきて、同時にそんな当たり前の疑問が湧いてくる。

結局あの後はいつも通りで、デーナとリリアンは殆ど話す機会はなかった。
配膳の時に顔を合わせると挨拶くらいはしてくれたが、それだけだ。一週間基地を留守にしていたデーナには、それなりにやる事も多いらしく、忙しそうにしていた。
それが、余計にリリアンを困惑させた。きっと休みが必要なのに、その休みまで使わせてしまうようで。

シーラに手土産を買うために付き合って欲しいのだろうか……?
しかし、一時間くらいと言っていたから、それは違う気がする。
何か、女性の手を借りたいものなのだろうか……?
これが一番あり得そうな気がする。どうせ迎えに行かなければならないなら、付き合ってもらおうと、そういう事なのだろうか。

結局考えても答えは出ないし、座っていても悶々とするだけだ。
そう思って、リリアンは朝食と身支度を済ませると、庭に出て草木の世話をすることにした。

外に出ると、さわやかな朝の日差しが降り注ぐ。気持ち良くてくすぐったい。風は少し涼しいくらいだ。
リリアンがクレフ基地で働き出して、4ヶ月近くが過ぎた。働き出した頃は夏だったが、すでに涼しい秋の陽気になっている。

(色々あったな……)
庭の花をいじりながら、そんな事を思う。
楽しい事ばかりだった訳ではないけど、全ては大切な経験だった。
きっと、クレフ基地に行かなかったら 出会うこともなかった人達。 することもなかった経験。

そう、色々な事を思い出しながら、リリアンが花をいじっていた時。
土の上にしゃがみ込んでいたリリアンの頭上から、落ち着いた低い声が響いた。

「手伝おうか?」
声につられて視線を上げると、少し離れた所にある門に手を掛けたデーナが居た。
「フレスク指揮官……」
リリアンが顔を上げてそう呼ぶと、デーナは無表情のままで、門の取っ手を指差した。門といっても低くて小さなもので、デーナの腰より少し上に来る程度だ。

「どうぞ、開いてますから」
そう言ってリリアンが立ち上がると、デーナは門を開けたが、中までは踏み込んでこなかった。
ただ、庭に佇んでいるリリアンを見て、そこに立っている。それに気が付いて、リリアンの方がデーナに歩いていった。
「すみません、わざわざ……上がりますか? たいしたものはないですけど」
「いや……」

デーナはそう言うと、視線をリリアンから家へ移した。
「一人なのか? 基地にいる間は使わないだろう」
「ええ。庭だけは週に1、2回近所の人が来てくれて……。後は私が休みの時だけです。ずっと貸していたんですけど、やっぱりここが落ち着くので」
そう言って、リリアンはデーナと同じように家の方を見上げた。小さいが、古典的な造りの一軒家だ。
綺麗にはしてあるが、新しいものではない。という事は、きっとカーヴィング指揮官が生きていた頃からのものだろう。

なんとなくデーナの考えている事が分かって、リリアンは家を見たままのデーナの傍に、ただ立っていた。
ふと外を見ると、いつか乗せてもらったデーナの車が停まっていて、エンジンが掛かったままになっている。

「もう行きますか? 大佐も時間には厳しいでしょう?」
リリアンがそう言うと、デーナは視線を戻して、彼女を見た。目が合うと、リリアンは柔らかく微笑む。
「鍵だけ閉めてきますから……待っててください」
それだけ言うとリリアンは小走りで玄関まで戻って、荷物を取って鍵を閉めると、また戻ってくる。
デーナはそんなリリアンを見ながら、無表情なままだった。
それでも、それは最初の頃の厳しい感じとはまた違って……。不思議と緊張や不安は感じなかった。

「行こう」
そんなデーナの短い言葉に、リリアンは続いてついて行った。

 

 

スムーズに走る車は、心地よくて。リリアンは隣で運転するデーナをあらためて見た。
白っぽいシャツに濃い色のジーンズ。制服以外のデーナを見るのは久しぶりで、ぽぉっと見惚れてしまう。

そんなリリアンを脇目に確かめるように見ながら、デーナが口を開いた。
「聞かないのか? これからどこへ行くか」
「いえ……。聞いたら、答えてくれますか?」
リリアンが少しだけ照れたように答えると、デーナは前を見て運転を続けたまま、小さく首を振った。
「すぐ着く。そんなに時間も取らせない」

