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この炎を越えた向こうに 見えるもの
待ちうける業火の前に今 ひと時の安らぎを与えて――

 

Beyond the Blaze I

 

それから最終日までは、大きな事件は起きずに過ぎていった。

リリアンは日中、言われた通りテントで大人しくしていたし、夜に少し散歩に出ることはあったけれど、大抵はダンが一緒で、デーナと2人きりになる事は殆どなかった。
朝はやはり約束した通り、デーナが食事の材料を運んできてくれて、少し話をする。
そんな日々を繰り返して。気が付くと、すでに最終日に差し掛かっていた。

「一応今日も訓練はあるけど、半日ちょっとやから。昼飯とって、4時くらいまでだな。その後はお楽しみのキャンプファイヤーや」
というのが、ダンの説明だった。

明日になったら、テントも荷物も片付けて、基地に帰ることになる。
その前に最後に、全員で集まって火を囲み、食事を共にするというのが、このキャンプのハイライトでもあった。

 

 

「まあ、今日まで何とか平和にきたな。後は、今夜の事だけや」
昼食もすみ、最後の本格的な訓練のために兵士達が汗を流している。その隙をみて、ダンがデーナに小声で話し掛けてきた。
「ちゃんと楽しませてやらなきゃ可哀想やろ。けど、あんまりウロチョロされても危なっかしいからな……どうするつもりや?」

「どうもしない、今まで通りだ」
「そらそうやけど。流石に今夜ばかりは、周りには文句言えないやろ」
「勝手に一人で行動するなとは言ってある。少しくらいは、自由にさせてやっても大丈夫だ」

デーナがそう答えると、ダンが少し意外そうな顔をした。

「なんだよ」
「や、ちょっと意外やと思って。テントに縛り付けて見張っとくとか言い出したら、どうしようかと思ってたんやけど」
「最後の夜なんだ、好きにさせてやるよ。ただ、……目は離さないようにしておく」
「ふう〜ん……」

それは上官として? それとも男として?
そんな質問が喉から出かかったが、あまりにも野暮で、結局言わなかった。きっとその両方なのだろう。どちらの比重が重いかは、想像できたが――。

「まあ、楽しみやな。どうなるんか……」
ダンがそう言ったが、デーナはそれに対しては何も答えなかった。ただ、真っ直ぐ訓練のための列に戻る。
そんなデーナを見ながら、ダンはただ意味ありげに微笑んだ。

 

「いよいよ最後の夜ね〜! 何だかんだ言って、終わると思うと寂しいものねぇ」
「マリさんってば、卒業式には大泣きしちゃうタイプでしょ?」
感慨深そうにそう言ったマリに、リリアンが小さく笑った。

最終日の昼食が済み、リリアンとマリにとって 今回のキャンプでの大きな仕事は終わったことになる。
今夜が最後の食事になるが、これは軍の方が用意してくれるらしく、リリアン達は作る必要はなかった。
最後の夜、全員が同じ火を囲んで食事をとり団欒すること―― これが、このキャンプの最後の行事だった。そもそも、訓練そのものよりも、普段は分かれている部隊の交流が目的なのだ。
これが終わったら、明日は朝一番で基地に帰ることになる。

「まあね。でも今回は平気よ、来年もあるでしょうしね」
「そうね、また来れるといいな。マリさんも一緒に」
「それと、フレスク指揮官と、でしょ?」

マリがニヤニヤと含み笑いをするような顔で言った。それに、リリアンが照れたような、拗ねたような顔で答える。
「もう、その話でからかわないでってば……」
「いいじゃない! 今は誰も居ないんだし……今夜はちょっとしたチャンスでしょ? 色々と作戦を練っておかないと」
「さ、作戦?」
「というかそれ以前に、もう何も隠してる事はないんでしょうね? 何か進展があったとか……?」

マリにそう言われて、リリアンは小さく首を横に振った。
そう、あの夜以来……特にこれといった変化はなかった。以前のように無視されたり、リリアンに対してだけ厳しい態度をとる事はなくなったけれど、それ以外はいつも通りだ。
朝、食材を運んできてくれる事と、その時に少しの間だけ話をする以外、普段はなにも変わりがなかった。

