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週末が始まる。
ただそれだけなのに、心が躍る。

 

Party's Begun

 

朝、いつも通りに食堂へ行く。
何も変わらないはずのいつもの光景が、少し特別なものになっていく。

デーナがいつも通りに朝食のために食堂に入ると、すでに数人の兵士達が食事を取っていた。
明らかにその中の数人は、チラチラと厨房の方を見ている。
リリアンを気にしているのだろう。

(…………)

どこか晴れない気持ちを抱えながら、またいつも通り、適当に自分で朝食を取って席に着く。
しばらくすると、ダンも食堂に入ってきた。
デーナに気付くと軽い視線を送ってはくるが、そのまま厨房へ入っていく。
――最近いつもこうだ。
もともとサリとダンは馬が合うらしく、よく話しはしていた。が、こう毎日入り浸るようになったのは最近……もっと具体的に言えば、リリアンが来てからだ。

遠目にも、ダンがリリアン達と何か話しているのが見える。
そのまま数分すると、ダンは戻ってきた。 ダンは簡単な食事を手にして、デーナが座っている席の前に着く。
「おはようさん。何や、浮かん顔しとんな?」

「別に普通だろ」
「そうか? ならええけど。お前、今夜来るん?」
「今夜?」
「夜、また親睦会があるやろ」
「来るも来ないも、俺は今週残ってるんだよ。食事だけさせてもらう」

デーナが素っ気無くそう言うと、ダンが声を上げた。
「今週もか! お前一体、最後にいつ休んだんや!? そのうち過労死するで!」
「別に、帰ったって何も変わらない。家族がいる訳でもないし、その分家庭がある奴を帰してやった方がいいだろ」

このクレフ基地は、ほぼ全員が寝食を共にしている。しかし、月に数回は休暇があり、家に帰ることが出来る。
兵士といっても家族がいる者も多いし、若い独身の兵士は、両親の家へ帰ったりする。
必ず毎週休みが取れるわけではないが、今週休めなかった者は次の週に休暇を取ったり――という風に対応している。

「意外と部下思いだよな、デーナ指揮官は」
「意外とは余計だ」
「そうは言っても、休みぐらい必要やろ。来週は俺が残っててやるから帰るんや。いいな」
「…………」
「大体な、お前の人生にはもっと潤いっちゅうもんが必要や」
「……必要ない」
「いや、ある。自分でも分かってるはずや」

ダンは、確信があるような強い口調で、そう言った。それを聞いて、デーナはダンを厳しい視線で睨み返す。
――普通はこれで相手が怯むのだが、ダンに限っては通用しない。

「お前こそどうなんだ、今夜は来るのか?」
「ああ、リリちゃんも来る言うとるし……俺も食事だけさせてもらう。夜には帰るけどな」

そう言って、ダンは厨房の方を振り返った。デーナもつられるように振り向く。
彼女達が忙しそうに働いているのが見える。

「――惚れたのか?」
「や、まだそういうのとはちゃう。ただ、すごくええ子やと思うし、俺は美人は皆好きや」
「…………」
「一体何が気に入らんのや? 気も利くしええ子や、優しいし頭も悪くない」
「別に理由はない。……生理的に、かな」
「は!? お前、ホモちゃうんか?」
「阿呆か……」
「違うんやったら一体何なんや! 仕事のし過ぎて頭がおかしくなったんとちゃうんか? もう、本当に来週は休むんや。いいな」

ダンがそこまで言うと、周りにだんだんと兵士が集まってきた。
それを見ながら声を上げて言う。

「さぁて、今日は厳しくするで〜! 半日やしな、フレスク指揮官もびっくりの地獄の訓練にしたる!」
「えぇ、ファス指揮官! それはないでしょう〜、俺今夜、家内を呼んでるんですよ。勘弁してください!」
「こいつの所が嫌なら、俺の所に来いよ」
「げっ! ……じゃない、フレスク指揮官、それも勘弁……」

――クラシッド共和国は、小国であり周りに敵が多い事もあって、仲間同士の団結が固いことで有名だ。
あまり上下関係も気にしない。
このクレフ基地でも、訓練中は別だが、普段兵士達は皆大きな家族の様なものだった。

……特にデーナにとっては。

(他に "帰る場所" がある訳でもないんだ)

