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誰だって、最初は怯えてるの。
何がこの先にあるのか分からなくて。

でも、あなたがこの道を照らしてくれるなら……

 

Because of You

 

そのまま寮の部屋に帰ったリリアンは、机の中にしまっておいたアルバムを出してみた。
そうしようと思ってした訳ではなく、なぜか体が勝手にそうしてしまったのだ。

それはアルバムと言っても小さくて薄いもので、写真は7、8枚しか入っていない。
その殆どが父と自分のものだ。

自分が生まれると同時に母を亡くしたリリアンにとって、家族と言える存在は、父であったアレツ・カーヴィング一人だった。
しかしその彼が亡くなったのも、リリアンが7歳の時……。まだ、一人で生きていくにはあまりに幼い。

父の姉――リリアンから見れば伯母――が彼女を引き取ってくれた。
とても大事にしてくれたし、リリアンも伯母の事は好きだったが……どうしても"世話をして貰っている" ような気がして、心から寛げなかった。
中等学校に上がる頃には、無理を言って全寮制の学校に行くことにした。
金銭的には、軍から支給される父の殉職手当てがあったので、問題はなく。

(…………)

彼が亡くなった後……。
毎年、クレフ墓地の記念式典に招待を受けたが、行かなかった。
替わりに伯母が行っていてくれたようだが……。

父が働いていたクレフ基地には来たかったのに、この式典には行けないというのは矛盾しているだろうか。
ペキン大佐の言うとおり、今年はリリアンはここにいる。
行くべきなのだろうか……。

(私が行っても……どうなる訳でもないけど……)

自分が行ったとしても、誰かの為になる訳でもない。
ペキン大佐は喜ぶかもしれないが……。
式典は平日の午後に行われるので、仕事も休まなければならない。

ダンとデーナは参加する。彼ら将校クラスは一種の義務だ。
(一緒に居られるのは嬉しいけど……)
彼らもいるのなら……行けるかもしれない。そんな気もするけれど。

ただ、デーナとどう接していいのかが、少し疑問だった。
あれ以来、無視されるような事は無くなったが、だからと言って親しく話してくれる訳でもない。
でも……あの、低くて、でも力強いあの声が。
いつも頭から離れない。

そしてこんな夜は……出来るならあの声を聞きたい。
もし彼にこの事を相談できたら、彼は何と言うだろう。

(迷うくらいなら来るなって言われちゃうかな……)

デーナにはきっと厳しく言われるだろう。
ダンならきっと"おいで" と言ってくれるだろうが……。
そんな事を考えている、その時だった。ドアをノックする音が聞こえた。

「はい?」
「すみません、カーヴィングさん……下に面会希望の方が来ていますよ」
それは、寮の管理人の声だ。驚いてドアを開けると、管理人が少し呆れたような顔をして立っていた。

「面会……ですか?」
「ええ。疲れていなければ、降りてきて欲しいとの事ですよ」
「わ、分かりました……でも、あの、どなたか分かります?」
「そりゃまぁ、一人は週末も来ましたしね」
「え」
「フレスク指揮官とファス指揮官ですよ」
「!!」

まさに今、考えていた相手の名前を出されて、リリアンは驚いて言葉を失った。
そんなリリアンの姿を見ながら、管理人は意味ありげな笑いを見せて言った。

「もしあなたが疲れているんだったら、帰るって言ってましたけどね」
「い、いえ、大丈夫です。あの、すぐ行きますから……」
そう言って、椅子に掛かっていた上着をパッと掴んで部屋を出た。
空気の冷え込む外へ、駆け出すように出て行った。

「お、リリちゃん、来たな」
外に駆け足で出てきたリリアンを確認して、ダンが口を開いた。

「悪かったな、こんな時間に。疲れてたやろ?」
「いいえ……大丈夫です。ダンさん達こそ……」
「や、俺らは大丈夫や。慣れてるからな。な、デーナ」
そう言ってダンが隣にいるデーナに声を掛けると、デーナは ああ、と短く無愛想に言った。
「あの……どうしたんですか?」
少しデーナの機嫌が悪そうな気がして、リリアンは恐る恐る質問した。

「ちょっと報告したいことがあったんや。その、ホール・セリーの事でな」
「……え……」
「あいつは、どうせ暫くは実戦で使えないし、素行も良くないっちゅう事で、クレフ基地から外せそうなんや。今夜中にはおっちゃんが結論を出してくれる筈や」
「基地から外す……?」
「ああ、完全に軍から除隊にするのは難しいが……ここは選ばれた連中しか来れないんや。逆に言えば、一度配属されても振り落とされる連中も多い」
「…………」
「この基地もそれなりの国費が掛かってるんや。使えない連中は置いとけない。で、俺らはまぁ……そういう連中がいたら大佐に報告する権限、みたいなもんがあるんや。最終的に決めるのはやっぱりおっちゃんやけど。でも、多分通るだろう」
「じゃあ、夕方のは……」

