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その瞬間に、脳裏に浮かんだもの。
何故だろう……

あの瞳は、自分を苦しめる――ような気がする。

 

Obstinate Intensify 〜深まる溝〜

 

デーナは自分から正面の入り口を破り、犯人達と人質達がいる室内へと入っていった。明け方、夜通しの緊張で疲れ切っていた犯人達は、突然の襲撃に対応できなかったようだ。おまけに犯人の中の一人は、仮眠中だった。
今までデーナが経験してきた中で、最も楽な"現場" だと言える程だ。突然の部隊の急襲に、犯人達は反撃しようとしたが、武器を手に取る間もなくデーナが一人、そして裏から入ってきた別の兵士達が他の二人を捕らえた。――そこまでは良かった。

デーナは捕らえた犯人の両腕を後ろから羽交い絞めにする形で引きずり出した。抵抗しようとしてきたが、デーナにとっては何でもないものだ。
その時点ではまだ、中の様子が分かっていなかったデーナは、捕らえた犯人の両腕を押さえたまま叫んだ。

「ロゼ! 中はどうだ!」
「指揮官、二人捕らえました! 人質は無事です!」

ロゼ軍曹のその言葉に、デーナは自分が捕らえた犯人を他の兵士に預けて、建物の中に再び入ろうとした。その時。

突然"うわっ!" という叫び声が聞こえると、ロゼたちが捕らえた犯人の一人が逃げようとした。袖の中に小型のナイフを隠していたのだ。それで捕らえていた兵士の腕を切りつけ、走って正面の玄関から逃げだそうとした。――しかし、それはまさにデーナの方へ真っ直ぐ走ってくる形だ。

逃走した犯人が正面口から出てくる。あまり良い判断とは言えないが、死に物狂いなのだろう。
デーナは犯人をまた捕らえるために進んだ。そして、一瞬うろたえた犯人をすぐに捕らえてた。

大胆な行動に出られるのも、後衛があってのことだ。もしホールが信頼するに値しない腕なら、こんな事は出来ない。が……
その時、ズキューン! という銃声と共に、肩に激痛が走った。

「……!!」
その瞬間は、何が起こったのか分からなかった。
自分の肩に激痛が走り、犯人が「ぐわぁっ!」と叫ぶのが聞こえた。
犯人を抱えたままの形で地面に膝をつく。すぐに冷静になってみると、犯人の肩が撃たれているのが分かった。そして、それが貫通して自分の肩にまで届いている――。

膝をついたデーナを見て、後方で控えていた兵士達が一斉に、デーナと犯人の元へ駆けつけてきた。
すぐに犯人をデーナから引き剥がし、連行していく。

「フレスク指揮官……! 大丈夫ですか!?」
「ああ……もう一人は……?」
「ロゼ軍曹が連行しました」
「……誰が撃ったんだ?」
自分の肩を抑えながらデーナが訊いた。

「俺です」
――答えたのは、後方にまだ控えたままのホール・セリーだった。

 

 

「それで、怪我をしたって言うのは……」
「どうもデーナらしいのよ。まだ詳しくは分かっていないんだけど、犯人じゃなくて兵士に撃たれたんですって」
「撃たれた!?」

そのサリの言葉に、リリアンは自分でも蒼白になっていくのが分かった。
デーナが撃たれた? それも味方に……?
取り乱した雰囲気のリリアンに、サリが話を続けた。

「私も今さっき、ペキン大佐から連絡を受けたところなのよ。出動した兵士達はやっと今、戻ってきたところらしいの。でもデーナは病院に行ったでしょうね」
「そんな……酷いんですか……?」
「命には別状は無いらしいけど……まぁ、こんなの初めてよ、味方に撃たれるなんて……! 事故でしょうけど、酷い話ね」
「…………」

嫌な、予感がした。
戦闘中での事故かも知れないが、一体誰がやったというのだろう。

「でも、捕らえられていた人質は皆、無事に解放されたそうよ。今頃ニュースで流れていると思うわ。それは良かったけれど……」
ふぅ、とサリが頬に手をついてため息をついた。
真っ青になって泣きそうな表情のリリアンを見ると、サリがなだめる様に言った。

