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この空の下で、君に 願うもの。

 

Tore Afterimage 

 

ダンに連れられて外に出ると、やはり満点の星空が目の前に広がっていた。

「綺麗やろ。クレフも悪くないけど、マルディは特別や」
「ええ……こんなに星が近くに感じたのは初めてです。凄いですね」

リリアンが夜空を仰ぎながらそう言うと、ダンは逆に空から視線を落としてリリアンを見た。
「やっぱり外がいいやろ。一日中あのテントの中じゃ辛いよな」
「いえ……大丈夫ですよ」
「ん、そうかな。なんか今日は昼ごろからリリちゃんが元気なさそうにしとったから」

昼ごろから……と言われて、ドキンとした。的を射られたような感じがして。
確かに今日のお昼、デーナの写真を勝手に見てしまったことに 罪悪感と そして言い様のない胸のざわめきを感じ続けていた。
半分事故だったとはいえ、勝手な事をしてしまった事。デーナのまだ知らない一面を、無理に覗いてしまった事に対して。

「もうちょっと歩こうか」
リリアンが続きを喋りにくそうにしていると、ダンがそう誘った。

 

 

ダンはお喋りで、2人で歩いている間も色々な事を喋った。
昼間の訓練の様子からマルディの事まで、話し上手で、相手を飽きさせない。リリアンは、そんな彼との会話に、一時の安らぎを感じていた。
歩きながら空を見たり、ダンの話しに頷いたり笑ったりしていると、ふと、彼が歩を止めた。

「やっぱり女の子は笑ってる方がええな。空気が変わる」
「どうしたんですか、急に……?」
「いや、言ったやろ? リリちゃんが昼から元気なさそうに見えたって。あの馬鹿も、口には出さんかったけど気にしてたみたいやから」

"あの馬鹿"……とダンが言う相手は――

「フレスク指揮官……ですか?」
「そ! いつも冷静沈着、鬼の様に厳しい、フレスク指揮官様や」
「そんなに厳しいんですか?」
「まあ、訓練中はな。それ以外は、筋は通すけどあまり口出ししたりはしないよ。普段は、だけどな」
そう言って、ダンがリリアンに向き直った。
「けど、最近はちょっと違うんや。理由はなんだか分かる?」

リリアンは少しの間、困ったような顔をして、首を横に振った。それを見て、ダンは何かを考えるように、夜空を仰いだ。

「んー……、何から話すべきなんかな。なあ リリちゃん、率直に言ってデーナの奴の事、どう思う?」
「え?」
急にそんな質問をされて、リリアンは答えに詰まった。
まさかこんな風に、ダンの方からデーナの話が出るとは思っていなかったから。

「立派な人だと……思います。強くて、真っ直ぐな」
「そう? 嫌な奴だとか思わなかった? 無愛想で厳しくて意地悪で……」
ダンの言葉に、リリアンはまたゆっくり首を横に振った。
「ずっとリリちゃんのこと無視してたし、意地悪な事も言われたやろ? 嫌やなかった?」
「……嫌、っていうのではないです。最初は、辛かったですけど、でも」

リリアンが言葉を選ぶようにゆっくりそう言うと、ダンは頷いた。

「俺が最初デーナに会った頃、最悪な奴やと思ったよ。触ったら切られそうな雰囲気やったし」
「…………」
「その、あいつは付き合う相手を慎重に選ぶんやと思う。俺とだって、最初は一番仲悪かったんや。それが今は一番信頼し合ってる。まぁ……少なくとも俺はそう思ってる」

ダンは、彼にしては珍しくゆっくりと喋った。

「だからまあ、何が言いたいのかっちゅうと……嫌ったり怖がったりしないでやって欲しい。もしあいつがリリちゃんに厳しい態度を取ったとしたら、それは多分、愛情の裏返しってやつや」

リリアンが、何と言ったらいいのか分からないで彼を見つめ返すと、ダンははにかむ様に笑った。

「リリちゃん、そんな目で男を見るもんやないよ。危ないから」
「え、え……?」
「俺だって最初はな〜。今だってあの馬鹿があの調子やなければ、俺も出馬したいんやけど」
「……??」

