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それから数日は、何気なく過ぎていった。

「おはようさん! 今日も別嬪さんやな、調子はどうや?」
こうしてダンがおどけて挨拶してくるのも、すでに日常の一部だ。

 

夕食会のお誘い

 

クレフ基地に来て5日目の朝、焼け付くような日差しは変わらない。
思っていたよりも早く仕事に馴染めたリリアンは、今日もてきぱきと仕事をしていた。

「大丈夫ですよ、皆さんにも良くして貰っています」
「そうよ、リリアンちゃんはよく働いてくれて助かってるわ。若い子がいると活気も違っていいもんよ」
「またまたサリさん、みんな若いやないか」

こんな風に朝から気軽に声を掛けてくるのは、決まってダンだ。
朝食時は、バイキング形式になっていて、普通の兵士は厨房までは入ってこれない事になっている。例外的に許可されているのは、大佐と指揮官、そして衛生班の数人だけだ。といっても、普段から挨拶でのこのこやってくるのはダンだけだ。一種の職権濫用……と言えるかもしれない。

「そういえば知ってるか、今週末に基地の祭りがあるんやで!」
「お祭り……ですか?」
突然そう言い出したダンに、リリアンがキョトンとした顔をした。

「また、ダンは。変な言い方しないの。祭りじゃなくて"親睦会" でしょ」
「違いを教えてくれへんか……サリさん」
「誤解を招く言い方をしないのって事よ。……ああ、リリアンちゃんたちはまだ知らなかったかしらね。月に一度くらい、兵士やその家族が集まる、夕食会のようなものがあるのよ」
「そうなんや。今は使われてない基地の傍の倉庫でな。倉庫いっても広いんや、昔は戦闘機をならべとった場所らしい」
「それで、私たち給仕係も参加できるのよ。もちろん希望制だけど」

そう言って、サリがダンの説明に色々と付け加える。

「そうなんですか? 知りませんでした。楽しそうですね」
「もちろん、リリちゃんも来るやろ? 一人モンの兵士はみんな期待してるよ。実は自分、確認して来いとしつこく言われとるんや」

――それは、指揮官ともあろうものが兵士に使われてる……と言わないだろうか。

クレフ基地にいる兵士たちもまた、一年中ここに留まっているわけではない。1週間に2、3日の休暇があり交代で家へ帰る。
家族のあるものもいるし、若い兵士は両親の家へ帰ることが多い。
なにかと心配の多い兵士たちの家族を招待し、互いに支えあったり情報を交換したりする場所として設けられたのが、この"親睦会" だ。

「リリちゃんも週末は休みやろ? もし家に帰りたいなら、しょうがないけども」
「でも逆に、ご家族をこっちに招待してもいいのよ。家族なら参加できるから」

ダンとサリが楽しそうにそう言う。その口調はまるで、きっとリリアンは来たがるだろうと確信しているような感じだ。
が、リリアンは少し言葉に詰まった。
そして意外な答えが返ってくる。

「あの……考えておきます、ごめんなさい……」

すぐに承諾して貰えると思っていたダンは、それを聞いて、一瞬だけ気の抜けたような顔をした。しかし、すぐにいつもの明るい笑顔に戻る。

「まぁ、しゃあないな。強制じゃないし、来たくなきゃそれでいいんや。誰も責めへん。まぁ、考えておいてな?」
「はい、ありがとうございます」
「別に礼を言われる事とちゃうよ。じゃ、俺は行くな。リリちゃん、考えといて」
「はい……」

珍しく歯切れの悪いリリアンの台詞に、ダンはすこし違和感を感じた。
この5日間、毎日のようにこうして厨房に――職権を乱用し――世間話をしにきていた。リリアンの印象は、控えめで優しいが、常に自分の意見をはっきり言えるタイプ……だった。
まぁ、帰りたいのなら無理に誘うのも可哀想だし……と、ダンは自分を納得させて、厨房を去った。

 