そう、心の中で呟いた。
週末の親睦会。兵士達の家族がやってくる。
クレフ基地で軍人として働きながらも、家族を持つ者たち。

羨ましいと思うわけではない。
……自分でも、持とうと思えば持てたはずだ。

だが、デーナはいつも言葉に出来ないような居心地の悪さに駆られて、食事だけ済ますとすぐに部屋に戻ることが多かった。
何度か付き合った女性を、連れてきたことはある。
基地に住んでいるようなものだし、週末だけの関係だったが……それなりに楽しんできたし、付き合うからには大切にもしてきた。
いや、しようと努力はした。
しかしどの女性も、デーナにとって、深く心の中にまで入り込める存在にはならなかった。

やがて女性の方もそれに気付くと去って行ったし、デーナもそれを追う事はなかった。
(潤い……か)
ダンが言った言葉が心の中で繰り返された。

ふと無意識に厨房の方に目を向けると、何故かリリアンが目に入った。
忙しそうにしている。
デーナはしばらくそのままリリアンを見ていると、彼女が顔を上げた。
――その瞬間、目が合う。

反射的に視線を反らした。
(…………)
あの瞳は、苦手だ。
心をかき乱されそうで――

 

 

ふ、と顔を上げた瞬間、意外な視線と目が合った。
すぐに逸らされてしまったけれど。

「あれ、今のデーナかしら。こっち見てなかった?」
「ああ、サリさんも気が付きました? 私はまた、リリアンちゃんの事見ているように見えたんですけど」
「あら嫌だわ。デーナまでリリアンちゃんにご執念なのかしら」
給仕長であるベテランのサリと、リリアンと同時期に入った給仕係のフィラが、色めき立った声で話し始めた。

「私はまた、デーナってば変にリリアンちゃんの事を無視したりして……どうしたのかしらって思ってたのよ。あの子らしくなくて」
サリが面白そうにそう言うと、リリアンは頬を染めてそれを遮った。
「サ、サリさん、フィラさんも……変なこと言わないで下さい」
けれど、リリアンがそう言った事が、かえって面白がらせてしまう。フィラは意味深に顔を緩めて、続けた。
「それはやっぱり、気になってかえって意地悪しちゃう、男の心境とか……?」

――それはないだろう……小学生ならともかく、彼はもう立派な大人だ――。
少し赤くなっているリリアンを尻目に、サリとフィラは話を続けた。

「それはどうかしらねぇ。何度か彼女を連れてきた事があったけど、紳士だったわよ、すごく」
「へえ、彼女いるんですか? フレスク指揮官って」

(え……?)
突然の言葉に、リリアンは固まった。

「いえね、結構とっかえひっかえだったのよ。あまり長続きしないみたいで。最近はあまり聞かないわね……勿体無いわよね、いい男なのに」
「そう……なんですか?」
「ふふ、リリアンちゃん、気になる?」
「え、いえ、その……どんな方なのかなって……」
「いいのよ、恥ずかしがらなくても! ほら、デーナは背も高いし顔も悪くないから、色々と女の方から寄ってくるんでしょう。本人は来る者拒まず、去る者追わずで」

サリの説明に、リリアンは心臓がトクンと震えるのを感じた。
――何故、と聞かれたら説明できない。でも、その鼓動は、明らかで。

「私、リリアンちゃんとフレスク指揮官って……中々お似合いそうに見えるんですけど」
「フィ、フィラさんっ」
「そうねぇ! いいじゃない、美男美女で!」
「サリさんも〜……止めてくださいっ」
「まぁ、肝心のデーナがあんな調子じゃね。ふふ、ごめんなさいね、おばさんのお節介ね」

そこまで言うと、兵士達が使った食器が厨房に届いて、リリアン達はそれに終われる羽目になった。
そのせいでその話題はそこで途切れたけれど……。
サリとフィラは、また他の話題を話している。
リリアンは時々相槌を打っていたが、心の中は先刻の話が離れなかった。

(彼女……いたんだ……)

当たり前だ。彼ももう30を越えているのだし。
ただ、今まで基地の中での彼しか見たことがなかったので、イメージが結びつかなかっただけで――。

デーナ達兵士は、もう食事を終えたようで、1人、また1人と外へ出て行く。
ダンや他の兵士は、出口でリリアン達の方に振り向き手を振ったりしてくる。が、デーナはただ背を向けて、出て行くだけだった。

その後姿を見ながら、何故か……言いようのない寂しさを感じた。

(私……彼の事が気になってるのかな……)

最初に、きつい事を言われたからだろうか?
いつからか彼の……デーナの事が、頭から離れなくなっていたのは。

 

分からない――

ただ、今夜。
もしかしたら、彼と話す機会があるかもしれない……。

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