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Chapter 6: Decision of Paradise 9

 

戦場の色は、どこも埃(ほこり)がかっていて、不透明だった。

血が雨のように降るのを見た。
知らない男達の断末魔を聞いた。

その全てが、悪夢の中でおこっている出来事のようで、現実だと感じられたものがあったとすれば、ただ恐怖の感情だけだ。それだけはひどく『現実』 だった。

――貴方が、望んでいたのは。
エマニュエルは心の中で繰り返した。

――貴方が望んでいたのは、ただ、この戦いを止めることだけだったはず。

序盤はエマニュエルを警護していたジャフの兵士達も、戦闘が激しくなってくるにつれ、散り散りになっていく。
気が付けばエマニュエルは実質上、戦場でたった一人になっていて、いつ誰に斬りかかられてもおかしくない状況におちいっていた。
敵と見方の区別さえつかない。エマニュエルが何者か分かっている者も全くいない。
おまけにエマニュエルは、戦士達と違い、国の印となるものを何も身に付けていなかったから、余計だ。

隙を見て、エマニュエルは混乱の中を走り始めた。
それが良いことだったのか、そうではなかったのかは分からない。

それでも――自由になった今、求めるものは一つしかない。エマニュエルはただひたすらに、前だと思える方へ向かって走り続けた。
しかし戦闘の壮絶さは、エマニュエルの想像を遥かに超えていた。

「ジェレスマイアさん!」
走りながら叫んでみても、その自分の声さえ聞こえない。

途中、エマニュエルは足をつまづかせて転んだ。砂が舞う。怒声が響く。一瞬、どちらが天で、どちらが地だったのかが分からなくなるほどの騒乱だった。

「見つけたぞ、小娘! 逃がすか!」
「!」

その時。
いつの間にかいなくなっていた筈の、警護の一人が、転んで地面に膝を付いているエマニュエルに向かって走ってきた。

エマニュエルは急いで立ち上がろうとした。
しかし、緊張、混乱、そして慣れない状況の下、エマニュエルのか弱い動きがどれだけ必死になっても、戦士のそれに敵う筈がない。すぐに距離は縮まり、エマニュエルはあわやまた捕らえられてしまう――というところだった。

そこに、だ。エマニュエルの前に、突然、黒の駿馬が全速力で駆けてくるのが見えた。

漆黒――濡れるような見事な黒の毛並み。
最初はただ遠目からだったというのに、エマニュエルはそれが誰の馬なのか、すぐに分かった。

「――! ルーファス!」

初めてジェレスマイアと森へ出掛けた夜、彼らを乗せた馬だ。
防具や飾りを着けられていても、この馬の聡明にして頑強な雰囲気は変わらない。ルーファスは今、エマニュエルを目指し一直線に駆けてきている。エマニュエルを助けようとしているのだ。言われなくてもそれが分かった。

確かにルーファスはそのまま、エマニュエルの追跡者だった男をなぎ倒した。
そして、エマニュエルの元へ戻ってくると、ヒン、と短く嘶(いなな)く。

「乗せて、ルーファス。ジェレスマイアさんの所へ連れて行って!」

エマニュエルが鞍につかまってそう叫ぶと、ルーファスは内容を理解したらしい。
そして、ひらりとルーファスの上に乗ったエマニュエルを、拒まなかった。
しかしこの賢い黒馬は、エマニュエルの指差す方向へ進むのを躊躇しているようだった。その場で何度か、エマニュエルを乗せたまま足踏みする。

「お願い……ルーファス、ジェレスマイアさんの所に……!」

ルーファスの首筋を撫でながら、エマニュエルが懇願する。
すると、黒馬はやっと、長く高い嘶きを上げたあとに、一直線に戦場の只中を駆け抜けた。

そうしてエマニュエルはジェレスマイアの元へ辿り着いたのだ。

 

 

モルディハイの宣言のあと、一時は水を打ったような静寂に包まれていた戦場が、少しずつざわめきはじめた。

何という事だ――
何故こんな小娘一人が――
そんな馬鹿な――

疲労は怒りを助長する。
戦士達の幾人かは、今にも射殺しそうてしまいそうな瞳で、エマニュエルを睨んでいた。

そして、ジェレスマイア……

肩から溢れる鮮血が、王の甲冑を赤く濡らしていた。致命傷ではない。
しかし、長く放置しておける傷でないのは明らかだ。
精神力だけで立ち上がったようなもので、もしまだ戦い続けるとしたら、それは彼の命を削っていくことを意味している。

