/Four Seasons/Psalms Index/掲示板/

すべては順調に進んでいた。
――席をたった、その時まで。

 

Fears that Expected

 

リリアンは食事の席を立って、1人でマリに言われた方へ歩いていった。
席はダンのお陰で盛り上がっていたし、邪魔してはまずいと思い、マリ以外には何も告げずに。

言われたとおり会場の奥の方へ行くと、人気のない通路があり、その先にお手洗いがあるようだった。
リリアンが通路に出ようとすると、その時。
突然、大きな影が彼女の前を遮った。

「こんばんは、君、新しい給仕係の子だよね?」
「……?」
突然話しかけて来た、その目の前の影を見上げる。背の高い金髪の男性が、リリアンのの行く先を遮るように立っていた。

「はい、そうですけど……」
答えながらその男の顔を見上げる。
綺麗な顔をしているとは思うが、そこに浮かべられた笑顔が嘘っぽく感じて、リリアンは一瞬警戒した。

「実は君の事、よく食堂で見かけてて可愛いと思ってたんだ。ダン・ファス指揮官なんかがいつも居たから話しかけられなかったけど、俺はホール・セリー。よろしく」
「……こちらこそよろしくお願いします。でも、あの、私……今、お手洗いに」
「分かってる。でも、話がしたかったんだ」
「はい……でしたら、よかったら皆さんと一緒に……あちらで、皆盛り上がってますよ?」

そう言って、リリアンが先に進もうとする。しかし、ホール・セリーと名乗ったその男は、壁に手を押し付けてリリアンの行く手を遮った。

瞬間、人気のない通路がシン……と静まる。

「そういうんじゃないんだよ。分かるだろ……?」
「わ、分かりません。その、道を空けてください」
リリアンが上目遣いでキッと睨みつけると、ホール・セリーはフンと鼻を鳴らした。
「こんなチャンスはここでは滅多にないしな……」

「どういう……」
リリアンが一歩、本能的に後ずさる。
しかしホールはさらにリリアンとの距離を縮め、素早く彼女を壁に押し付けた。
リリアンの前にホールが立ち、両腕を壁に当てる。壁と彼に囲まれてしまった格好だ。

「…………!」
何が起ころうとしているのか悟り、声を出そうとした瞬間、ホールがリリアンの口を押さえた。

「……っ!!」
「騒ぐなよ、あんたも好きだろ? こんな所にまで女一人でやって来るくらいだしな……」
叫ぼうとしても、声にならない。
彼も鍛えられた兵士の一人だ。リリアンのような女性が力でかなう相手ではない。

それでも必死で抵抗しようとすると、ホールが舌打ちした。
「あんまり暴れるなよ、人に気付かれたらまずい。さてと……」

ホールは無理やりリリアンを抱きかかえ、傍にあった扉を開けた。
扉には"非常口" という表示があり、そこを出るとすでに外だ。会場の裏手に出ることになる。

必死に抵抗しようとするが、とても適わない。
彼はそのリリアンの姿を、楽しんで見ているようだった。

「んー!! ……!!」
「可愛いな。変に抵抗しようとすればするほど、男は興奮するんだぜ? 大人しくする事だな」
「…………っ」

会場の外は寒かった。そして誰もいない。
クラシッドは乾いた気候なので、日中と夜の温度差が激しい。
――会場の中で掛かっている音楽が遠くに聞こえる。中の人達の笑い声。

抵抗しようとするリリアンを、ホールは抑え、上に覆いかぶさる形になった。
その間も口は押さえられている。なんという力なのだろう。

会場の中に声は届かない。
ここまで来る途中の通路には、ほとんど人気がなかった。
ここは建物の裏側らしく、誰もいないし人目にもつかない。湿った、暗い、陰険な場所だ。

無駄な抵抗と分かっていても、逆らない訳にはいかない。
必死で声を出そうとし、ホールの腕から逃げようともがくと、それを抑えようとしたホールの手がリリアンの口からずれた。
その時、リリアンはとっさに彼の手に噛み付いた。

「くっ! くそっ!! 何しやがる!」
「きゃっ!」
とっさに、それとは逆の手で、ホールがリリアンを張り倒した。
「手間掛けさせやがって、この小娘!」

叩かれた衝撃でリリアンは地面に倒れた。ホールは再びリリアンを押さえ、さらに強く彼女に覆いかぶさった。
そして今度はしっかりとリリアンの口を塞ぎ、ニヤリと笑う。
整った顔立ちが、醜くゆがむ。

恐怖に蒼白になったリリアンを見て、ホールはその耳元にささやいた。
「大人しくしてな……。今にいい思いをさせてやる……」

 

――もう、恐怖以外の何も考えられなくなった。
ホールが彼のベルトに手を掛けようとした瞬間、全身が凍ったような感覚になる。

(嫌…………っ!!!)

声にならない声で叫びながら、リリアンは震えた。
ホールが息が掛かるほど顔を近づけてきた瞬間、我慢しきれずにギュッと目を閉じた。

その、瞬間。

最初は、何が起きたのか分からなかった。
突然、バキッ! という大きな音がして、何かが倒れるような音が続けてする。
自分に覆いかぶさっていたホールが、横に倒れるのが分かった。

(え…………?)

突然背後から捕まれ殴られたホールは、地面に倒れていた。――顔を上げると、そこには一人の男が立っている。
ただし外は暗くてよく見えない。
「な……っ! 誰だっ!?」
ホールは、血が滲んでいる口元を拭いながら、叫んだ。

相手が答えないと、ホールは立ち上がって相手の胸倉を掴もうとした。
が、一瞬でかわされ、またホールは地面に落ちる。

「いい加減にしろ、ここは遊び場じゃない」

倒れたホールに冷たく言い放った声は――
彼が、毎日聞いているもの。 そう、間違えるはずもない。

「フレスク指揮官……!?」

ホールは一瞬で蒼白になった。
――この世で最も、敵に回したくない相手だったのだから

/Back/Index/Next/
inserted by FC2 system