こうして普通に接してくれるようになったのが、進展といえば進展なのだろうが……。

「進展なんて何も……。朝、ちょっと話してくれる位で、後は2人きりになる事もないし」
「ふぅーん。お話って、どんな?」
「普通よ。天気とか、昨日何があったとか、今日は何があるとか」
「……それはそれで、なんか想像つかないわね」
「? フレスク指揮官、話すの上手よ」
「そういう意味じゃなくて。まあいいのよ、問題は今夜ね。どうにかして2人きりにしてあげるわ。問題は、あの訛った方の指揮官ね」
「ダンさん?」

意外な名前がマリの口から出てきて、リリアンは少し驚いた。
「だって夜も、あの人がついて来るから2人きりになれないんでしょ。今夜はそんな事がないようにしないとね」
「それは逆……。ダンさんが居るから、フレスク指揮官も来てくれるんだから」

あの後も、ダンは何度か夜の散歩に誘ってくれた。そして何度か、デーナも一緒に来た。
確かにダンが居るのでデーナとリリアンが2人きりになる事はなかったが、そもそも、ダンが誘ってくれなければデーナだって来る事はなかったのだ。

リリアンがそう言うと、マリは少し考えるような仕草をした。
「どうかしらね……。まあどっちにしても、今夜は気合を入れなくちゃね!」

 

 

積み上げられた丸太や木の枝が、中央に置かれる。
そこから少し離れた場所に、大きなバーベキューの台の様なものが置かれていて、早くも芳しい香りを放っていた。
他にも本部から届いた料理が、バイキング形式に並べられ始めている。

日は暮れかけ、オレンジ色の空に、薄っすらと星が輝き始める……。
そんな中。訓練を終えたクレフ基地の兵士達は、皆、軽く身奇麗にしてテントから外に出る。

「はぁ、ようやくこれで終わりましたね。短かったけど、楽しかったですよ」
ガルが嬉しそうにそう言った。

「これだからガキは気が早くて適わんのや。まだ終わった訳やない、気を抜くな」
「……なんですか、ファス指揮官こそ。制服くらい着替えたらどうです?」
「む、俺は中身で勝負なんや。お前の様なガキには分からん!」
「勝負も何もないでしょう。そんなだから未だに独身なんですよ、ファス指揮官は」
「何!?」

ダンがそれに口を挟むと、恒例の言い合いが始まる。周りの兵士達はただ、ニヤニヤしながら聞いているだけだ。どうせ自分では2人を止められないと分かっているし、この2人を止める事の出来る唯一の人物は、すぐ傍にいるのだ。

「ダン、本部の連中が居るんだ、着替えて来い。ガル、お前も余計な事は言うな」
「すみません」
「な! 本部の連中にしっぽ振らなあかんのか?」
「ただのけじめだ。最後くらいまともなのを着ておけ」
「言ったでしょう、ファス指揮官」
「ぬ〜……」
「ガル、余計な事は言うなと言ったはずだ」
「……すみません」

デーナが間に入ると、そんなやり取りがあって。結局 ダンはぶつぶつと文句を言いながらも、着替えに戻った。いつもの事なので周りも苦笑いするだけだ。

「それにしても、うちの女性陣は遅いですね。どうしたのか……」
デーナに叱られて大人しくなったガルに代わって、他の兵士の一人がポツリと言った。

――そうだ。訓練が終わって、兵士達がテントへ戻ると、リリアン達は自分達の場所へ引っ込んでいた。ただ、マリが顔だけ出して、疲れているから少し休ませて欲しいと言ってきただけだ。
もちろん、彼女達の仕事はすでに終わっているので 誰も文句をいう権利はない。デーナも、疲れているなら休ませた方がいいだろうと、そっとしておいた。
が、2人とも日の落ちるこの時間になっても、出てこなかった。

「呼んできましょうか。食事もありますから」
ガルが、控えめにそう言った。
「いや、いい。どうせダンがついでに呼んでくるだろう」

デーナがそう言ってからしばらくすると、本当にダンが、2人を連れてテントから出てきた。
きちんと新しい制服に着替えて、その後ろにはマリと、それに隠れるようにしているリリアンがいる。

「見てやってや。綺麗やろ? 俺らには勿体無いくらいやな」
ダンが歩きながらそう言って、自分より少し後ろに居るマリとリリアンに目配せした。まるで自分の宝物を披露するような、満足そうな、誇らしそうな顔で。