車はそのまま、郊外の方へ抜けていった。家や建物がまばらになってきて、代わりに木々が増える。今2人が走っている道は、両端を大きな針葉樹に囲まれた、静かな砂利道だった。デーナが少し車のスピードを落とす。 リリアンにとっては意外だった。どこか街中に行くのかと思っていたが、ここは随分と閑静な地区だ。
さらに進むと、ある表示が見えてきた。

(え…………)
そこに書かれた文字に、リリアンは息を呑んだ。

"テル・シェーズ墓地"

(墓地……?)
2人を乗せた車は、そのままそう書かれた門を潜り、閑散とした駐車場に滑り込んだ。デーナはそこに車を止めると、ギアを引く。・・・どうやら本当にここが目的地らしい。
敷地は広かったが、平日のためか駐車場には他に数台しか停まっていない。

「フレスク指揮官……? ここは……」
デーナが外に出たので、それに合わせてリリアンも慌ててドアを開けて降りた。
「すぐに戻る。少しここで待ってろ」
質問には答えずに、デーナはそう言って、リリアンを残して早足で歩いていった。どうなっているのか分からずに、リリアンがそのデーナの後姿を目で追う。するとデーナは、その先にある小さな管理人小屋の様な所へ入った。

(どう……なってるの?)
周りを見回しながら、リリアンは戸惑った。まさかこんな所に来るとは思わなくて――
郊外の綺麗な墓地で、駐車場と入り口は、まるで公園の様に整備されていて、規模も大きい。

(もしかして、フレスク指揮官の家族の……?)
家族が亡くなっているデーナにとって、久しぶりの休日に墓参りに行くのは確かに、ごく自然な事に思えた。ただ、どうして自分までがここに連れて来られたのかが分からなくて――
大きな針葉樹が、風に吹かれてざわざわと音を立てる。それに合わせるように、リリアンの心もざわめいた。

しばらくすると、デーナが出てくる。手には小振りな白い花束を持って。やっぱり……と思う。デーナはリリアンの方を見て、こっちに来いというような仕草をしたが、リリアンは動けなかった。すると、デーナの方がゆっくり歩いて戻ってくる。

「どうした?」
ゆっくり歩み寄りながらそう言ったデーナに、リリアンは遠慮がちに答えた。
「あの……私、ここで待ってます。邪魔になるでしょうから……」
「邪魔なら連れてこない。嫌じゃないなら、来て欲しい」
デーナはリリアンの台詞を予想していたようで、そう、はっきりした口調で言った。

「……いいんですか? ご家族の、でしょう?」
リリアンの言葉に、デーナは何も言わずにただ頷いた。しばらく沈黙があると、デーナはリリアンの答えを待たずに踵を返す。
そして墓地の方へ歩いていくデーナの背中に……。リリアンは一瞬だけ躊躇しそうになったけれど、決心するように その後をついて行った――

 

 

"そこ" は 大きな木の傍で、薄い灰色の石に、丁寧な文字が刻まれていた。
墓地の入り口から歩いて数分。周りにも同じように墓石が立っていたが、綺麗にされている為かあまり暗い感じはない。ただ、ひっそりとしたその静けさが、この場所の意味を教えてくれる。

辿り着くとデーナは、しばらくその前で立っていた。石に刻まれた名前と年号を見つめながら。
墓石は二つあって、一つは両親のもの、もう一つは弟達のものになっている。 リリアンは、ここまで歩いてくる途中にデーナに手渡された花束を持ったままで、少し離れた所に立っていた。そして同じように、その文字を見つめた。

――確かにデーナの言っていた通り、2人の弟の名前がある。1人は7年、もう1人は10年という短い年月で、その生涯が区切られていた。
写真で見た、幼い2人の男の子達……。その2人を優しく、見守るように微笑んでいたデーナ。
今、こうして墓標の前に立つ彼が どんな思いなのだろうと考えると、胸が苦しくなる。護ってやれなかったと、自分を責めているのではないかと そう思えて……。

そして同時に、そんなデーナを ……彼らはどんな思いで 見守り続けているのだろう、と。

何か声を掛けたかったけれど、今はその時ではないような気がして。リリアンはただ静かに、デーナの後ろ姿を見守っていた。
5分……いや、もしかするともう少し。
デーナはそのままで、リリアンには背を向けたまま、呟くように言った。

「早いな……時間が経つのは」
――と。
自分に対して言われたのだと分からなくて、最初リリアンは何も言えなかった。が、デーナは答えを促すように、リリアンの方を振り返った。デーナは無表情のままだったけれど、その瞳に、答えを求められていたのだと気付く。