「放して……」
エマニュエルが拘束に抵抗して軽くもがくと、兵士は意外にも呆気なくエマニュエルの腕を放した。

拘束を解かれ、そのまま己の元へ走ってくるエマニュエルを、ジェレスマイアは恍惚とした、しかし切ない表情で見つめた。エマニュエルの長い金髪が、今は鎮まっている戦場を蝶のように舞って、戦士達の視線を釘付けにする。

エマニュエルが目前まで来ると、ジェレスマイアは出血を抑えていた手さえも傷から離し、両手を広げると、彼女を抱き締めた。

強く――強く。
二人の身体が溶け合う。

もしこれが最後の抱擁だというのなら、永遠に……。
運命が巡り合わせ、そして同じく、運命が引き離した二人は、時の狭間に与えられた一瞬だけの再会に、お互いの身を預けていた。

「エマ」
肩越しに、ジェレスマイアの震えた声が聞こえてきた。エマニュエルにとって初めて聞く、彼の幼い声だった。

「ジェレスマイア、さん……」

エマニュエルが答えると、ジェレスマイアの腕はさらに強まった。
どうしてだろう。エマニュエルは少し不思議に思った。どうして名前を呼ぶ、という、あまりにも単純なこの行為が、ジェレスマイアとモルディハイという、どちらの王をも感情的にさせるのか――

"会いたかった" と、エマニュエルは言いかけた。
しかし結局口をつぐんだ。
言う必要はない気がしたのだ。ジェレスマイアも同じだろう。しばらくは何も言わなかった。

抱き合っていた腕を下にずらすと、ジェレスマイアはエマニュエルの顔を覗いた。

晴れた春の空のような、澄んだ青の瞳が見える。
こんな地獄の中でも、愛しいこの瞳は変わらない。

ジェレスマイアはやはり何も言わないまま、ゆっくりとエマニュエルを抱き直した。今度は優しく、ぎゅっと包み込むような抱擁だった。

 

ジェレスマイアはモルディハイとの対戦の前にルーファスを降り、ルーファスには、エマニュエルを見付け出して、彼女を安全な場所まで運び届けるようにと言いつけておいた――筈だった。

それがジェレスマイアに出来る、エマニュエルへの、唯一つの償いだったのだ。
ルーファスは賢く、頑健な駿馬だ。
上手くいけばこの戦場を潜り抜け、エマニュエルを元いた両親の所へ送り届けることが出来ただろう――彼女の望んだ、天国へ。

しかし。
善徳が何だというのか。正義が何であるのか。

人の子には不可侵な運命というものがあるのだ。最早そうとしか思えない。

"この娘はいつか、王の為に命を捧げ――"
"その手でこの女を殺せ、ジェレスマイア! そうすれば――"

エマニュエルはここへ戻ってきた。ここ、ジェレスマイアのもとへ。

愛しい娘、エマニュエル。
しかし際限のない今のこの愛さえ、まだ始まったばかりなのだ。一度口付けを交わしただけの、幼い恋。
男女としての愛を重ねたことさえなかった。

もし自分達に時間があったとしたならば……日に日に育っていく愛情は、きっと、年月を重ねる毎に深まっていったことだろう。今よりも更に。

今更――"もし"
楽園への夢は空しく

二人を囲む現実は、冷たく時を刻んだ

 

「殺せ! 殺してしまえ! たかが小娘だ!」
血気盛んな兵士の一人が叫んだ。

ダイスの兵だったのか、ジャフの兵だったのかさえも定かではない。この血生臭い戦いをたった一人の小娘の命で終わらせてくれるというのなら、どちらも同じ思いだっただろう。

その声を合図として、他の兵士達も同じ台詞を次々と叫び出した。
叫びはすぐに合唱のようになり、血に濡れ辟易としはじめていた戦場に、高くこだました。"殺せ! 殺せ!"――