その姿を見て、デーナは……いや、デーナ以外も全員だが……動きを止めた。

「……あ、あの 皆さんご苦労様です」
周りの動きが止まったのに戸惑って、リリアンが声を出した。
――が、周りからの返事はなかった。

「マ、マリさんっ、だから嫌だって言ったのに……」
それを見てリリアンが、隣に居るマリに小声で呟いた。それに対してマリも、周りには聞こえないように声を落として答えた。
「いいのよ、これで狙った通りよ! 堂々としてなさい」
「狙……っ」

あの後……。マリに"気合を入れなくちゃ" と言われて、自分たちの場所に引っ込むと、マリはリリアンを座らせた。
もう一人の看護師ヘレンは、本部の方にいるので夜以外はここにはいない。

「う〜ん、まぁ、あなたの場合は素で十分なんだけど……。でも、ちょっとの"変化" がモノを言うのよね」
「マリさん……?」
座らせたリリアンを、上から下までじっくりと眺めながら、腕組をしたマリがそう言った。
リリアンがきょとんとしていると、マリは何やらごそごそと自分の荷物を漁り出す。
「任せなさい! あのカタブツ指揮官を、あっと言わせてあげるわ」――

そんな訳でリリアンは、いつの間にか化粧をされて、綺麗に髪を結い上げられていた。
何もしなくても十分に魅力的な彼女の容姿が、うっすらと飾られた色に映えて、周りの息を飲み込ませてしまう――

化粧をされるのが嫌なわけではない。
身奇麗にする事は、女としてもちろん嬉しい。当然だ。
ただ恐れていたのは、遊びに来た訳ではないと、デーナに叱られる事だった。
初日から勝手な事はしないようにと、きつく言われていたのだ。それを……

リリアンを見つめたまま 動かなくなっているデーナに ―正確には、デーナ以外も同じだったが― ますますそんな不安が重なった。
そんな状況を見て、嬉しそうにニヤニヤしているのは、ダンとマリだけだ。

「あ……あの……」
何か言って欲しくて、リリアンがまた控えめに口を開くと、その時。
突然、外に大きな発砲音が響いた。

そして ゴウ……という音がして、周りがパッと明るくなった。
――火が灯る。

それにつられて、全員が炎の方を振り返る。暗くなり始めた空に、炎が、浮き上がるように燃えはじめた。

一週間続いていたキャンプも、今夜が最後。
そんな焦燥感が、全員を襲った。

「さ、呆けている場合やないで。せっかくなんだから、楽しもうや」

 

 

小さかった炎が、大きく燃え上がり、空も完全に暗くなった頃。
全員が外に集まると、上部からの挨拶が始まった。最初に話したのは、初日の夜に本部にいた、中佐だった。

「今日まで皆ご苦労だった。今夜はゆっくりと交流を深めて貰いたい」
そんな型通りの挨拶をすませると、すぐに食事が始まって、ガヤガヤと賑わいはじめた。
無礼講―― とまでは言えない。これでも軍のキャンプなのだから。それでも、今までよりずっと打ち解けた雰囲気に包まれて、皆が好きなようにくつろぎだした。
大勢で話をする者たち、黙々と食事を取る兵士、おとなしく炎を眺めている者――
おのおのが、好きなようにしている。

そんな中、デーナは すぐ傍でダンの話を聞きながら微笑んでいる、リリアンを見ていた。

綺麗だ――と、そう思う。
柔らかそうな白い肌に、大きな瞳。今はそれが、うすい桃色に縁取られて。唇にも同色の、柔らかな色が置かれている。
結い上げられた髪から覗く、細い首。

……好きにさせてやると、言ったはずだ。
大体、今の自分に、彼女の行動を一々制限する資格など ない。
分かっている。理性では、分かっている のに。

彼女に嬉しそうに話しかけている連中に、言いようのない苛立ちを感じた。
ダンも自分もすぐ傍にいる。だから、懸念するような事態にはならないはずだ。

周りと談笑しながらも、リリアンは時々 黙っているデーナの方を、気遣うようにみてくる。。目が合うと、彼女はやわらかく微笑んできた。
――嬉しいのか、苦しいのか、苛立っているのか、自分でも分からない。そんな心境だった。
リリアンの隣には、キャンプが終わるという事も手伝って、嬉しそうにしているガルがいた。リリアンに時々話しかけては、その反応に一喜一憂している。