「大丈夫よ、命に別状は無いらしいわ。心配なら、今夜にでもお見舞いに行ってらっしゃい」
「え……」
一瞬、サリが何と言ったのかリリアンには分からなかった。お見舞い……?
「すぐ隣の病院に行ったはずよ。家族や基地で働いている人間なら、自由に出入りできるの」

その朝。
いつも通りに食堂に朝食の準備のために来たリリアンは、何か異変を感じた。妙に静かなのだ。いつもなら、兵士達が起き出し、遠耳にも朝のざわめきが聞こえるものだ。それがない。
変に思いながらも、とりあえず準備を始めようとすると、サリが神妙な顔で厨房へ入ってきた。そして、昨夜のうちに起こった出来事、そしてデーナが撃たれた事を話した。
サリは年長であり、厨房の責任者でもある。こういった事は、ペキン大佐から先に連絡されるらしい。

「お見舞いなんて、できるんですか……?」
「ええ、自由時間なら大丈夫よ。基地のすぐ隣だもの、歩いても五分くらいかしらね」
「……でも」
サリは気を利かせて言ってくれているのだろう。直接そう告げたわけではないが、勘のいいサリなら、すでにリリアンがデーナの事を気にしているのは分かっているはずだ。

「でも、……きっと迷惑になりますから……」
「迷惑なんてあるわけ無いでしょう! 私も出来たら行きたいんだけど、暇が無いのよ。リリアンちゃんな夕方からは非番でしょ?」
「それはそうですけど……」
「兵士達は夜まで無理だし……デーナは家族がいないのよ。誰か行ってあげた方がいいでしょう」
「そ、それならフィラさんに」

――と、言ったところで、ちょうどフィラが入ってきた。
「あら、どうしたの今朝は。何か静かね? 何かあったの?」
「何かじゃないわよ。昨夜に人質事件が国境近くであって、うちの三分の一は出動してたのよ! 今やっと帰って来たところよ。でも皆、食べる気はしないでしょうね」
「人質事件!?」
「そう、テロリストが人質を取って立て篭もったんですって。幸い、うちの子達が開放したらしいけど、デーナが怪我したのよ」
「フレスク指揮官が? それはまた……」

一番、怪我などしなそうな人間が……とフィラは思ったが、それは口にしなかった。

「それで、リリアンちゃんにお見舞いに行きなさいって言ってるところだったのよ。でもこの子ったら遠慮してるみたいで……あなた行きたい?」
「なんで私が……リリアンちゃんが行った方が喜ぶでしょうよ」
「喜……」

リリアンは言葉を失った。誰がどう見ても、デーナは露骨にリリアンを無視していたし、嫌っているのが分かるだろう。
「でも私、嫌われてると……」
「うぅ〜ん、確かにそうっぽく見えるけど、実際、そんな事ないと思うわよ。たまに遠くからリリアンちゃんの事見てるもの」
「え」
「ああ、それ、サリさんも気が付いてた? 最初は本当に嫌がっているのかと思ったけど、実は気になってるんじゃないかしら」
「そ、それは……」

あり得ないと、思う。小学生ならともかく、彼はもう立派な大人だ。
でも……サリとフィラの言った事が、リリアンには少し嬉しかった。
そして、お見舞いも確かに行きたい。怪我をしたなんて……大丈夫なのだろうか。サリは命には別状は無いと言ったが、だからと言ってそれが軽い怪我なのかどうかは分からない。
なにより無事な顔が見たい……。

迷っているリリアンの気持ちを察したのか、サリがリリアンの肩にポンと手を乗せた。
「行ってらっしゃいな。嫌がられたらすぐ戻ってくればいいのよ」

 

とりあえず、その日の朝、昼とリリアン達は働いた。
とは言え、いつもより食堂に来る兵士の数は少なく、二人の指揮官―ダンとデーナ―も顔を見せなかった。隊の指揮は、別の一ランク下の軍曹が取っているようだ。

