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出逢い。
そう、それはまだ心もとない スタート地点……

 

Le Rancontre

 

デーナが彼女を見ると、さらに驚いた。

想像していたゴリラ・タイプなどではなく、大きな茶色の瞳が愛らしい美女だ。
いや、美少女とでも言うべきか……それほど幼い雰囲気だった。

大きな茶色い瞳、綺麗にのびた眉、白い肌。
長い髪は薄い茶色で、ゆっくりとウェーブを描いていて、明かりに透けると金髪のようにも見える。
それは、そう――もし天使が存在したら、きっと彼女のような姿をしているのだろう、と。
そんな風に思わせる、柔らかい美しさと雰囲気だ。

「フレスク指揮官……ですよね。ごめんなさい、生意気な事を言って。でも……私達も、きちんと覚悟を持ってこの任務に就くのだという事を、知っていただきたいんです。ただの給仕係が生意気ですが……」

デーナが黙っているのを怒りととったのか、彼女が遠慮がちに言った。
他の3人と運転手は、なんと言っていいのか分からないといった表情で2人を交互に見る。

「えっと、フレスク指揮官」
とりあえず場を繕うためにも……運転手を務めていた兵士が口を開いた。
「とりあえず宿舎の案内でも。ここじゃ、暗いですし」
「あぁ……」
「それからこちらが、彼女達のリストと書類です」
彼はデーナに書類を渡すとサインを求め、それが済むと、そそくさと別の仕事に戻った。

デーナはその書類を一瞥する。と、小さな溜息をついて、こう言った。

「とりあえず、宿舎を案内する。女性用の宿舎は俺達兵士とは別になっていて監視も付いてる。部屋で荷物を解いてくれ、30分したら基地内の案内をする」

 

 

――案内されて、彼女たちは各々与えられた部屋に入った。
その女性宿舎は、質素ではあるが清潔な感じの建物だ。確かに他の宿舎からも少し離れていた。

基本的に、二人一部屋が割り与えられる。
今日来た4人には2人ずつ2部屋が分け与えられた。とりあえず荷物は解いたが……整理をする暇もないまま、外に出る準備をするはめになる。

「まぁったく! 30分で何が出来るって言うのよねぇ? あの汚いジープに1時間も揺られてたんだから、シャワーくらい浴びさせて欲しいわ」

その"天使" と同室になったのは、彼女とは逆に活発そうな女性だ。
2人は与えられた部屋に入ったが、しかし、すぐに基地の案内のために外に出なければいけない。

「まぁ、そんなこと言わないで。基地の案内が終わればきっと時間があるわよ」
彼女は荷物を畳みながら、やんわりとそう言った。

「どうかしらね、あの指揮官ときたら、厳しいので有名だっていうじゃない」
「そうかもしれないけど……優しそうに見えたけど」

彼女はそう言って、荷物を解く手を止め、隣の活発そうな女性を見上げた。
見上げられた方の彼女はくるりと視線を泳がせて、そして口を尖らす。

「貴女が彼に話しかけた時は、びっくりしたわよ? 運転手も言ってたじゃない、"今日私たちの出迎えに来てくれる指揮官は、厳しいので有名だから口答えはしないように" って!」

薄茶色の髪の美少女は、少し考え込むように黙った。そして上目遣いで彼女を見上げたまま、続ける。

「忘れてたわけじゃないの。でも急に口をついて出ちゃって……。そんなに厳しい人には見えなかったし」
「そう? 十分"厳しい人" に見えたわよ。いい男ではあったけどね」

 

 

デーナは、渡された書類に目を通していた。
4人のリストと彼女達の役割、そして個々の履歴書のようなものが、写真付きで揃えられている。

1人は衛生管理師で、50代後半の女性だ。幾つかの病院で働いた後、ここに配属されることになったらしい。他の3人は給仕係で、そのうち2人はすでに別の基地での仕事の経験がある。
給仕係といっても、全員プロの調理師としての免許を持っているし、栄養管理に関する勉強もしている。
100人近いこのクレフ基地の貴重な兵士達の栄養を担うのだから、当然といえば当然だ。

デーナは"彼女" のリストを見た。

名前はリリアン・カーヴィング。
年は22歳。
クラシッドの首都・テルで栄養学の勉強を終えた後、これが始めての本格的な仕事らしい。
写真で見る限り、もっと幼く見えるし、軍などにいるよりも女優かモデルでもしていた方が相応しそうだ。ここの厳しい環境と仕事に付いていけるとは思えない……

他の給仕係の2人も、ここの給仕係たちの平均年齢に比べれば若い。が、すでに他の基地で同じ仕事をしていたことがあるようで、問題はなさそうだ。
しかし"彼女" はこれが初めての仕事の上、軍に入るのも初めてだ。
給仕係は軍人になる訳ではない――が、ここにいる限りルールというものがある。
このかよわい少女が溶け込める世界では、到底ない。

(まぁ、すぐに弱音を吐いて出て行くか……)
――彼女の写真を見ながら、デーナはそう考えた。

だが同時に、何か今まで味わったことのない……妙な気持ちが湧いたのも、事実で――。
遠慮がちに、しかしはっきりとした意思を持った瞳で、話し掛けてきた彼女に。
――あれは彼女の外見以上に、驚きだった。

新人の兵士でも、デーナに意見する者は滅多にいない。
彼の厳しい雰囲気が、自然とそうさせてしまうのが常だったのだから。

 

 

