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Paradise FOUND: Paradis des Fleurs 7

 

「冗談ではない! 即刻、その阿呆な予言者を打ち首にしろ!」

王の怒声に、議場に集まっていた政治家達は、そろって亀のように首を引っ込めていた。
――以前と比べれば大分、落ち着きというものを身に付けてきたモルディハイだったが、それもあくまで以前との比較という範疇内での話だ。

相変わらず、彼の一声は王宮中を、ひいては国中を、震撼させるに充分な威力を持っている。
狂王の名は今も大陸を圧巻している――ただ少し、人々はそこに、尊敬の意を見出しはじめたところだ。ここ数年のモルディハイは、堅実に国を治めているといえよう。

しかし、彼の気紛れと気性の荒さは、永久不変だった。

「そうは申されましても……あの者達は隣国ダイスの王宮に仕えているのですから、そう簡単には……」
額が床についてしまうのではないかという勢いで頭を下げながら、一人の書記官が恐る恐るそう言った。が、当然、そんな台詞がモルディハイの憤怒を抑えられるはずもなく。
真紅に輝くマントを勢いよく翻したかと思うと、モルディハイは高らかに言い放った。

「そうだったな、あの男は今も、例の気違い集団を飼っているという訳か……おい、出発するぞ。すぐに用意を!」
「出発!?」
「当然だ、奴に直接話をつけてやろう。今すぐ師団――いや、騎馬隊を出せ、その方が早い!」

議場が騒然としだす。
モルディハイはダイスへ赴くと言っているのだ。それも告知も招待もなしにである。
その上、理由がふるっていた。――ダイス王宮に仕える予言者が出した予言が気に入らない。だからその者を打ち首にしたい。その為に話をつけようではないか、と。

「しかしながら、陛下」
ある宰相が、控えめながらも意見を返した。「王妃殿は出産のお疲れで伏せっていらっしゃるところです。ここで陛下に遠出をされては、王妃殿は余りにも心寂しいのではないかと……」

するとモルディハイは、ぴたりと動きを止めて宰相の方を振り返った。
周囲の者たちもつられて硬直してしまう。ごくりと息を呑む者さえ少なからずいた。

「…………」
「「「…………」」」

一同は揃って、無言のモルディハイを、首を低くしながら見守っていた。
何者にも御されることのない傍若無人さで大陸に名を馳せたこの王も、ついに年貢の納め時がきたらしく――唯一、彼を抑えることの出来る存在が、今はいるのだ。

モルディハイは周囲に視線を泳がせていた。
しかしその瑪瑙色の瞳が映しているのは多分に、周囲の者たちなどではなく、この王宮のずっと奥にある寝室で伏せっている妻であり、彼女が産み落としたばかりの小さな命であるのだろう。

しばしの沈黙を続けたあと、モルディハイは突然くるりと議場に背を向けると、特に誰に向けるわけでもなく、「どちらにしても近いうちに奴と話さねばならん」 と言って、出口となる扉へ大きな歩幅で進んでいった。
その後を従者が一人追う。
王の影はすぐに皆の前から消えていった。

主役を失った議場は一瞬ばかり沈黙に包まれたかと思うと、すぐにざわめき始めた。

「ただの予言でございましょう……当たらぬとも知れんのですから、そこまで真剣になる事もありますまいに」
「いやいや、陛下には初めての正式な御子ですから、少し敏感になられているだけでは」

などという数々の意見が上がったが、それらも所詮、あまり意味のない戯言のようなものでしかない。
最終的に全てを決めるのはモルディハイであり――そのモルディハイが国の手綱をしっかりと握り、正しい方向へ導こうとしている限り、周囲は彼の気紛れに従うしかないのだ。

獅子身中の虫――身内内の反対勢力が多かったモルディハイだが、ここ数年の一層の治世の安定に、彼らも、逆らうより味方する方が得策だと考え始めたらしく、全ては良い意味で沈静化している。

そこに待望の世継ぎ誕生……。

かと思われたが、実際に生まれたのは女児だった。
明文化されている訳ではないが、ジャフで女子が王位を継ぐことは、基本的にない。王室は多少気落ちしたが、王妃もまだ若く二人の仲も良好とあって、国全体としてこれを悲観する声はほとんど聞かれなかった。
新王女の誕生に、国中が沸きあがったのだ。

王妃が難産の末に生んだその子はローズと名づけられ、すでに王女として何不自由ない一生を約束されたも同然だった。

しかし、そこに、思いもよらない驚きが付いてきたのだ――

 