ダンが厨房を離れると、外の食堂にデーナが現れるのが見えた。
ダンが何かデーナに話しかけている。そして彼が、ちらりと厨房の方を見た。

厨房からそれを見ていたサリが、苦笑いを浮かべながら溜息を吐く。

「まったく、何を話してるのか見え見えね。これだから軍人なんていうのは……」
「見え見え……ですか?」
「リリアンちゃんは親睦会に来ないかもっ、ていう話でしょ、どうせ。まったく男たちは」
「…………」
「でもね、本当に来たくないとか、来られないならしょうがないけど、楽しいものよ。兵士の奥さんたちや小さな子供もよく来るし、食事もおいしいの。ダンの台詞じゃないけど、ほんとうにお祭りみたいなものよ」

ダンとデーナがなにか言い合うような雰囲気なのが、厨房から見えた。
それを横目に見ながらも、サリは言葉を続ける。
「私たちも、リリアンちゃんが来てくれるなら嬉しいわ。良かったらご家族も招待して、いらっしゃい」
「……はい」

 

 

「聞いた、リリアン? 週末に親睦会って言うのがあるって」
同室のマリが、その夜、リリアンに話しかけた。

「うん、兵士の家族も集まって夕食会みたいなものとかって……」
「そう、でも一人身の兵士も多いでしょう? 仕事中じゃ大して話も出来ないけど、これはチャンスよ!」
「チャンスなんて」
「私だって別に飢えてるって訳じゃないけど、せっかくこんなに大勢男がいるのに、独り身なんて寂しいじゃない? ……それともリリアンは、故郷に彼氏を残してきてたりするの?」
「……まさか!」
「そうでしょう、私も長年付き合ってた彼がいたんだけど、この前別れたの。まぁ、潮時だったしね。それで、その夕食会とやらはチャンスだと思うわけよ」

同室になったマリは、30代も半ばの、サバサバした姉御肌の女性だ。
サリもそうだが、ここにはやはり、どうもこういった活発な感じの女性が多いようだ。

「行くでしょ、リリアン」
「う、うう〜ん、今、考えてるところなのよ」
「あなたが行かなくちゃ、来る兵士の数が減るわ。来なさいよ」

キッと見つめられて、リリアンはたじろいだ。

「そうね……」
「決まり! 女同士の約束は強いのよ。ちゃんと来なさいよ!?」

突然約束、といわれてたじろいだが、確かにリリアンは「約束」 と言われると断れない性格だった。

「はぁ〜い……」
「そうと決まったら、そろそろ寝ましょう。私はいいけど、リリアンは朝の担当でしょう」
「そうね、最近慣れてきたけど、やっぱり早寝しないときついし」
「じゃぁ、おやすみ」
「おやすみなさい」

マリはサバサバしていて、時々きつい事を言ったりするが、心根はとても優しく、面倒見のいい姉の様な……そんな女性だ。
まだ来て5日しか経っていないが、すでに二人は、まるで仲のいい姉妹のような感じになってきている。

寝つきもいいらしく、すぐに規則的な寝息が聞こえてきた。

(…………)

リリアンは、音を立たせないようにベットから立ち、窓に向かった。

――訓練場が見える。
月明かりに照らされて、誰もいないそこは、何故か幻想的だった。

(いいのかな……でも、約束しちゃったし)

月を眺めながら思う。
そして、心の底に温かい光が灯るような、そんな不思議な感覚を感じた。

(そういえば、彼は来るのかな)

トクン、と、鳴る心臓。
"彼"、 デーナ。
あれから彼とはほとんど口も利いていない。
ダンのように厨房に入ってきたりもしないし、昼食のときも相変わらず、リリアンの事を無視していた。
だけど…………

何故かは分からない、けれど彼の存在が気になった。
最初にきつい事を言われたからだろうか。それとも……?

どうして、だろう……。

 

――答えは出なかったけれど。
その夜、リリアンは何故かほとんど眠れなかった。

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