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再会はひそやかに。 二人だけの楽園で羽を休めて、夢を見よう。
Paradise FOUND: Une aile au Paradis..
朝の光に照らされたシーツの波間から、柔らかい金の髪と、透き通るほどの白い肌がのぞく。 寝顔はあどけなく、呼吸に合わせて小さく上下する胸元は、神秘でさえあった。 それはまさに天国の情景と呼んで相違なく、ジェレスマイアは胸に湧き上がる愛しさを、隠そうとも制御しようとも思わなかった。 「エマ」 最初は、とろりとした視線で外の情景を追う、碧い瞳。それがやがて、夢と現実の境を理解して、ジェレスマイアの姿を捉える。 「ジェレスマイアさん……おはようございます」 そう答えながら、ジェレスマイアは自分の台詞に可笑しな気分になった。 「すまないが、今朝はもう政務に戻る必要がある。お前はまだ休んでいるといい……食事は運ばせる」 そう言うとジェレスマイアは立ち上がって、エマニュエルを見下ろした。 「もうお仕事、ですね」 二人の草原での再会から、今朝で三日という時間が流れていた。 その間の二人はといえば、ここ、ジェレスマイアの寝室で、お互いだけの時を共有していたのだ。 ややあって、エマニュエルは身体を起こすと、ベッドを降りてジェレスマイアの前に立った。 「あ、あの、これ……」 「どうした?」 問いを終わらないうちに、エマニュエルは踵を上げて、それは小動物のような素早い仕草で、ジェレスマイアの頬にちゅっと唇を当てた。 「いってらっしゃい……」 ――その瞬間、王と呼ばれる男の中で『何か』 が弾けて散っていった。
*
結局その日、王の寝室の扉が開いたのは昼も近くになってからだった。 「ジェレスマイア様! 信じていました、今日こそは出ていらして下さると!」 開け放たれた扉からジェレスマイアが出てくると、前で待機していたマスキールが駆け寄ってきて、これ以上ないほどの安堵の顔を見せる。 「あれからもう三日になります――王は気分が優れないのだ何だとなんとか言い繕ってきましたが、もう限界です。昼の議会には出ていただけるのですね」 それは質問ではなく、懇願だった。 「――出来るだけ早急に、婚儀の準備を始める」 回廊を進む中、ジェレスマイアは唐突に言い放った。 「へ、陛下? それはまた……その、どちら様の……?」 マスキールの質問に、ジェレスマイアはあからさまに眉間に皺を寄せる。そして短く、しかしはっきりと答えた。 「他に誰がいる」 マスキールの裏返った声が、王の間の回廊にこだました。 もちろんそれは、エマニュエルへの切ない想い故だった訳だが…… 議会と貴族達の説得は困難を極めるだろう。 「……お気を変えるようなことは……ありませんね」 「気を変えることがあるとすれば、それは唯一つ――もっと時期を早めろと言うくらいだろう」 「分かりました……すぐに手回しを始めましょう。努力させて頂きます……」
それが三日だったという時間の感覚さえ、エマニュエルにはなかった。 ――ジェレスマイアと再会してから、今まで。 エマニュエルは初めて、ジェレスマイアの寝室を訪れていた。 しかし王の寝室と呼ばれるに相応しく、そこは外界からの騒音と切り離された落ち着ける空間で、二人きりの時を過ごすには最適の場所でもあった。 長く、遠く離れていたのがまるで嘘のように自然で、それでいて濃厚な、二人だけの世界。 そう、"世界" だ―― ジェレスマイアはエマニュエルを、文字通り、一瞬たりとも離さなかった。 次第に、エマニュエルもそれらに応(こた)えていくことを覚える。 (でも今日は、夜まで一人なのかな……) 今までならマスキールかギレン辺りがここへやって来てもいい頃だが、その気配はない。 記憶が確かならば、これは、エマニュエルが以前使っていた部屋へと繋がる扉のはずだった。 (どう、なってるんだろう) ――この更に先へ行くと、エマニュエルの部屋だった場所がある。 (行っても、大丈夫だよね……?) そう思って、エマニュエルは吸い込まれるように次の扉の取っ手に手を伸ばした。 「え……」 (その……まま……?) エマニュエルの部屋だった場所は、まさに、エマニュエルがここを離れた時と全く変わらないままの姿で佇んでいた。 "お前の夢を見ていた" "あの頃のまま、お前はまだすぐ傍に居ると思いたかったのだろう――そして時々、夢と現実の間で狂わされそうになった" しかし、言葉よりも、ずっと確かに。 エマニュエルはそのまま部屋の中に進むと、その途中で、クローゼットを見つけて立ち止まった。 木製の扉を開くと、中には見覚えのある服たちが並んでいる。 (どうして……) ここは、ジェレスマイアの后となる女性の為の部屋だったはずだ。 夢を見て、いいのだろうか……
*
しかし、日が完全に傾いて辺りが薄暗くなり始めても、ジェレスマイアは寝室に戻ってこない。 三日も政務を放っておいた後なのだから、忙しいのは想像がついたが、それにしても気分は落ち着かないものだ。 すると、扉の真向かいに立っていた警備兵とエマニュエルの、目が合った。 「どちらにお出でですか?」 「えっと、あの、ジェレスマイアさんの所に行けたらな……なんて、思って……」 駄目で元々で言ってみた懇願があっさり受け入れられてしまい、エマニュエルは思わず声を上げた。鉄仮面は、片手に構えていた槍を休めて、エマニュエルの前に軽く頭を下げる。 「貴女様が外出を望まれたら、丁重に警備してお連れしろと承っております。もちろん城内だけですが」 何という好待遇。エマニュエルが興奮気味に廊下へ出ると、鉄仮面の警備兵はおごそかにエマニュエルを先導した。
小一刻後。 エマニュエルが連れて来られたのは、寂れた王宮の一角だった。 「あの、」 エマニュエルがぴたりと足を止めると、一歩先を進んでいた鉄仮面が振り返る。 「安全の為、人の少ない通路を選んでいるのです」 結婚? ――誰が? エマニュエルは瞳を見開いた。 「陛下ですよ。ご存知ありませんでしたか? それは失礼……」 鉄仮面は慇懃な調子でそう続けた。 しかしエマニュエルは硬直した。 ジェレスマイアが結婚……? そんな…… 足元が震えだして、エマニュエルは立ちすくんだ。急に全身が服ごと濡れたような重さと、寒気を感じ出す。 鉄仮面はふっと微笑んだかと思うと、呆然とするエマニュエルを残して、いつの間にか視界から消えていなくなっていた。 が、今のエマニュエルにそれを認識する力はなかった。 今分かるのは、ただ、ジェレスマイアが誰かと結婚するということだけで。 無人の廊下に残されたエマニュエルは、そのまま、ふらふらと行くあてもなく進んでいった―― ジェレスマイアが結婚―― 自惚れていた訳ではない。しかし国王である彼が、いくら愛してくれているからといって、ただの街娘である自分を妻とするはずがないのを、忘れていたのだ。 (そんな……) エマニュエルの瞳から溢れた涙が、頬を伝って地面を濡らす。 王の間では、王妃候補が忽然と消えたと、大騒ぎになっているところだった。 |
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