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深い深い暗闇の中に。

一筋の光が差し込む、そんな時。

 

A Light Cut Through Into the Darkness

 

曲が終わった。

デーナはそのまま何も言わずに、曲が終わるとリリアンから離れる。
「大佐の所に戻れ。もう、終わるまでは彼から離れるな」
と、それだけ言って。

曲は明るいものに変わり、今まで抱き合って踊っていたカップルも、席に戻りだした。
その波に乗ってリリアンもペキン大佐達がいる席に戻る。
ダンもすでに戻って来ていた。

「ご苦労さん、意地悪されなかった?」
「まさか……ダンさんも、さっきはありがとうございます」
「こっちこそ。楽しかったよ、またの機会も、な」
「ええ、ぜひ」

ダンは笑っていたが、少し考えるような顔になって言った。
「けど、あの野郎は一体何やったんだ。リリちゃん、あいつの事知っとる?」
誰の事を言われているのかすぐ分かって、リリアンは言葉に詰まった。

「覚えてるかな、この前デーナを撃った……。それがのこのこと、まぁ、前から気に入らん奴やったけど、一体何のつもりだったんだか」
「……あれは……」
「女癖が悪いって噂は前からあったんやけどな。それでも外で遊んでいる分には俺らが口出しする事やない。けど今日のは嫌な感じやったな。デーナが居てくれて助かったわ」
「…………」

そうだ。
すっかり彼と一緒に踊れた事で緊張してしまったが、また彼に助けられる事になってしまったのだ。
(私……また迷惑……)
もう、迷惑はかけないようにしようと、決心したのに。
「…………」
それが、この様だ。

デーナはまだ席には戻ってこないで、離れた所で他の兵士達と話をしていた。
そして、いつの間にかホールと、ホールによく似た男は居なくなっている。
「あの、さっきの方は……帰られたんですか?」
「"さっきの方"? ああ、ホールの事か。まぁ、リリちゃんは結構いい育ちなんやな。帰ったんやろ。女取られたのが悔しかったか……」

それを前で聞いていたペキン大佐が口を開いた。
「だろうね、アレツはかなりの親馬鹿だったからな。君の事はかなり過保護にしていただろう?」
「そうですか……?」
「そうでなければ今時君ほど良い子は育たないだろう。うちのクリスティを見てくれ。もう気が強くて手に負えん」
そう言いながらも、ペキン大佐は嬉しそうだったけれど。
「でも、なんか想像つかんな。カーヴィング指揮官は厳しかったやろ、今のデーナみたいなもんで……」

またデーナの名前が出て、リリアンはドキッとした。
「そうだな。でも、あれも一人の男だったという訳だ。こんなに可愛い娘が出来れば人も変わる」
「はは、だろうな!」
そう言って、ダンは笑いながらリリアンの顔を覗きこんだ。

「気を付けてな。奴やなくても、きっと狙ってる奴はいるんだから」
「あら、ダン君こそどうなのかしら? そろそろ腰を落ち着けてもいい年じゃない?」
「……年の事は言わんといて下さいよ、シーラさん」

結局ホール達は居なくなり、デーナも殆ど席には戻ってこなかった。
それでもペキン大佐夫婦やダン、途中からはマリも来て色々な話をしながら時は過ぎていく。
楽しい時間だったはずだが、心はどこか落ち着かなかった。

ホール・セリーの事。
そして、デーナと踊った、あの数分の事が気になって……。

まさかこんな事になるなんて思っていなかった。
結局、話すことは殆ど出来なかったけれど。
――それでも。
近くに感じたあの彼の体温が……。
未だに心から離れなかった。

 

夜もだんだんと更けてきて、子供連れの家族はすでに帰りだした。
ペキン大佐達も、そろそろ、と腰を上げだす。

「じゃあ、私達はそろそろお暇(いとま)しようかな。お前達はどうする?」
「俺は今週は実家に帰る予定やから……。遠いし、そろそろ帰るかな。リリちゃんどうする?」
「私は残る予定なんです。皆さん帰られるんだったら、私も部屋に戻ります」

周りを見回してみたが、ホールは居ない。
結局あの手紙は、本当にただの悪戯だったのだろうか。
少しホッとして、胸を撫で下ろす。

結局デーナとは殆ど話を出来なかったが……。

(でも、贅沢言っちゃだめよね……)