「そうですね、残された方にとっては……。でも彼らには、長かったと思います、きっと」
「"彼ら"?」
「フレスク指揮官のご家族にとって。きっと、沢山心配していると思います」
「どうかな……呆れてるだろう」
そうデーナが言うと、リリアンは首を横に振った。
「まさか……きっと誇りに思っています。でも、心配もしている筈です。早く……」
そこまで言って、リリアンは言葉に詰まった。なんだかひどく踏み入った事を言ってしまいそうで。けれど、デーナは続きを待つように何も言ってこなかった。

「早く、心から安らげる人を見つけて、幸せになって欲しい……って」

自分でそう言いながらも、泣きたい気分になったけれど……。その時はきっと、自分の恋の終わりでもあるのだろうと、分かっているから……
デーナの真っ直ぐな視線も、痛くて。

そう きっと、いつか。
こんな風に、たまたま送る羽目になった部下なんかじゃなくて……心の全てを許せる愛しい人と……こうして家族の前に行ける、そんな。
そんな未来が、彼にはきっと必要で。そしてきっといつか、そんな日が来る。
でもそれまでは……きっと彼らは心配なはず。デーナを1人残して逝ってしまった、彼らには――

「どうぞ」
リリアンはそう言って、来る途中で手渡された花束をデーナに返そうとした。管理人が用意していたらしく、小振りで綺麗なものだ。
歩み寄って手渡そうとしたが、デーナはすぐには受け取らなかった。そのかわりその視線が痛いくらいに、リリアンを見つめた。

「本気で言ってるのか?」
「……フレスク指揮官……?」
「これから俺が誰かを見つけて、幸せになればいいと」
何故かそのデーナの口調が、怒っているような気がして、リリアンは慌てた。

「ごめんなさい、あの……踏み込んだ事を言って」
「そういう事を言ってるんじゃない。聞いてるんだ、本気でそう思っているのかどうか」
「…………」
やはりきついままのデーナの口調に、リリアンは口篭って一度差し出しかけた花束をきゅっと握り締めた。そして、やっとの思いでゆっくりと頷く。

「はい……フレスク指揮官なら、きっと素敵な人が見付かる筈です。そうしたら……」
「そうしたら?」
デーナに自分の言葉を反復されて、リリアンは少し先が言い辛くなる。なんだか詰問されているような気分だ。リリアンが先を続けられないで暫く黙っていると、デーナの方が先に口を開いた。
「リリアン、俺は――」

 

「――フレスク?」
デーナが喋り出そうとしたその時。急に背後から声が掛かった。
咄嗟に振り向くとそこには、まだ若い夫婦のようなカップルが、2人とそう遠くない位置に佇んでいた。男の方はデーナを知っているようで、興奮した様子で話しかけてくる。
「ああ、やっぱり……フレスクだよな!? 覚えてるか、俺 ガキの頃同じクラスだった……」

デーナは一瞬怪訝な顔をしたが、すぐに思い出したように言った。
「……ああ、メイヤーか?」
「そうだよ! 信じられないな、何年振りだ!? また随分貫禄が付いたというか何と言うか……ニュースで見たぞ。凄いな、お前は」
メイヤーと呼ばれたその男はそう言って、気軽い感じでデーナの肩を叩いた。そして、そのすぐ傍にいるリリアンに目を移す。
「しかもこんな美人と結婚までしてたのか? 昔からモテたもんな、お前は!」

その言葉に、リリアンが絶句した。確かにこんな所で2人きりで、花束を手渡そうとしていれば夫婦に見えなくもないのだろうが……。

「はじめまして、メイヤーです。こんな場所で何だけど、こっちは妻のアリス。ちょうど祖父の墓参りに来てるとこだったんだ」
そう言って男は手を出して挨拶してきた。彼の後ろにいる妻も、にこりと笑う。
「リリアン・カーヴィングです、こちらこそはじめまして」

リリアンが慌ててそう言うと、男はちょっと不思議そうな顔をしてデーナの方を見た。
「あれ、苗字違うんだ、結婚してるんじゃないの?」
「いや……」
「何、これから? 式には呼べよ?」

「……!」
リリアンがそんなやり取りに更に絶句すると、そのメイヤーとデーナはそのまま話し始めた。どうやら本当に学生時代の同級生らしく、思い出話しを。
昔のデーナ……。それも知りたいけれど、それ以上に今のメイヤーの台詞と、それに否定すらもしなかったデーナに驚いて、リリアンは何も言えない状態だった。
すると今度は、メイヤーの妻と紹介された女性が、リリアンに話しかけてきた。