しばらくすると、4人の女性群が制服姿で彼のもとに集まった。

「これから基地の案内をする。地図はないから頭に叩き込むように。兵士が声を掛けてくるだろうが無視してくれ、いいな」
「はい」
デーナに言われ、4人が返事をする。

まずデーナは4人を連れて食堂に入る――と、否が応でも全員の注目を浴びた。

食事中だった兵士達が皆、デーナに連れられた彼女達をを眺めた後、表情を一転させる。
厨房の位置や入り口、非常口などの説明を一通りしたが、その間も兵士達からの注目をひしひしと感じた。

理由は分かっていた。――リリアンだ。
まるでライオンの群に迷い込んだ子猫のようで、目を引く。

たとえこんな環境でなくても、彼女は人目を引くだろう。
まして男ばかりのここでは……
ポカンと口を開けて放心しているのもいれば、口笛を吹いてくる連中もいる。

デーナに言われた通り無視はしていたが、リリアンはその愛想の良さそうな笑顔を崩さない。
わざとそうしているというよりも、それが彼女の性格のらしい。しかし兵士達はその笑顔に、ますます興奮の色を隠せないようだった。

それでも、デーナが彼女達の傍に付いているので、兵士達は皆控えめにしていた――。
が、彼女達が食堂を離れると、一斉に歓声のようなモノが上がる。
それを背後から聞きながら、デーナは心の中で舌打ちをした。
……思ったとおりだ、と。

 

その後、他の訓練所や宿舎などの説明を一通りする。
重要な基地なので、他の敵に知られることを恐れて、地図は一切作られていない。全て頭に入れて叩き込む必要があるのだ。
4人とも大人しくデーナの説明を聞き、多少の質問が出ると、案内は終った。
その間も終始、リリアンは大人しくデーナの言うことに耳を傾けていた。

が……

「これで説明は終了だ、今日はもう宿舎に帰って休んでいい。明日からは早速働いてもらう。厳しいが頑張るように」
デーナがそう言うと、4人がうなずく。
「ただ、ミス・カーヴィング。話があるので少し残ってくれ」
「……? はい」

 

他の3人を各自の部屋に戻した後、デーナとリリアンは宿舎前の電灯の下で向き合った。
リリアンはまだ、なぜ自分だけが呼ばれたのか分かっていない様で、不思議そうにデーナを見返している。
――こうして近くで見ると、彼女は本当に綺麗だった。
吸い込まれてしまいそうな大きな瞳が美しい。

だが、だからこそ……こんな所に居るべきだとは思えない。

「ミス・カーヴィング」
「リリアンで構いません。他の隊員の方にも、そうしてらっしゃるでしょうから……」
「分かった、リリアン。率直に言わせて貰うが、君はここで働くべきじゃない。俺が上司に言っておくから、さっさと荷物を畳んで帰るんだ」
「…………」
「さっきの連中を見ていて分かっただろう、あんたは目立ちすぎる。ここの規律を乱すことも考えられる。あんた自身に何かが起きないとも言い切れない」
――女性にはきちんと警護があり、安全な環境を作っているが、確かに100%を断言できるものではない。

「それにここは、あんたの様なお嬢さんが適応できる場所じゃない。冒険とでも考えてたのだろうが、そういう事なら他でやってくれ」
デーナは出来るだけ、冷たい口調でそう言った。
軍の特殊部隊の指揮官として、こうして他人を叱責することは、プロと言っていい。
屈強な男でも、デーナに叱責されては何も言えなくなる。

――が、リリアンの返事は意外だった。

「辞退は、しません……」
デーナの目を見ながら、ゆっくりと。しかしはっきりと、そう答えた。
怖がっているのか、その声が少し震えていたが……。

「軍の人事部は、きちんと私のことを認めてくれました。私はここで働く権利があるはずです。もし私の身の危険について仰っているのなら……気にしないで下さい。きちんと覚悟はしているつもりです」

「覚悟? 笑わせないでくれ。あんたはここの現実を知らない。悪いことは言わないからさっさと帰るんだ」
――そう言ったデーナの表情は厳しかった。厳しくて、強い。

「あんたみたいのじゃ、いくら警護したってそのうち襲われる。1人や2人が相手じゃない、複数にだ。ここの連中相手じゃ、あんたはヤリ殺される事だって考えられる。だいたい"権利" がどうのこうのなどと寝ぼけた事を言っているようじゃ、ここではやっていけないんだ。そんなものここでは通用しない」

「…………」

「飢えた狼達に餌を放り込んだらどうなる? 我慢しろという方が酷だ。そうなったらその連中は軍会議に掛けられて処罰、下手すれば終身刑。そんな事になる前に帰ったほうがいい。あんたは"覚悟" とやらをしているんだから、いいだろうけどね」

デーナに強い口調で言われ、リリアンは黙った。
だが瞳だけは、デーナから離そうとはしないまま。しばらく、2人の間に沈黙が流れた。

「……それでも」
そんな中、意を決したように彼女がゆっくりと口を開いた。きゅっと手を握りながら。

「――私はここを離れません」

――2人が向き合うと、その瞳が、ぶつかり合う。
デーナは言いようの無いざわめきを心の中に感じた。
それは、感じた事のないような……苛立ち。

「――分かったよ。後悔しようがレイプされようが、それはあんたの責任だ。俺は忠告した」
「は、はい」
「だが少しでも問題があれば、こっちにもあんたをクビにする"権利" ってヤツがあるのを忘れないでくれ」

そう言い渡すと、デーナはリリアンを残して踵を返した。

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