ホールから庇うためとは言え、一緒に踊る事ができた。
数分の出来事だったけれど、今のリリアンにとっては、充分すぎる程の幸せだ。
近くに感じた、ぬくもり。
握った手の感覚。
彼にとってはホールを遠ざけるための方便だったのだろうけれど、それでも嬉しかった。

ペキン大佐夫婦とダンが帰ろうとする頃には、すでに会場もあまり人が居なくなっていた。
挨拶を済ませると、リリアンも部屋に帰るつもりだった。
会場からリリアン達の寮までは、歩いても数分と掛からない。
基地の敷地内だし、寮の前には監視も付いている。
出来ればマリと戻りたかったが、あいにく彼女の姿は見つからなかった。もう戻ったのかも知れない。
そして、デーナも。

(帰っちゃったのかな……。でも、今週末は残るって)

最後に挨拶くらいはしたかったけれど、居ないものは仕方が無い。
そう思って、帰ろうと席を立った。

会場があった建物を出ると、そこから寮までは200mもない。
ただ、寮のすぐ前には明かりも監視もあるが、その手前はただ暗い道が少し続いている。
(大丈夫よね、これもあるし……)
リリアンはポケットの中に忍ばせていた小さな筒状の物を確認した。何かあった時の為にと用意した、小型の催涙スプレーだ。

それを手に持ち、会場を出た。
外は既に真っ暗で、まだ緩やかな雨が続いていた。
手で頭を覆うようにして、会場から走り出した……その時。

突然後ろから強い衝撃を感じて、痛みと共に、目の前が真っ暗になった。

 

 

「あの、フレスク指揮官?」
突然掛けられた声に振り向くと、そこに居たのは給仕係の一人だった。
たしかリリアンと同室の……。

「すみません、私給仕のマリ・ガードナーです。ちょっとお聞きしたいんですけど、リリアンを見かけませんでした?」
「?」
「あの、私と同じ給仕の……。綺麗な顔をした子です」
「彼女がどうかしたのか?」

「実はまだ帰ってこないんです。私、少し悪酔いしちゃって先に部屋に戻ったんですけど、中々あの子が来ないんで戻ってきたら、ここにも居なくて」

――会場の中。
もう殆ど人は居ない。
数人、少し飲みすぎた兵士達が悪ふざけをしている位だ。
デーナはあの後、一度部屋に戻った。が、まだ戻ってこない兵士達を会場から引き上げさせる為に戻ってきたのだ。
いつも数人だが、酔って会場で寝てしまう困った連中が居る。それを引っ張り出すのがいつものデーナの役目でもあった。

「家に帰ったんじゃないのか?」
「いえ、今週は残ってるはずです。それに、ちょっと気になる事もあって心配になって……」
「気になること?」
マリは言ってしまって、しまった、というような顔をしたが、声を落としてデーナに言った。
「実は何日か前に……あの子宛に手紙を預かったんです。それを見せたら、あの子は"悪戯だった" って言って捨てていたんですけど……」
そう言いながら、マリは手に握った物をデーナに差し出した。
「先刻、片付けようとしたらゴミ箱から出てきたんです。それで心配になって……」

デーナは紙を広げた。

「…………」

「あの、指揮官……」
デーナの表情をみて、マリが固まった。
「――これは誰から受け取った?」
「えっと……名前は分かりません。急にパッと渡されただけで……」
「相手の顔は?」
「それは、金髪で青い目の……」

そこまでマリが言うと、デーナは広げた紙をマリに押し返した。
「部屋に帰っていてくれ。彼女は俺が探しておく」
そう言ってそのまま大股で会場から出て行った。

(くそっ!)
会場から出て、デーナは自分に悪態をついた。
外はまだ雨が降っている。
苛立った。

どうして――
彼女は来たんだ。
こんな手紙を受け取っていたなら、絶対に来るべきではなかった。
しかも差出人は、名前は分からなくても想像はついた筈だ。

(あの女は……)
何故。
自分と話がしたかったと言っていた。
それから、礼を言いたかったとも。

意外な返事だった。
ペキン大佐に招待されたあの夜以来、きっと彼女はもう自分には近づかないだろうと思っていたのだ。
その為に、わざと冷たくした。
これ以上、彼女に自分の中に入ってきて欲しくなかったから……。