それでこの夕方、ダンはペキン大佐の執務室に出向いていたのだろうか。
突然の話に驚いたが、同時に、掛かっていた霧が晴れていくような安心感を感じた。

「あいつの直接の上官は俺やったからな。それで、デーナも俺に話を持ってきたって訳や」
そういってダンがチラッとデーナの事を見上げた。本人は無表情でリリアンの方を見ているだけだ。

「あ……ありがとうございます。私……どうやってお礼を言っていいか……」
「礼は言わなくていいよ。俺らも正直、この方が助かるからな。でも引き続き気を付けてな」
「……はい、でも……本当にありがとうございます」

「まあ、そういう事や。とにかく先にリリちゃんに報告しておいた方が良いと思ってな。もう、休んどいた方がいいやろ。病み上がりで疲れてるとこ悪かったな」
「いいえ……こちらこそ、わざわざすみません」
リリアンが謝ると、二人が少し困ったような表情になったような気がした。気のせいかも知れないが……。

「じゃ、俺らはもう戻るよ。外にいたら体も冷えるしな。お休み」
そう言って、ダンが優しそうな笑顔を見せた。
反対にデーナは何も言わずに、無表情にリリアンを見ているだけだった。

じゃあ、と言って二人とも踵を返そうとした。
行ってしまう……そう思った瞬間。
リリアンはつい声が出てしまった。

「あ、あの! 待って下さいっ!」

呼び止めるその声に、先に振り返ったのは――意外にもデーナだった。
「……どうした?」
その低い声に、リリアンは自分の心臓がキュッとするような感覚を覚える。

「あの……お聞きしたい事があって」
「聞く?」
「いえ、聞くというか……相談したい事が……」
「んん、どうしたん? 風邪引くで、リリちゃん」

最初に答えたのはデーナだったが、すぐにダンもそれに気が付いて2人の方を振り向く。
「あの……明後日の式典、お二人とも出られるんですよね?」
「式典? あぁ、墓地のか……俺らは行くよ。それがどうした?」
「今日大佐から聞いたんです……私、あの、行くかどうか迷っていて……」
「行くかどうか? ああ、そっか、リリちゃんはカーヴィング指揮官の娘だもんな」
「大佐から考えておくようにって言われたんです……。でも、まだ決心がつかなくて」
「決心って、あぁ、来た事なかったのか、リリちゃん?」
「はい……」

リリアンが答えると、少しの間沈黙があった。

「確かに見掛けなかったもんな……リリちゃんみたいな綺麗な子がいたらすぐ気が付くよな」
ダンが納得したような声で言った。

が、それを遮るようにデーナの声が響いた。
「――どうして今まで来なかった?」


その言葉にはどこか責めるような空気があって、リリアンは一瞬ビクッとした。
「怖くて……」
「怖い? こんな所までのこのこやってくる人間の言う台詞か?」
「……っ」
「デーナ、おい」
「ホール・セリーの事はあいつの責任だ。追い払えるならそれでいい。けど、これだけで済むとは言い切れない。まだあんたを狙っている奴もいるはずだ」
「デーナ、やめろって」
「…………」
「こんな所まで来ておいて、あんな事があってもまだ残るつもりなんだろう。それで、式典一つで"怖い"?」
「そ、それは……」
「あんたはカーヴィング指揮官の事を思ってここに来たんだろう。だったら、彼に恥をかかせるな」

デーナが言い捨てるように、しかし強くそう言うと、踵を返して歩いていった。

「デーナ……おいっ!」
早足で去っていくデーナにダンが叫んだが、彼はそれを無視して歩き続けた。
「……ったく。ごめんな、リリちゃん」
「……ご、ごめんなさい……私、怒らせちゃったみたいで」
「なんでリリちゃんが謝るんや。ったく、あの馬鹿……。気にしないでやってな」
「いえ……大丈夫です、でも……」
「気にせんといて、本当に。式典なんて楽しいものじゃないし、リリちゃんも色々考えるところがあるんやろ。気持ちは分かるよ」
「…………」
「でも、確かに出た方がいいとは思うよ。怖いって言うなら俺らもいるし、ペキンのおっちゃんもいるから、な」
「……はい……」
「デーナの奴の言った事は気にしなくていいからな。誰も強制するもんやないからな。決心がついたらでいいんだから」

ダンはそこまで言うと、またいつもの様にその手をリリアンの頭にポンと乗せた。
「とにかく、もう部屋に戻りな。冷えるからな」
「はい……ごめんなさい、呼び止めたりして」
「いいよ。おやすみ」
「おやすみなさい……」