――それは分かる。
ああいった一大事の後なら、ダンもする事があるのだろう。しかし同時に、ホール・セリーも顔を見せなかった。努めて無視するようにしていたが、いつも、あの端正な顔を歪ませるような醜い笑いをリリアンに向けてきていたのだ。それが今日は無いのでホッとしたが、同時に、なにか嫌な予感が胸にした。

他に食事に来なかった兵士も何人かいたので、深くは気にしなかったが――
その予感は時間が立つにつれ少しずつ深くなっていった。

 

夕方頃、昼食の片づけを全て終えると、リリアンにとっては自由時間だった。
許可を取れば基地の外にも出ることができる。

サリの言った通り、クレフ基地の傍には軍人専用の病院があり、特に外科がかなり優秀な事で有名だった。一般人も、そこでしか受けられない治療があるときなどは、入院を許可されている。
基地から外に出るが、歩いて五分程度の距離で、「クレフの付属病院」と呼ばれる所以である。実際には別の名前があるのだが。

リリアンは少し悩んだ。
行きたい。でも、行ったら迷惑になるかもしれない。
多分、いや、絶対、なるだろう。
でも……顔を見たい。無事な姿をこの瞳で確認したい……。

(そう……! 遠くから見るだけ、顔を見るだけで帰ってくればいいのよ!)

実際に病室に入ったりしなければいいのだ。顔を見る事が出来なければ、医者なり看護婦なりに詳しい様態を教えてもらえばいい……。そう決心して、リリアンは基地を後にした。

 

 

病院に着くと、まず大きな入り口の正面に受付があった。
綺麗な白石作りの建物は、清潔感があるが、同時に少し冷たい感じがした。

(変わらないのね)
と、ふとリリアンは思った。父が亡くなったときも、ここに通された事がある。
彼はすでにこの病院に運ばれた時、息は無かったけれど。

一瞬、足が重くなって思いとどまったが、息を呑んで進んだ。
(彼は……フレスク指揮官は大丈夫だもの。怪我しただけだって……)
受付まで進み、自分の身分と用件を話した。
受付嬢は、リリアンを見るとその美しさに一瞬息を呑まれたようだ。この病院も、殆どの患者は男なのだろう。リリアンの様な客は珍しいのかも知れない。

「デーナ・フレスク氏ですね……ここを上がった二階の突き当たり近くの部屋ですよ。もう治療も終わって安静にしているところだと思います。たしか、ペキン大佐ともう何人かの軍人さんとお話中だと思いますけど」
「そうなんですか……じゃあ、出直したほうがいいでしょうか」
リリアンが残念そうな、しかしホッとした様な顔でそう言うと、受付嬢はちょっと考えて言った。

「いえ、こんな綺麗な彼女が来てくれたのに、追い返すわけには行かないでしょう。大丈夫ですよ。ちょっと待ってください……」
といって、サッと傍にある受話器に手を掛ける。
「二〇六号室ですか……? はい、受付ですが、お客様がお見えになって。……え、すごく綺麗な女性ですよ。 ……はい、分かりました」

カチャリと静かに受話器を置くと、リリアンの方を見て微笑んだ。
「なんだか南方方言の方が出ましたけど、名前を言わなくても分かったみたいですよ。上がってきて大丈夫との事です」

ダンも病室にいるらしい事が分かった。
なんだかこうなってくると逃げ出したい気持ちになったが、精一杯の思いで立ち留まった。
「ありがとうございます」
といって二階に上がっていこうとするリリアンを、受付嬢はニコニコしながら見送った。

二階に上がると、通路にダンが立っているのが見えた。
向こうがリリアンに気が付くと、こっちこっち、と言うように手招きした。

「よぉ来たな! リリちゃんは本当にええ子や。あの馬鹿の見舞いにまで来てくれんのやから」
「あの、フレスク指揮官は……大丈夫ですか? 撃たれたって伺ったんですけど……」
「そうなんや。ホール・セリーっちゅう、デーナ以上に馬鹿な男がおってな。犯人を撃とうとして、一緒にデーナまで撃ちおったんや」

…………!
ホールの名前を聞いたとたん、リリアンは心臓が飛び跳ねるのを感じた。
デーナを撃ったのはホールだった・・・?