あの時、ホールに近づかせない為とは言え、リリアンを奪うように手を引いた。
そして、体を近づけた。
彼女も最初は驚いていたようだが、またあの瞳をデーナに向けてきた。

……逃げ出したかった。
そのまま遠ざけて、そうすればこれ以上あの瞳に囚われずにすむ、と。
そしてそのまま曲が終わると突き放すように離れた。そしてそのまま戻らなかった。しかし……そうするべきではなかった。

だが今はそんな事を後悔している場合ではない。
すぐに外に出たデーナは、辺りを見回した。

もしホールがリリアンに対して乱暴をしようとしているなら……何処へ行くだろうか。
基地の外に出る為には、強固な門があり、許可証なしでは簡単には出られない。
とすれば、まだ基地内に居るはずだ。
しかも基地内にも監視が数箇所に配置されている。遠くへは行けないはずだ。

デーナが辺りを素早く見回すと、地面に何か見慣れない物が落ちているのが見えた。
会場の裏口へと続く狭い通路への入り口。
壁に挟まれており、明かりも無く、そこを通るものは殆どいない筈だ。
通路の先は、2ヶ月前にホールがリリアンを襲おうとした、会場の裏へ続くはずだ。

急いで地面に落ちていたそれを拾い上げると、懸念が確信に変わった。
催涙スプレー。
女性がよく護身用に使う、とても小型な物だ。

デーナはそれを握り締めると、そのままその通路を進んだ。

 

「お、やっと起きたな、お嬢さん」
目が覚めると、目の前には……あの男が居た。
ニヤニヤと歪んだ笑みをリリアンに向けて。

「ホール……セリーさん……?」
「おっと、まだちゃんと起きてないのかな。まぁ、確かに似てるからね。でも俺はホールじゃない。」
「…………?」
「弟だよ、エクスターだ。よろしく、"リリアンちゃん"」

何が起きたのか思い出そうとして、頭に痛みが走った。
「…………ここ、は……」
痛みに、ようやく視界が開けてくると、そこには悪夢のような光景が広がっていた。
真っ暗な中に重く降りしきる雨。
自分が、そのまま泥の上に投げ出されるように座らされているのに気が付いた。背にはコンクリートの壁が当たる。全身が雨に濡れて。
目の前に居る男も、雨に濡れていた。
しかし、気にしていないようだ。

「起きたか、おい、早くしろ。奴が来たら厄介だ」
「はいはい、分かりましたよ兄さん。大体、兄さんがドジったからいけないんじゃないか……」
もう一人、男の声がした。

しかし、それは忘れなれない……。
ホール・セリー本人の声だ。

「あなた達……」
「あんたが大人しく抱かれないから悪いんだよ。まったく手間を掛けさせてくれたな」
「……なに、を……っ」
立ち上がろうとすると、ホールの弟だと名乗った男が、リリアンを壁に叩きつけた。
「…………っ!」
「大人しくしてりゃ、悪いようにはしない。言ったはずだ。おい、エクスター……早くしろよ」
「はいはい、ちゃんと見張っててくれよ。まぁ……役得だな。綺麗な顔してる……」
リリアンが叫ぼうとすると、エクスターと呼ばれた男が口を塞いだ。
「運が悪かったね、お嬢さん。うちの兄さんは一度女に目をつけると手段を選ばなくってね……ちょっと我慢しててくれよ」
「……んっ……!!!」

(どうして……っ!)
――分かっていた筈だったのに。
あの手紙を受け取った時から。来るべきではなかった……それなのに。
リリアンは必死で抵抗しようとしたが、ビクともしない。
(嫌っ…………!)