 

「フローラ」
と、モルディハイは呼んで、寝室へ入ってきた。

ベッドの脇に控えていた医師が、突然の王の訪問に慌てて頭を下げる。
大きな四柱式のベッドが広い部屋の中央に置かれていて、フローラはそこに臥せっていた。傍らの枕元には、極上の白い布で包まれた赤子がおり、今は眠っているようだった。

「陛下、よくおいで下さいました」
「起きるな。と、そう言ったはずだろうが」

モルディハイは、彼を見とめるなり身体を起こそうとしたフローラを嗜めた。
――すると、父の声に反応したのか、眠っていたはずの赤子がもぞもぞと手足を動かしたのだ。
それは、何という瞬間……。
己だけが世界の中心だと信じてきたこの男も、今は、生まれたばかりの小さな娘のわずかな動きに、全世界を揺れ動かされたような気分に陥らされるのだ。

「私の色だな」
伏せっているフローラのすぐ隣、ベッドの脇にゆっくりと腰を下ろしたモルディハイは、そう言って満足そうに微笑んだ。

赤子は――"ローズ" は、母に似た抜けるような白い肌をしていた。
しかし、わずかばかりの産毛は、それでも父王と同じ鮮やかな赤毛をしていて、それがよく目を引いた。

まじまじと赤子を見つめるモルディハイの横顔に、フローラは自然と微笑を洩らす。

――夢は、叶ったと思っていいのだろうか。
幼い頃に一目見たきりだった王子。それが今は夫として隣にいて、傍らには二人の赤子がいるのだ。

そこに至るまでの道程は、夢に見た通りではなく。
今でも、気の荒いモルディハイとの生活は、必ずしも夢物語とは言いがたく……。

しかし、それでも、フローラは今の自分を囲んでいる世界を、楽園と呼ぶことができる。

鮮やかに咲き誇る赤い花々に飾られた、唯一無二の楽園。

 

「……お聞きしましたわ。でも予言など、気になさらなくてもいいのに」
フローラは出来るだけ優しく言ったが、モルディハイは憮然と眉をひそめながら答えた。

「いや、あれは当たる。私は知っている」
「いいのではありませんか? どちらにしても、まだまだ先の話になりますし……女子なのですから、いずれは」
「相手が悪いと言っているのだ」
「まぁ……」

わざと困った顔を作って、フローラは小さく首を傾げた。――子供の誕生に幸せの絶頂にいたモルディハイを不機嫌に変えた理由は、わざわざ隣国ダイスから乗り込んできた、ある老婆が原因だった。

ダイス王宮直属の"予言者" であるという奇妙なその老婆は、黒い外套とフードですっぽりと全身を覆い、新王女の誕生に浮いていたジャフ王宮に入り込んできたかと思うと、宰相たちの前で短い予言の言葉を残して、すぐに颯爽と消えてしまったという。

曰く――
モルディハイの最初の娘と、ダイス王ジェレスマイアの最初の息子は結ばれる運命にあり、その結婚は両国にとって素晴らしい結果をもたらすだろう、というものだった。

政治的な策略では?
いや、ただの気ちがい老婆の戯言だ。
いや違う、本物の天からの宣託だ。――彼らは騒然とした。

何にしても、フローラにとっては喜ばしいほどの予言である。
しかしモルディハイにとっては、今はもう清算されたとはいえ、一度は自分の恋を破った男の息子に可愛い娘をくれてやるなど、そう簡単に受け入れられるものではないらしい。
が……

「私は……その王子がこの子を幸せにして下さるなら、依存はありません」
フローラは言った。

モルディハイは答えの代わりにフンと鼻を鳴らして、まず赤子を、そしてフローラを見つめた。
当然フローラも彼を見つめ返す。

ずいぶんと長く、そうして見つめ合ったのち――モルディハイは上半身を傾け、フローラの唇に熱い口付けをした。

「そうだな……。まあ、我慢してやれぬこともない……お前が、私の傍にいる限りは……」
口付けの合間に、モルディハイはそう、フローラの耳元に囁いていた。

 

 

 

――冗談ではない。その予言者とやらを怒鳴りつけてやりたい気分だ。

少年は手にした長剣を力任せに振り下ろしながら、行く手を邪魔する茂みを斬りさばいていた。
しかし、切っても切っても終わらない背の高い茂みに、体力と剣術に自信のあった少年も、ついには疲れを感じ始めてきたところでもあった。

太陽がジリジリと地上を焼く。
少年の前に広がる茂みは、このまま進めば王宮の外れに繋がるはずだったが、どうもその予兆さえ見えない。疲労と相まって、漠然とした焦りが少年の胸に圧し掛かりはじめていた。

乾いた枝や、先端の鋭い葉っぱが、簡素ながらも上質な少年の衣服を傷つけていく。
おまけに、小さな虫が顔に飛んでくるのを払い続けるだけでも、結構な体力を要求された。――この王宮は無駄に大きい。道なき道を進みながら、少年は一人そう呟いていた。

(父上はきっと知っていらしたんだ……知っていて私をこんな国に送り込んだんだ!)