そう言って、ダンはゆっくりもと来た道を戻りだした。途中、何度かリリアンの方を振り返って、まだ寮の入り口に立っているリリアンに、"中に入って" というようなジェスチャーを送って。
それに促されるように、リリアンはゆっくりと部屋に戻った。
途中、何か勘違いでもしているのだろうか、また意味ありげに目を合わせた管理人に挨拶をして。

部屋の扉を閉めると、リリアンは小さな溜息をついた。
机の上には、外に出る前に出しておいた写真がいくつか広がっている。

それを見て、デーナの言葉が蘇った。
強く、頭の中に響くように。

"彼に恥をかかせるな"

あの時。予想外の言葉で、リリアンは固まってしまった。
何か厳しい事を言われるんじゃないかという事は予想していたけれど、それは"来るな" という類の事だろうと思っていた。
しかし、はっきり言葉にしてそう言った訳ではないが、あれは"来い" という意味だ。

"恥をかかせるな"

その言葉が、強く心の中にのしかかる。
(恥……お父さんにとって?)

父にとって……。
その時、心の中に何かが弾けるような気がした。

彼の死を見せ付けられるようで怖いと……。
また繰り返し、その事実を突きつけられるようで……怯えていた。
そう……考えてみれば、リリアンは自分の事ばかり考えていた。

こんな自分を見て、父はどう思うのだろう。
誇らしいと思うだろうか? こうして逃げている事が正しいと?

(私……)

窓を見上げる。照明に照らされた基地が見える。
しばらくそれを無心で眺めていると、心のどこかで何かが変わった。

 

 

戻ろうとするデーナに走って追いついたダンは、彼の肩を掴んで止めた。

「おい、待てや! ったく何だったんや、今のは!」
「何が」
「何がやない、あの言い方はないやろ? 彼女は俺らと違うんやから」
歩を止めて二人が向き合う。
「軍人や部下相手ならともかく、ただの女なんや。せっかく相談してくれようとしたのに、あれはないやろ」

まくし立てるダンを、デーナは何か言いたげな目で見返した。
しかしそれは口に出さずに、吐き捨てるように言った。
「苛つくんだ、あいつは」
そう一言いうと、踵を返して宿舎の中に入っていった。

「苛つく?」
後に残されたダンは、デーナの言葉を繰り返して首をひねった。
(訳分からなくなってきたな……)
デーナは、明らかにリリアンが来てから、彼女に対して彼らしくない行動を取るようになった。
少なくとも、ダンが知っている今までのデーナと比べたら、だが。

いつでも冷静沈着で、感情を表に出すタイプではない。
兵士や訓練については厳しいが、普段はあまり人に口出しする事もなく。
まして、兵士でも軍人でもない人間に対して、厳しくする事はなかった。
どちらかというと無関心……そんな感じだ。ただの給仕係のどうこうしろと言う事などなかった。
女性に関しても、何度か付き合った相手を知っているが、基本的に優しくしていたと思う。
愛しているようにも見えなかったが――

(まさか、な)
とは思ったが、考えてみると"当たり" のような気がする。
(――これじゃまるで、ガキやないか……)

ダンは呆れたように首を振りながら、一足遅れて宿舎の中へ消えていった。

 

部屋に戻ったデーナは、そのまま真っ直ぐにシャワーに向かった。
何も考えたくなかった。
熱いお湯に打たれると、少しの間だけでも無心になれる。

あの時。
リリアンの口から出た言葉に、体が止まった。
"怖くて……"

クレフ基地まで自分で働きに来ておいて言う台詞だろうか。
そう思って、言わなくてもいい事まで言ってしまった気がする。

熱いシャワーを浴びながら、しばらくすると何故か体に痛みが走った。
一瞬、肩の傷かと思ったが、違う。
背中だ。

(…………)

後ろ目に背中の方に視線を向ける。鏡に傷が映っている。
あの、テロで家族を亡くしたあの日についた傷だ。
あの時リリアンに苛立った理由が……その傷を見ていると分かった。

(まるで自分を見ているようで)

クレフ基地まで来ていながら……というのは、自分にも当てはまる言葉だからだ。
デーナ自身も、未だに家族の墓には殆ど行けないでいた。
(……くそ……)
シャワーから出ると、後悔のようなものが浮かんでくる。

何故、また……。
いつもこうだ。リリアンには、いつも必要以上に厳しくしてしまう。
彼女も普通の女性だ。父親が死んだ事についての式典に参加する事を怖がるなど、当然と言えば当然の事で――責める事ではない。

……傷ついただろうか。
結局、彼女の表情を見ずに帰ってきてしまった。

デーナは乱暴に髪を拭くと、ベッドに腰を掛けた。
眠気に襲われるまで、そのままで。

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