ダンが何を言いたいのか分からないで、リリアンが慌てていると、ダンはその手をリリアンの頭に乗せた。そしてポンポンと優しく撫でる。これは、ダンがリリアンに対してよくする仕草だ。

「深く考える事ないよ。俺はただ、リリちゃんにもあいつにも幸せになって欲しいと思うだけやから」
「ダンさん?」
「とりあえず、今言いたい事はそれだけや。それより、リリちゃんも何か言いたい事があるやろ? ずっと昼間から元気なさそうやったからな」

何だかんだとふざけていても、ダンは鋭い。
表から見た性格は正反対だけれど、根本的な所で、デーナとダンは似ている……そんな気がした。
どうしようか一瞬迷ったが、ずっと黙っている訳にもいかず、リリアンは話し始めた。

「実は……今日、フレスク指揮官の昔の写真を覗いちゃったんです」
「は? 写真、デーナの?」
「はい、事故だったんですけど……テントを片付けようとしてたら……落ちてきて」

今度はダンの方が、何を言われているのか分からない、という様な顔をした。
「で、それで何でリリちゃんが元気なくすんや。そんなに凶悪な顔した写真だったとか……?」
ダンがそう言うと、リリアンが小さく笑った。
「違います。でも勝手に見ちゃって……その、謝りたいけど、どう言っていいのか分からなくて」
リリアンはそこまで言うと、一息ついてダンを見つめた。ダンの方は、まだ驚いたような顔をしている。

「なんや、別にデーナも怒らんやろ。大体そんな、人の目に入るような所に置きっぱなしにする方が悪いんやから。放っておけばええよ、そんなの」
「でも……」
「や、でもあいつでも写真なんか持ってたんやな。写真って、何の?」
「それは……えっと」

こんな風に、本人のいない所で勝手に話してしまうのは悪い気がして、リリアンは少し口篭った。
けれど、相手はダンだ。隠す必要はない気がした。

「昔の写真です。フレスク指揮官と、2人の男の子が写ってて……よく似てたので、弟さんか親戚の子だと思うんですけど」
「弟? ああ、確か2人いたらしいな。年の離れたのが。それかな」
「多分……私は知らないので……」
「俺もそんなに詳しくは知らないよ、あいつは喋りたがらないしな。ああ……でも」
ダンはそう言って、少し何かを思い出そうとする様に、手を口に当てた。
「昔少し聞いたかな……一番下は10歳位離れてた筈や。亡くなったけどな、あの時。と、この話は、知っとるのかな」

「はい。本人からじゃなくて、サリさんからですけど……テロで亡くなられたって」
「ああ、そうや。今は大分落ち着いてるけど、あの頃は結構よくあったからな。そのうちの一つや。デーナだけ偶然、外に出てて助かったらしい」

リリアンは力なく頷いた。
ダンでさえこの話はそれほど良くは知らないようだ。それを覗いてしまった事に、さらに罪悪感を感じてしまう。

「いい話やないけど、リリちゃん、テロの現場って見たことある?」
突然のダンの質問に、リリアンは首を横に振った。
「俺らは仕事で、どうしても行かなくちゃいけない時がある。割り切る事にしとるけど、酷いもんや。特に爆弾だとな」
ダンはリリアンの方ではなく、空を仰ぎながら喋った。やはり、彼にしてはゆっくりとした、抑えたような口調で。
「被害者が赤の他人でも、辛いもんや。俺らも今はプロだけど、それでもきつい。ましてあの頃、デーナはまだガキやったし、家族全員が一瞬で……や。俺なら発狂するよ」

そして、ダンはそのまま星空を見ながら喋り続けた。

「辛かったはずや。でもまあ、あいつは……それを表には見せようとせん。俺にさえ、な。その分、自分で自分をガードしてるんや。女と長く続かんのも、多分そのせいや。付き合ってもすぐに別れよる」
そう言って、空を仰いでいた視線を、リリアンに戻した。
リリアンもダンを見つめ返す。

「と、リリちゃんはあいつの女性遍歴なんて、興味ないかな」
ダンが、また笑顔に戻ってリリアンに聞いた。リリアンも少しだけ、儚げに笑う。

「ちょっと怖いです、今はまだ……聞いたら落ち込んじゃいそうで」
「へ? なんでリリちゃんがそれで落ち込む?」
「え、だって……フレスク指揮官の昔の彼女達の話、ですよね?」
「まあ……平たく言えば。でも、なんで?」
「それは、だって……ダンさんだって嬉しくないでしょう? 好きな人の昔の恋人の話なんて……」