その時、襲い掛かろうとしてきたエクスターを止めた声は、意外にもホールだった。
「おい、止めろ! 感づかれたらしい……くそっ!」

リリアン達から少し離れた場所に立っていたホールが、突然声を上げてリリアン達の方へ走ってきた。
「もうちょっと持つと思ったのにな」
エクスターが口を塞いだままのリリアンを無理やり立たせた。
「……んーっ……!!」
「大人しくしてろよ」
耳元でささやくエクスターの声に、背筋が震えた。

雨の中。
壁と建物の裏に囲まれた、狭くて暗い空間。そこに響く、低くてはっきりとした、強い声。

 

「何をしている」

リリアンには、声の主はよく見えなかった。
ただ、"分かった"。 ――それが、彼だと。

泣きたくなった。もう絶対に、迷惑だけは掛けたくなかったのに……。

「こんばんは、フレスク指揮官」
「…………」
「実はさっき、あなたに獲られてしまったんで……今から楽しもうと思って」
「……そいつを離せ」
「そう言わず……どうです、一緒にっていうのは?」

ホールがそこまで言うと、デーナが近づいてきた。
リリアンからも、顔が見える距離まで。

「おっと、待ってくださいよ、指揮官? また俺を殴ろうとしたら、この女がどうなっても知りませんよ。こいつも一応鍛えてあるんです」
そう言ってホールが、エクスターとリリアンに視線を向けた。エクスターの腕に力が入って、リリアンは顔を歪めた。デーナはそれを一瞬だけ横目で見て、静かな口調で続ける。
「……何が望みだ?」

「そうだな、この女を犯って、ついでにあなたの事を殴れたらすっきりするでしょうね。でも……」
ホールとデーナが目の前に向き合った。
そしてホールが、デーナの右肩を掴んだ。
「今日はこれで我慢しますよ」
そう言うと、肩を掴んだ手に力を加えた。

(やめて!!)
リリアンは声にならない悲鳴を必死で上げた。
彼は肩に怪我をしている――。
まだ本当に完全に治ったわけではないはずだ……。

暴れようとしたリリアンを、エクスターがさらに強い力で押さえつけた。
「……んっ!」
あまりに強い力で、息が出来なくなる。

デーナの肩に、うっすら血が滲んでくるのが分かった。
リリアンから涙が溢れた。
それでもデーナは、ホールを睨む表情を崩さなかった。

「何故かは分かりませんけど、俺の事を報告できない理由があるんでしょう? 最初にこの女を襲ったときも、あなたを撃った時も何も報告しなかった位だし……」

そう言って、ホールがニヤッと笑った。
(駄目っ……!)
リリアンが心の中でそう叫んだ。目を開けていられずにキュッと閉じると、バキっという鈍い音がした。

「今日はこの辺にしておきますよ」
「兄さん、この女は?」
「置いとけよ、帰るぞ」

ホールがそう言って走り出すと、エクスターがリリアンを離した。
「きゃっ!」
そのまま支えを失ったリリアンが地面に倒れる。
それには見向きもせずに、エクスターはホールの後を追って走り去った。

後にはデーナとリリアンが、雨と土の中に残される。
「フレスク指揮官……!?」
リリアンがやっと立ち上がってデーナの元に駆け寄った。
暗くてよく見えないが、シャツに血が付いている。
「どうして……」
リリアンが震える手を、デーナの顔に近づけると、彼はその手を乱暴に掴んで止めた。

暗闇の中……。
二人の視線が絡み合う。

リリアンを見たデーナの瞳が――怒りに燃えているように見えて。次の瞬間には、リリアンの手を握るその手にまた一層の力が入った。

「どうして来たんだ! あんな手紙を受け取ったなら何をされても当然だ!!」
そして、吐き出すような怒鳴り声が響く。
「それが望みだったのか!? あいつらなら平気であんたを犯して殺せるんだ!」
「……あ……」
「いい加減にしろ、何の為にあんたはここに居るんだ!!」

怒鳴りつけながらも、デーナはリリアンの腕を強く掴んだまま。
唇からも、血が滲んでいる。
ホールに殴られた跡だ――

「ごめん……なさ……」
「謝るな、どうしてここに来たんだ!!」
「……ごめんなさいっ……」
「…………っ!」

震えながら涙を溜める瞳と、熱く燃えるような瞳が互いに絡み合う。
二人は、そのまま見つめ合った。

雨の音だけが、二人の間に聞こえる。

 

デーナは怒りの行き場を失って、目の前で震える少女を抱きしめた。
それは……無意識に。

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