「今、大佐も一緒に事情を聞いてるいた所や。あの野郎、必要も無いのにデーナが捕らえた犯人を撃ちおって、おまけに一緒にデーナまで怪我したって訳や。馬鹿みたいな話やろ?」
「必要も無いのに……?」
リリアンは自分が震えるのを感じた。
身体から血の気が引いていくような感覚――。

「まぁ、デーナが相手だったんだから必要なかったやろう。確かに暴れようとしとったから、状況によっては撃つべきやったんやろうが……相手はデーナや。わざわざ撃たなくてもええって事ぐらい、分かってたはずなんだけどな」
「…………」
何と言っていいのか分からない……。立っているのが、やっとで。
答えないでいると、ダンが少し困ったような顔になってリリアンの頭に手を置いた。

「すまん、女の子に変な話をしたな。とにかく怪我も大した事じゃないし、病院も2、3日で出れるらしい。気にする事ないよ」
「はい……あの……」

話続けようとしたところに、ちょうどホールとペキン大佐が出てきた。
――先に声を上げたのはペキンだった。
「リリアンちゃんじゃないか!? どうしたんだ、こんな所で!」

その、独特の低く、そしてよく響く声を張り上げた。
これで間違いなく部屋の中にいるデーナに知られてしまっただろう……。顔を見るだけだったつもりだが、どうも無理そうだ。

「ご無沙汰しています、ペキン大佐。あの、フレスク指揮官が怪我をなさったって……」
「そうだ、ここに居るこの坊やが間違って撃ちおってな。まぁ、大したことはない。すぐ直るだろう、丈夫なのだけが取り柄だからな」
そう言って、隣に居るホールを視線で指した。

「…………?」
ペキン大佐も、ダンも、あの夜の事は知らないのだろうか。
デーナは話さなかったのだろうか……?

「すみません。本当に不注意でした」
ホールは、わざとらしい位に潮(しお)らしくペキン大佐に言った。
「謝ってすむ世界じゃないんだ。今回はデーナも犯人も怪我だけで済んだから良かったが、次はないからな。当分実戦にも加えない」
「本当に申し訳ありません」

そのホールの態度に、リリアンは困惑した。
――この男は何を考えているのだろう。
本当に事故なのだろうか……それとも……?

リリアンは何も言えずに立ちすくんだ。するとペキンが先に口を開く。

「まぁ、今回はこういう訳だ。でもこれから報告書やら何やらが色々とあってね……。リリアンちゃん、良かったら今度うちに来なさい。妻も喜ぶだろう」
「えぇ、おっちゃん、ずるいで! おっちゃんの家なんて、俺も行った事ないんやで!?」
「何のためにお前を呼ばなきゃいけないんだ……。まぁ、そのうち招待しよう。家内が人好きなんでね」
そう言うと、仕事があるから、と早足で廊下を進んだ。

「ダン、お前もだ! さっさと任務に戻れ!」
太いペキン大佐の声が廊下に響いて、ダンも形だけの挨拶をリリアンにすると、廊下に消えていった。

これから大佐は事件の報告書を書く必要があるのだろう。
ホールも連れて行ったところを見ると、まだ彼に事情聴取をする必要があるのかもしれない。

(フレスク指揮官は……あの夜の事を話していないの……?)

 

ホールがデーナに恨みを抱くような事が起きていたのが分かったなら、ホールが軍法会議で有罪になる可能性は高い。
必要性があったのならともかく、不必要だと思われる場面で発砲したのだ。
実際は犯人に向けて撃ったようだが、犯人ともみ合う形だったデーナにはかなりのリスクだったはずだ。そして実際怪我をした。

一人白い廊下に残されたリリアンの心の中に、様々な事が浮かぶ。
もし、デーナへの逆恨みでホールが撃ったのだとしたら、それは自分のせいだ……。

デーナはペキン大佐達にその事を報告しなかったようだが……。
彼本人は、分かっているはずだ。

(そんな…………)

自分のせいで、彼が怪我を……。
リリアンは何も考えられないまま、病室の扉を開いた。

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