リリアンが少し頬を染めながらそこまで言うと、ダンはその動きを止めた。人懐こそうな彼の茶色い瞳が、見開かれる。

「好きな人の昔の恋人……?」
「はい、あの……ダンさん?」
「って、俺、デーナの話しとるんやけど」
「? ……はい、分かってます、けど」
「え、何、それは」

「「…………」」
2人の間に、奇妙な沈黙が流れた。

その沈黙を開くように、リリアンがゆっくりと喋った。
「あの、えっと……フレスク指揮官、ダンさんに話して、なかったんですか?」
「話すって、何を」

ダンのぶっきら棒な質問に、リリアンが答え難そうにした。
それを見て、ダンも何かを悟ったようだった。手を額に当てて、また空を仰ぐ。

「……何や……俺、アホみたいやないか……。いらんお節介っちゅう奴やな……?」
「お節介?」
「や、リリちゃん。……もしかしてデーナの奴の事、好きなの?」
「……はい……。あの、フレスク指揮官、ダンさんには話してなかったんですか?」

デーナとダンは仲が良い。だから、多分ダンも、リリアンがデーナに告白した事を知っていると思ったのだ。
だが、ダンは何も知らないらしい。男同士は、女とは違ってそんな話はしないのか……、それとも、デーナにとってリリアンの告白など喋る価値もないほどちっぽけな物だったのか……。
リリアンがそんな風に考えていると、ダンは何度も信じられない、というように首を振った。

「話してなかった……? ちゅう事は、デーナは知ってるんやな?」
「はい、でも……振られましたけど……」
「はあ!!?」

リリアンがうつむきながら小さく言った。
嫌っている訳ではないと言ってくれた。正確にノーと言われた訳でもない。しかし、リリアンの告白に対してデーナは何も答えていないし、今の状況では"振られた" というのが、一番近いと思っている。
彼が好きな気持ちは今も変わらないけれど――

ダンは、最初の驚いた顔から一変して、今度は怒ったような顔をしていた。

「……ちょっと話を整理させてや。つまり、……リリちゃんはデーナの事が好きで」
リリアンが、ダンの言葉に頷いた。ダンは先を続ける。
「デーナもそれを知っとると。けど、あいつの方がリリちゃんを振った、と」
「はい、その……要約すれば」

また、2人の間に沈黙が流れた。
ダンはまた珍しく眉間にしわを寄せているし、リリアンはリリアンで、また辛い現実を付き付けられて悲しそうな顔をしている―― そんな状況。

「リリちゃん、おいで」
「え?」
その沈黙を破るように、ダンが突然リリアンの手を取った。驚いた顔をするリリアンを連れて、ダンは急に歩き出す。

「あの馬鹿には荒療治が必要や! くそっ……人を馬鹿にしおって……」
そう独り言のようにぶつぶつ言いながら、ダンはリリアンの手を引いて歩き出した。

 

 

「ダンは?」

本部への報告が終わって、デーナはテントへ戻ってきた。
報告の他にも、明日からのスケジュールや訓練内容の打ち合わせで、思ったよりも時間が掛かった。

中を見回すと、大部分は既に寝る準備を始めている。が、ダンの姿は見当たらなかった。
デーナが何気なく訊くと、ガルが待ってましたという様に、口を尖らせて言った。

「ファス指揮官ですか。あの人ならもう一時間も前に、カーヴィングさんを連れたまま帰って来ませんよ」
「一時間……? 何処へ行ったんだ?」
「散歩するとか何とか言ってましたけど。彼女が少し気分悪そうだったので、外の空気を吸おうとか言って」
「…………」

ガルがまるで拗ねたように、そう言う。
それを受けて、デーナはすぐに考えた。
確かに、リリアンはこの昼から冴えない表情をしていた。このテントに一日中篭らせていては可哀想だと、ダンは日中何度かデーナに言ってきてもいた。夜に少し外に連れ出してやった方がいい、とも。
それに対して、デーナも異論はなかった。出来れば自分が連れて行きたいという気持ちもあったが、あいにく責任者としての仕事がある。
ダンがそうしたいなら構わないと、そう言ってあった。

