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Paradise FOUND: Paradis des Fleurs 7   「冗談ではない! 即刻、その阿呆な予言者を打ち首にしろ!」 王の怒声に、議場に集まっていた政治家達は、そろって亀のように首を引っ込めていた。 相変わらず、彼の一声は王宮中を、ひいては国中を、震撼させるに充分な威力を持っている。 しかし、彼の気紛れと気性の荒さは、永久不変だった。 「そうは申されましても……あの者達は隣国ダイスの王宮に仕えているのですから、そう簡単には……」 「そうだったな、あの男は今も、例の気違い集団を飼っているという訳か……おい、出発するぞ。すぐに用意を!」 議場が騒然としだす。 「しかしながら、陛下」 するとモルディハイは、ぴたりと動きを止めて宰相の方を振り返った。 「…………」 一同は揃って、無言のモルディハイを、首を低くしながら見守っていた。 モルディハイは周囲に視線を泳がせていた。 しばしの沈黙を続けたあと、モルディハイは突然くるりと議場に背を向けると、特に誰に向けるわけでもなく、「どちらにしても近いうちに奴と話さねばならん」 と言って、出口となる扉へ大きな歩幅で進んでいった。 主役を失った議場は一瞬ばかり沈黙に包まれたかと思うと、すぐにざわめき始めた。 「ただの予言でございましょう……当たらぬとも知れんのですから、そこまで真剣になる事もありますまいに」 などという数々の意見が上がったが、それらも所詮、あまり意味のない戯言のようなものでしかない。 獅子身中の虫――身内内の反対勢力が多かったモルディハイだが、ここ数年の一層の治世の安定に、彼らも、逆らうより味方する方が得策だと考え始めたらしく、全ては良い意味で沈静化している。 そこに待望の世継ぎ誕生……。 かと思われたが、実際に生まれたのは女児だった。 王妃が難産の末に生んだその子はローズと名づけられ、すでに王女として何不自由ない一生を約束されたも同然だった。 しかし、そこに、思いもよらない驚きが付いてきたのだ――   *   「フローラ」 と、モルディハイは呼んで、寝室へ入ってきた。 ベッドの脇に控えていた医師が、突然の王の訪問に慌てて頭を下げる。 「陛下、よくおいで下さいました」 モルディハイは、彼を見とめるなり身体を起こそうとしたフローラを嗜めた。 「私の色だな」 赤子は――"ローズ" は、母に似た抜けるような白い肌をしていた。 まじまじと赤子を見つめるモルディハイの横顔に、フローラは自然と微笑を洩らす。 ――夢は、叶ったと思っていいのだろうか。 そこに至るまでの道程は、夢に見た通りではなく。 しかし、それでも、フローラは今の自分を囲んでいる世界を、楽園と呼ぶことができる。 鮮やかに咲き誇る赤い花々に飾られた、唯一無二の楽園。   「……お聞きしましたわ。でも予言など、気になさらなくてもいいのに」 フローラは出来るだけ優しく言ったが、モルディハイは憮然と眉をひそめながら答えた。 「いや、あれは当たる。私は知っている」 わざと困った顔を作って、フローラは小さく首を傾げた。――子供の誕生に幸せの絶頂にいたモルディハイを不機嫌に変えた理由は、わざわざ隣国ダイスから乗り込んできた、ある老婆が原因だった。 ダイス王宮直属の"予言者" であるという奇妙なその老婆は、黒い外套とフードですっぽりと全身を覆い、新王女の誕生に浮いていたジャフ王宮に入り込んできたかと思うと、宰相たちの前で短い予言の言葉を残して、すぐに颯爽と消えてしまったという。 曰く―― 政治的な策略では? 何にしても、フローラにとっては喜ばしいほどの予言である。 「私は……その王子がこの子を幸せにして下さるなら、依存はありません」 モルディハイは答えの代わりにフンと鼻を鳴らして、まず赤子を、そしてフローラを見つめた。 ずいぶんと長く、そうして見つめ合ったのち――モルディハイは上半身を傾け、フローラの唇に熱い口付けをした。 「そうだな……。まあ、我慢してやれぬこともない……お前が、私の傍にいる限りは……」   *   *   ――冗談ではない。その予言者とやらを怒鳴りつけてやりたい気分だ。 少年は手にした長剣を力任せに振り下ろしながら、行く手を邪魔する茂みを斬りさばいていた。 太陽がジリジリと地上を焼く。 乾いた枝や、先端の鋭い葉っぱが、簡素ながらも上質な少年の衣服を傷つけていく。 (父上はきっと知っていらしたんだ……知っていて私をこんな国に送り込んだんだ!) 前を向く少年の瞳は、空のように鮮やかな水色をしており、優雅に揺れる髪は、艶やかな漆黒だった。 