前を向く少年の瞳は、空のように鮮やかな水色をしており、優雅に揺れる髪は、艶やかな漆黒だった。
しなやかな肢体はまだ、少年らしい不均衡さを残している。
それでも、将来の見事な成長を予見させるすらりと伸びた背筋は、少年の育ちの良さを存分に匂わせていた。

汗に濡れた額――キッと前方を見据える青の瞳。

(我が国は確かに小国だ……しかし存分に豊かだ。こんな大きいだけの木偶の坊国家に、ひれ伏す言われはない!)

少年はそんなことを胸の中で繰り返しながら、先刻、偶然聞いてしまった大人たちの会話を思い出していた。
――そう、偶然だった。
たまたま、稽古の休憩中、水を求めて王宮の中をさまよっていたら、うっすらと開いた扉の隙間から漏れる大人たちの会話を聞いてしまっただけだった。

"陛下は、あの王子の力量を測っておいでなのでしょう……なんといってもローズ王女の未来の夫ですからな"
"ただの予言でしょうが。我が国の王女を小国の后にやるとは、私には解せませんな"
…………

"あの王子" が、自分の事を指しているのだと気付くのに、長い時間は掛からなかった。
慌てて息を潜め、扉の表に身を隠しながら会話に耳をそばだてていると、彼らはこの国の重鎮連中らしく、大体次のような内容の話をしているのだった。

少年とこの国の王女は結ばれる予定である――。

それに対する意見は、反対から賛成まで色々と幅があったが、とにかく要約すると、この予定――いや、"予言" という言葉を使っていたか――について議論しているのであった。
中には、これを機会にして少年の国を乗っ取ってやればいいなどと軽口を叩く連中さえいたのだ。

(冗談ではない! 私はここへ学びに来ただけだ、どうしてそんな、結婚などと……)

――少年の脳裏に、父母が寄り添う姿が浮かんだ。
それはそのまま少年の夢であり、希望だ。母を愛する父の姿を通し、少年は、愛する者と結ばれる喜びを知っていた。

結ばれる相手は自分の手で見つける。
それが少年の描く未来だった。
少年の父も、それを後押ししてくれていた筈だった――筈だったのだ!

勉学と鍛錬、自立、視野を広げることを名目に、少年がここジャフの王宮に送り込まれてきたのは二月ほど前だった。

特別に騎士隊への入隊を許され、良質の訓練を受けつつも、勉学に励んだ。
ジャフには王女の他に年少の王子が二人おり、彼らとの交流もあった。

少年の父とジャフ王は、友人同士と呼ぶには語弊があるのだろうが、好敵手同士とでも呼ぼうか、妙な絆で結ばれた二人だった。そんな理由もあり、ジャフが留学先に選ばれたのだと思っていたが……。
少年が察するに、真の理由は、違ったのだ。

王女の嫁ぎ先として適当かどうか、推し量られていただけだったのだ。
まるで種馬ではないか。
本人に会ったことはまだないが、このままいけばいつか間接的な見合いを仕組まれるのは、目に見えていた。

(嫌だ……私の后は、私が見つける)

――そんな訳で、この澄んだ青の瞳と濡れるような漆黒の髪を持った少年は、王宮からの脱走を決めこもうと、茂みの中を進んでいたのだった。

 

永遠に思えた茂みは、意外にもあっけなく終わった。

あれからしばらく行ったところで、少年の腰の丈まであった鬱蒼とした草木が消えて、その先に広大な草原が広がっていたのだ。
どうやら、王宮の外へ出ることに成功したらしい。

「やった……」

そして――
いや、しかし――

少年は息を呑んだ。

 

それは、草原に咲く一輪のバラのように、鮮やかに少年の瞳に飛び込んできた。
焼けつく太陽も、額に滴る汗も、全てが嘘のように少年の感覚から消え去り、代わりに何ともいえない高揚が素早く身体中を駆け抜けた。