――しかし、一時間以上は長すぎる。
ここはいくら日中は暑くても、乾燥しているので夜間はかなり冷え込む。

「探してきましょうか」
「いや、いい。俺が行く」

ガルはまるでそう言うのを待ち侘びていた様だったが、デーナはそれを遮って、Uターンするようにまた外に出た。
ダンの行きそうな場所は……そう考えながら歩き出すと、遠くからその本人が歩いてくるのが見えた。

が、一人だ。
向こうがデーナに気が付くと、いつも通りの調子で挨拶した。

「よ、デーナ。遅かったな、ご苦労さん」
「あいつは何処だ」

その挨拶にも答えずに、デーナは強い調子でダンに聞いた。
聞く、というより、まるで脅しの様な表情だったが――

「何、そんな怖い顔しよって。大丈夫やろ、リリちゃんも赤ん坊やないんやから、一人で帰ってこられるよ」
「……どういうつもりだ?」
「どういうつもりも何も、言ったやろ、あの子も赤ん坊やない。一人で大丈夫や。だいたいあのお坊ちゃんなら変な真似はせん」

――"お坊ちゃん" ……?

「ちょっと陸軍とこのテントに顔出してな。リリちゃん連れてるのを見たら、デニスの坊ちゃんが喜んで出てきたんで、一緒に散歩させといたよ。大丈夫、すぐ帰って――」
「…………!」

デーナが、反射的にダンの襟首を掴み上げた。
ダンは分かっていたようで、抵抗さえしなかった。ただ、そのままデーナを見返した。

「別にええやろ、"指揮官"、2人が真剣なら好きにさせといても」

ダンがわざと、ゆっくりとそう言った。その言葉に、デーナはダンをグッと睨みつけた。
怒りに燃えているようで……そして何処か、怯えてもいるような、そんな瞳で。

ああ……、と。
ダンは、その瞳の中に、昔を思い出した。まだ、初めて会ったばかりの頃の、デーナを。
強くて真っ直ぐで、誰も寄せ付けないような。触ったら傷つけられそうな……そして、傷付きそうな。
その強さの中に、傷付いた思い出を必死に隠そうとしている、そんな彼を。

もう長い間、それを見る事はなかった。だから、忘れかけていたのだ。
もう、傷など癒えたのかとも、思っていた。

しかし、違う――
癒えた訳じゃない。ただ、隠すのが上手くなっただけだ。だからずっと気が付かなかった。
ダンも、きっとデーナ自身さえも。忘れかけていたのだ。

「殴りたきゃ殴れよ。俺は構わん」
襟首を掴まれたままの状態で、ダンはそう言った。デーナは一瞬拳を握ったが、それを使うことはしなかった。
が、掴んだままのダンを、放すこともしなかった。

「……あいつは何処だ」

それだけ搾り出すように言うと、やっと、ダンを解放した。

「本部の裏や。あそこなら何かあっても、すぐ傍に中佐がいるから大丈夫やろ」
「…………」

それを聞くと、デーナは何も言わず踵を返そうとした。
そんなデーナの肩を、ダンが止めるように掴んだ。

「勝手な事をしたのは謝る。けどな、俺はお前に後悔して欲しくない。分かるな?」

デーナは何も言わずに振り向いて、ダンを見た。
「お前やと思ったから譲ったんや。あんなガキに、取られるなよ」
ダンがそう言うと、いつにない真剣な表情で、2人が向き合う。

「行けよ」

ダンがデーナの肩に置いていた手を離してそう言った。

"ありがとう" などと、一々礼を言い合う仲ではない。それは、相手を軽んじている訳でも、感謝をしていない訳でもない。
ただ、言葉にする必要がない――
そんな暗黙の了解が、2人の間にあるだけだ。

デーナはそのまま踵を返すと、真っ直ぐ早足で歩いていった。
残されたダンはしばらくそんなデーナの後ろ姿を見ていた。そして、見えなくなった所で溜息をついて 空を見上げた。

 

「俺って……損な役やなぁ……」
夜空に向かって、そんな事を呟く。

しかしその表情は、どこか嬉しそうでもあったけれど――

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