(…………)

今のデーナとリリアンの関係は、微妙なものだ。
リリアンは、デーナに片思いしていると思っている。デーナも……リリアンの事を愛しいと思っている。ただ、まだ受け入れきる事が出来ないでいる。その想いが大きくなれば大きくなるほど、重くなればなるほど、心の何処かでそれを止めようとする恐怖心が湧いて――

あえていえば、リリアンの優しさにデーナが甘えている、というのが 2人の微妙な関係の縮図だった。

何の約束がある訳でもない。
それは自分から彼女に言ったことだ。何も約束は出来ない、と。
けれどそれは、リリアンにとっても同じであるはずだ。答えが出せないでいる自分より、他の男がいいと思うのなら、彼女は自由なのだ。
リリアン達と同じ輪の中にいながらも、そんな事を考えて、デーナは黙っていた。

そんな時だ。
いつの間にか席を外していたマリが、ある意外な人物を連れて、戻ってきたのは。
「このお坊ちゃんも混ぜてあげてくれる?」
そんなマリの台詞に皆が振り向くと、そこにはマリと、その隣に真っ直ぐ立っているデニス・ポウターがいた。

「すみません。邪魔でなければ、ご一緒していいですか」
言葉遣いは丁寧だが、どこか有無を言わせにくくするような口調。これは、良い家で生まれ育った者にしか出来ない芸当だろう。

「デニス君やないか!ええのか? 本部の連中に追いかけられてんのやろ」
「あの人達が追い駆けてるのは、僕じゃなくて父ですよ。ちょっと疲れてたら、ちょうどこちらのガードナーさんが声を掛けてくれて」
ガードナーは、マリの苗字だ。
「最初の日に少し会っただけなのに、覚えててくれたのよ。いい子でしょ?」
と言って、マリはデニスをリリアンのすぐ隣に押しやった。

その行為に固まったのは、ガルだ。ダンは、"おっ" という感じの顔をした。
「お久しぶりです、カーヴィングさん」
デニスがそうリリアンに話しかけると、リリアンは一瞬躊躇したようだが、すぐに返事をした。
「こちらこそお久しぶりです……。すぐ近くにいたのに、会いませんでしたね?」
言われてデニスは嬉しそうに目を細めた。なんだか、ほんわかとした空気が流れる。それとは対照的に、突然起きたこの状況に面白くない顔をしたのは、ガルだった。

「失礼だけど、誰なんだ? 名前くらい名乗ってもいいだろ」
わざとらしく刺々しい言い方をしたガルに、デニスが顔を上げた。
「ああ、すみません。陸軍一等兵のデニス・ポウターです、よろしく」
「なんだってただの一等兵が、こんな所にいるんだ?」
「言ったでしょう、呼ばれたんですよ。それに指揮官たちとも、知り合いの様なものです。ねえ?」
デニスが同意を求めるように、ダンの方を向いた。が、ダンは面白がるように苦笑いをするだけだ。

「慇懃無礼だな、お前みたいなのは気に入らない。大体、なんでうちの給仕係まで知ってるんだ」
「だから、前に一度会ってるんですよ。何なんですか、気に入るとか気に入らないとか、関係ないでしょう」

デニスとガルが、リリアンを挟んで険悪な雰囲気になった。
周りは、面白いものが始まったと・・・ニヤニヤしながら2人を見ている。デーナは、沈黙を守っていた。

「関係ないだと? 急に間に入ってきて、言う台詞はそれか?」
「だから呼ばれたと言ったでしょう。しつこいですよ」
「何だと!?」
デニスもガルも、若い。この血の気の多い年齢の男同士が集まれば、起こる事は決まりきっている。回りも慣れているので、面白可笑しそうに眺めているだけだ。
……一人、2人の間でオロオロするリリアンを除いては。

「それとも嫉妬してるんですか、僕が彼らと知り合いで――」
と、そこまでデニスが買い言葉で続けた時。ガルの、若さ故に切れやすい忍耐の尾が、プツリと音を立てた。
「貴様!」
そう言って、ガルがデニスの胸倉を掴んだ。デニスの方は予想していたようで、少し嫌そうな顔をしただけだった。どこからかヒュー、という面白がった口笛さえ聞こえてくる。