少年の前に、一人の少女がいた。
芝生に小さな白い布を敷き、そこにぽつりと座っていたのだ。年の頃は、少年より数年若いというところか。
周囲には花冠や水筒が散らばっており、少女がしばらくここで一人遊びをしていたのだろうという事を思わせた。

バラのようだと思ったのは、彼女の髪の色のせいだ。少女は、それは鮮やかな赤銅色の柔らかい髪を、腰までの長さに伸ばしていた。

突然、茂みの中から現れた少年に気付いたその少女も、顔を上げる。
――視線がかみ合った瞬間、二人は同時に息を呑んでいた。

「あ……あの……」

しばしの沈黙の後、先に声を出したのは少女の方だった。
その鈴を鳴らすような可憐な響きに、少年の鼓動はいっそう速度を上げる。

「誰、なのですか? ここは王宮の外れ。滅多なことで入れる者はいないのに」

少女は言った。その物言いは、育ちの良さを感じさせはしたが、まだ子供っぽさを拭いきれないでいる少し不安定なものだった。
――それは少年も同じで、ただの少年というには大人びた声をしていたが、男と呼ぶにはまだ物足りない、発展途上の代物だった。

「私はただ……王宮からの出口を探していたのです。邪魔をしてしまったのなら、申し訳ない」
「いいえ、私はいいのですけど……」
少女はそう答えて、どこか少し不安げに周囲を見回し始めた。

その時、少年は自分が汗だくで、衣服は傷だらけであることに気が付いてカッと頬を染めた。おまけに手にはしっかり長剣が握られている。――これではまるで変質者か、盗賊の端くれのようではないか。

「こっ、こんな格好で申し訳ない! 怪しい者ではないのだ、ただ、そこの茂みを渡るのに時間が掛かって……」
と、後ろを指差しながら、言い訳じみたことを言ってみる。
少女はきょとんとしながらそれを聞いていたが、やがて少年が続きに詰まると、くすくすと笑い出した。

少年は少し拍子抜けしたが、同時に安心もした。
つられて少年も笑い出す。
音楽のように柔らかな彼女の笑い声は、少年の心の琴線に触れて、鮮やかな音色を立てていた。

そう、俗に言う、恋に落ちるというものだ――。

「私は、エス――」

――エストマイア。
少年は、己の名を名乗りかけて、ハッと口を噤んだ。

自分はみだりに他人に本名を名乗れる立場ではない。しかもここは他国の王宮。彼の真の立場を知っているのは、ジャフ王宮関係者の間でさえ、ほんの一部に過ぎないのだ。
エストマイア、ダイスの王子――それが彼の称号だった。

「エス……と、申します。以後、お見知りおき頂ければ、光栄です」
少年はそう言った。少し、胸にチクリと痛む何かを感じながら。

「エス」
少女はエストマイアの言葉を反復した。そして

「私は……ロ――」

彼女もまた名乗ろうとしたようだったが、言葉の途中で急に息を詰まらせた。
そして少し奇妙な様子で視線を泳がせると、わずかに声を落として、続けた。

「私は……ロナ。ロナといいます」
「ロナ、」
「はい」

その時だった――草原の向こうから、急に甲高い笛の音が鳴り響いたのだ。
汽笛のようなその響きに、ロナは慌てて振り返り、立ち上がった。そして芝生の上の布と、散らばっていたものを素早く腕に回収していく。

「今の笛の音は、叔母のものです。彼女は口が利けません。それで、私を呼ぶときにこうして笛を吹いてくれるのです」

エストマイアは笛の音がした方に向けて目を細めた。
確かに、遠く、どうやら女性らしき人物が立っていて、こちらに向けて手を振っている。

ロナは荷物をまとめると、そちらに向けて駆け出そうとした。

「ま、待って……!」

ほぼ無意識に、エストマイアはロナの手首を掴んでいた。
ロナは振り返ってエストマイアを見つめる――それは、見たこともないほど美しい、淡い瑪瑙色の瞳だった。

「また……また、会えるだろうか、ロナ」
切羽詰ったようなエストマイアの口調に、ロナは一瞬だけ驚きの表情を示したが、すぐに柔らかく微笑みなおして、答えた。

「私はいつも、この時間に、この辺りで遊んでいます。あなたが望むのなら、どうぞ、また来てください。そして、一緒に遊びましょう……?」

 

 

そして繰り返す物語――
彼らは彼らの楽園を探して、また新しい旅を始める。

さぁ、新しい楽園のおとぎ話を、聞くといい。

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