「ええっと、リリアン、さん? 御免なさい、旦那が邪魔して」
「いえ! 邪魔なんて……」
「あの人ってば犬みたいに人懐っこくて。久しぶりに会って、興奮してるみたい。でも……彼ってば変わらないのね」
「ご存知なんですか……? フレスク指揮官の事……」
「指揮官?」
そう言って、アリスが意外そうな顔をした。
「ああ、軍で働いてるんだっけ、彼。普段もそんな呼び方するの? 私、旦那とは同じ学校で一年違いでだったから……先輩として、少し知ってるだけよ。と言っても、あの事件以来、見てなかったけど……」

そうアリスは言いかけて、しまったというような顔をした。
「不謹慎ね、こんな所でこの話は」

"あの事件"、 "この話" とは、きっとデーナの家族が亡くなった時の事を指すのだろう。
バツの悪そうな顔をしているアリスに、リリアンが否定するように首を振った。アリスはそんなリリアンをゆっくりと見て、静かに微笑んだ。
「まあ色々あったんだろうけど……こんなに綺麗なお嫁さんがいるなら、家族も安心してるわよね」
「! あ、あのっ それは誤解です。私はただの部下で……」
「…………?」
「たまたま送ってくれるついでに、ここに寄っただけなんです。そういう関係でもなくて……」

アリスは分からない、という様な怪訝な顔をして、リリアンを見た。
「……だったらどうして、ここに寄る必要なんてあったの? しかも貴女にお花まで持たせて」
リリアンが持っている花を指差しながら、アリスがどこか面白げにそう言った。
「これは……」
「もしかして彼に言い寄られてるだけとか……? 勿体無い、彼、素敵じゃない。学生の頃もモテたのに」

そんなアリスの言葉に、リリアンはまたしても言葉を失った。"勿体無い"? どうしてそんな事が言えるのだろう? こっちは必死の思いで彼に片思いしているというのに……。

「いえ……その逆で、私が勝手にフレスク指揮官に言い寄っているんです、本当は……」
「……えぇ?」

リリアンがそう言うと、アリスが驚いたようにリリアンを見返した。
そんな時、メイヤーの声がまた響く。
「邪魔しちゃって悪かったね。えっと、リリアン……ちゃん? 急ぐんだって? こいつの事よろしくね」
振り向くとまた、メイヤーがすぐ傍に来ていた。そのすぐ後ろには、デーナもいる。
メイヤーは名刺のような物をポケットから取ると、それをデーナのシャツのポケットに慣れた感じで入れた。
「時間があったら連絡でもしてくれ。俺、家具職人だから。必要なときはよろしく」
「分かったよ」
「新居の家具とかね、まけとくよ」

「…………」
何故かメイヤーの中では、デーナとリリアンはカップルという事で決定しているようだった。リリアンはどう誤解を正すべきか分からなくて、ただ困った顔で何も言えなくなる。
そうこうしている内に、メイヤーとデーナは簡単な挨拶をして、別れることになった。アリスも、去り際にリリアンに挨拶をしてくれる。最後に一言付け加えて……
「頑張ってね」 と。

 

突然現れた彼らが去った後、また2人きりになる。しばらく沈黙があった後、デーナが小さく溜息をついた。
「……悪かった。昔の知り合いだったんだ」
その言葉に、リリアンは横に首を振った。
「もう出たほうがいいな、大佐達を待たせられない」
「はい……」

デーナはリリアンから花を受け取ると、それを家族の墓標の前に静かに置いた。そしてリリアンを振り返った時……何か言いた気だったけれど、結局何も言葉にはしなかった。
「戻ろう」
ただそう言って、静かに先を歩き始める。

聞きたいことも、言いたい事も。
沢山あったけれど……。それからペキン大佐の家までの道程は、2人ともあまり喋らなかった。ただ少し、リリアンがデーナの学生時代について訊いたりした程度で。少しだけはにかむ様にそれに答えるデーナに、リリアンはまた少し彼の一面を見れた気がして、嬉しかった。

デーナがメイヤーの誤解を弁明しなかったことには、触れなかった。
きっと説明するのが面倒で、そのまま言わせておいたのだろうと、リリアンも思い始めて。

 

それでいい――
一歩ずつでいいから、確実に。

すれ違いも 誤解も。
ゆっくり解決していけばいい。そう……

 

思っていた。
目の前の 雷雲に、気付かずに。

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