「あ、あの・・・止めて下さいっ」
とリリアンが言ったが、男達には聞こえていない。

「威勢だけはいいですね。でも殴れないでしょう、上官の前じゃ・・・」
「!」
ガルが掴んだデニスを、突き放そうとした時。彼らのすぐ傍にいたリリアンが、それにあおられて転びそうになった。

突き飛ばされるはずだったデニスと、その勢いで隣にいたリリアンを転ばせそうだったガルは、しかし、――次の瞬間には宙に浮いていた。
そして、気が付くとドサッという音と共に、2人一緒に地面に叩きつけられている。

またも、面白がったような口笛が、その場にいた兵士から聞こえてきた。
デニスとガルは一瞬、何が起こったのか分からなくて、倒れた地面から同時に顔を上げた。すると、2人を見下ろすように立っていたのは、デーナだった。

「殴り合いたいなら、向こうで勝手にやって来い。ここでは目障りだ」
「指揮官、あの……」
「向こうでだ! さっさと行って来い!」

デーナが怒鳴って、外の訓練場の北の端を指差した。広大な敷地の外れの方で、果てまでは短く見積もっても1キロ以上ある。
ガルが、急いで立ち上がって背筋を伸ばすと、弾かれるように言われた方向へ走っていった。訓練中ではないが、こういう時のデーナに歯向かうのは無理だと、よく分かっている。

「お前もだ、いいと言うまで帰ってくるな!」
デーナはまだ、地面に突っ伏したままだったデニスの襟首を掴んで、ガルが走り出したのと同じ方向へ彼を投げた。
「は……はいっ!」
デニスは最初は何が起きたのか分かっていないようだった。が、やっと状況を把握したのか、ガルと同じ方へ走っていく――

 

後に残された数人は、面白い余興を見せてもらったという感じで、笑っていた。特にダンは、笑いが堪え切れなかったのか、苦しそうに腹を押さえている位だ。
ただ、突然の事に硬くなっているリリアンと、そのリリアンを支えて驚いた顔をしているマリがいたが――

デーナはそれを見て、小さく一つ溜息をついて言った。
「……頭が冷えれば勝手に帰ってくる。気にしなくていい」
「はあ、そんなもの、なんですか」

マリはまた、呆れたような顔をしてそう答えたが、リリアンはまだ硬くなったままだ。
そんなリリアンを見るデーナの顔が、どこか心配気な表情になる。
……と、マリはそのデーナを見て、何かをひらめいたように顔を上げた。

「あら嫌だ、リリアン! ちょっと怪我したんじゃないの、あのバカ達に巻き込まれて!」
「え……?」
マリが突然、リリアンの手を取って、そう声を上げた。それのせいで、リリアンが現実に引き戻される。
「え、大丈夫よ、どこも……」
「何言ってるの! 私達は料理人なのよ! 手の怪我は致命的なの! さっさと救護係のところへ行って来なさい!」

マリはそのままリリアンを押しやると、デーナに言った。
「ちょっとこの子を救護係のところまで連れて行ってやって下さい、指揮官」

デーナは一瞬、驚いた顔をしたが、すぐにリリアンの顔を覗きこんだ。
「大丈夫か?」
「あ、あの、大丈夫です。どこも……行かなくても……」
突然の事へのショックと、急にデーナの隣に押しやられた緊張で、リリアンがしどろもどろに答えた。すると、デーナはますます怪訝そうな顔をした。
リリアンは渋ったが、結局、デーナはすぐに彼女を連れて行ってしまった。

 

「ちょっと計画とは違ったけど……まぁ、結果が同じならいいか」
残されたマリがそう小さく呟くと、そばに居たダンがそれを聞きつけた。

「……何、マリさんも仲間なん?」
「仲間って?」
「その、あの2人をどうにかしようっちゅう……」

マリはそんなダンの言葉を聞いて、意外そうな顔をした。
「へえ? 私はまた、あなたは2人の邪魔してるのかと思ったんだけど」
「まさか。あのガキらじゃあるまいし、無粋な事はせんよ」
「そう。……まあ、妥当なところよね」
「そ! 今は2人に任せといて、大人は大人で飲もうや」

ダンがマリをそう明るく誘うと、マリは悪戯っぽく笑った。

 

「オーケー。 大人は大人で、ね」

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