汗に濡れた額――キッと前方を見据える青の瞳。 (我が国は確かに小国だ……しかし存分に豊かだ。こんな大きいだけの木偶の坊国家に、ひれ伏す言われはない!) 少年はそんなことを胸の中で繰り返しながら、先刻、偶然聞いてしまった大人たちの会話を思い出していた。 "陛下は、あの王子の力量を測っておいでなのでしょう……なんといってもローズ王女の未来の夫ですからな" "あの王子" が、自分の事を指しているのだと気付くのに、長い時間は掛からなかった。 少年とこの国の王女は結ばれる予定である――。 それに対する意見は、反対から賛成まで色々と幅があったが、とにかく要約すると、この予定――いや、"予言" という言葉を使っていたか――について議論しているのであった。 (冗談ではない! 私はここへ学びに来ただけだ、どうしてそんな、結婚などと……) ――少年の脳裏に、父母が寄り添う姿が浮かんだ。 結ばれる相手は自分の手で見つける。 勉学と鍛錬、自立、視野を広げることを名目に、少年がここジャフの王宮に送り込まれてきたのは二月ほど前だった。 特別に騎士隊への入隊を許され、良質の訓練を受けつつも、勉学に励んだ。 少年の父とジャフ王は、友人同士と呼ぶには語弊があるのだろうが、好敵手同士とでも呼ぼうか、妙な絆で結ばれた二人だった。そんな理由もあり、ジャフが留学先に選ばれたのだと思っていたが……。 王女の嫁ぎ先として適当かどうか、推し量られていただけだったのだ。 (嫌だ……私の后は、私が見つける) ――そんな訳で、この澄んだ青の瞳と濡れるような漆黒の髪を持った少年は、王宮からの脱走を決めこもうと、茂みの中を進んでいたのだった。   永遠に思えた茂みは、意外にもあっけなく終わった。 あれからしばらく行ったところで、少年の腰の丈まであった鬱蒼とした草木が消えて、その先に広大な草原が広がっていたのだ。 「やった……」 そして―― 少年は息を呑んだ。   それは、草原に咲く一輪のバラのように、鮮やかに少年の瞳に飛び込んできた。 焼けつく太陽も、額に滴る汗も、全てが嘘のように少年の感覚から消え去り、代わりに何ともいえない高揚が素早く身体中を駆け抜けた。 少年の前に、一人の少女がいた。 バラのようだと思ったのは、彼女の髪の色のせいだ。少女は、それは鮮やかな赤銅色の柔らかい髪を、腰までの長さに伸ばしていた。 突然、茂みの中から現れた少年に気付いたその少女も、顔を上げる。 「あ……あの……」 しばしの沈黙の後、先に声を出したのは少女の方だった。 「誰、なのですか? ここは王宮の外れ。滅多なことで入れる者はいないのに」 少女は言った。その物言いは、育ちの良さを感じさせはしたが、まだ子供っぽさを拭いきれないでいる少し不安定なものだった。 「私はただ……王宮からの出口を探していたのです。邪魔をしてしまったのなら、申し訳ない」 その時、少年は自分が汗だくで、衣服は傷だらけであることに気が付いてカッと頬を染めた。おまけに手にはしっかり長剣が握られている。――これではまるで変質者か、盗賊の端くれのようではないか。 「こっ、こんな格好で申し訳ない! 怪しい者ではないのだ、ただ、そこの茂みを渡るのに時間が掛かって……」 少年は少し拍子抜けしたが、同時に安心もした。 そう、俗に言う、恋に落ちるというものだ――。 「私は、エス――」 ――エストマイア。 自分はみだりに他人に本名を名乗れる立場ではない。しかもここは他国の王宮。彼の真の立場を知っているのは、ジャフ王宮関係者の間でさえ、ほんの一部に過ぎないのだ。 「エス……と、申します。以後、お見知りおき頂ければ、光栄です」 「エス」 「私は……ロ――」 彼女もまた名乗ろうとしたようだったが、言葉の途中で急に息を詰まらせた。 「私は……ロナ。ロナといいます」 その時だった――草原の向こうから、急に甲高い笛の音が鳴り響いたのだ。 「今の笛の音は、叔母のものです。彼女は口が利けません。それで、私を呼ぶときにこうして笛を吹いてくれるのです」 エストマイアは笛の音がした方に向けて目を細めた。 ロナは荷物をまとめると、そちらに向けて駆け出そうとした。 「ま、待って……!」 ほぼ無意識に、エストマイアはロナの手首を掴んでいた。 「また……また、会えるだろうか、ロナ」 「私はいつも、この時間に、この辺りで遊んでいます。あなたが望むのなら、どうぞ、また来てください。そして、一緒に遊びましょう……?」   *   そして繰り返す物語―― 彼らは彼らの楽園を探して、また新しい旅を始める。 さぁ、新しい楽園のおとぎ話を、聞くといい。 |
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