ジェレスマイアとエマニュエルの二人は、まだ抱き合ったまま。
周囲の声は、どんどん高くなっていく。

「……そうして、下さい。最初からずっと、そういうことになっていたから……時が来たらって。きっと今が、そうです」
エマニュエルが言った。

「だから……ね。最初はずっと怖かったけど、今は……ジェレスマイアさんと会えて、嬉しかった」
ジェレスマイアはエマニュエルを見つめたまま、答えない。エマニュエルは続けた。

「貴方の願いを、叶えられるなら……それも、嬉しいから……だから」

エマニュエルはジェレスマイアの腕をすり抜けると、地面に落ちていたジェレスマイアの剣を拾い上げ、その柄を持ち主の元へ押し付けた。

「願いを、叶えてください……これで」

 

――モルディハイは二人の一挙一動を無言で、そして口を一文字に結んだ無表情で、見ていた。
(そうだ……)
着実と計画した通りに進む"事" を、見守る。

他に道がないのを、ジェレスマイアは分かっているはずだ。

もしエマニュエルに手を掛けるのを拒んだとすれば、その時は、モルディハイの近衛隊が彼女を射るまでの話。
更に苦しませる結果になるだけだ。
しかもその時は、エマニュエルだけではなく、ジェレスマイア――そしてジェレスマイアにとっては彼自身よりもっと大切であろう、ダイスの兵士達を全員失うのだ。

モルディハイは自分の鼓動が高鳴っていくのを強く感じていた。

ドクン、ドクンと、脈を打つ心臓。原始の音。
(エマニュエル)
恐らく生まれて初めて、モルディハイは血縁でもない人間を心から求めた。情欲でもなく、策略のためでもなく、幼い頃ただ父王の愛に飢えていたように、一人の少女の愛を渇望したのだ。

しかし――手に入らないのならば、いなくなればいい。
愛してしまったから、こそ。
ましてやジェレスマイアの女になる姿など、死んでも見てくれるものか。

ここに勝者はいない。しかし、少なくとも負けではないのだ。
これでやっと私達は対等になる。そうだ、ジェレスマイア。違うか――?

(エマニュエル)
満足していいはずだ。

では、この鼓動は何なのだ――

胸をかきむしりたくなるほど痛む、吐き気さえしてくるほどの、この動悸は何だ……

 

ジェレスマイアは、エマニュエルに差し出された剣の柄を、一度は持った。

しかしすぐに投げ捨ててしまう。エマニュエルは足元に落ちた剣と、ジェレスマイアを交互に見つめた。どうして、と小さな声を洩らすと、ジェレスマイアは切ない表情を隠すこともなく、擦れた低い声で答えた。

「私に出来ると思うか……今更、お前に手を掛けるなど」
と……。

「お前は私の心をさらった。エマニュエル、私の生きる理由。お前は私の世界を変えた。お前がいなければ生きている理由のない世界に」
「…………」
「お前を天国からさらった私に、こんな事を言う資格はないだろう。しかし……お前は私に楽園をもたらした。お前を、私の妻にとさえ望んだ……」
「ジェレスマイア、さん」

「私の願いはもう国にはない。お前自身が、私の願いだ」

ね、その門を開いて……
長くて厳しい路の果てに見つけた、楽園の門を。

この一瞬の恍惚のためにだけ、今までの生を生きてきたのだとしても、後悔はしないから……

エマニュエルはそっと、片手でジェレスマイアの頬へ触れた。
血の気を失った彼の肌から伝わる体温は、低かったが、冷たいとは思わなかった。

灰色の瞳がとても優しく見えて、今が自分達の最期のときであるかもしれないというのに、もう、悲壮さはない。

「私も、ジェレスマイアさんの傍に居られる時間が、一番、幸せで……」

……楽園そのもの。
エマニュエルが小声でそう続けると、ジェレスマイアは柔らかく微笑んで見せ、軽く瞳を伏せると――エマニュエルの唇へ優しく彼自身の唇を重ねた。

戦場だったその場は、一瞬騒然とした。

城壁の上に立つ弓手達は、まだ弦を引き目標へ構えたまま、モルディハイの合図を待ち続けている格好だった。しかし地上の兵士達はどう振る舞うべきかを分かりかねていた。これは――ただ双方の王が一人の女を、いや、少女を、取り合っていたというだけの話なのか。

いや、これはダイスの王が乱心したのだ。いや違う、乱心したのは、ジャフ王の方だ。
――そんなざわめきが地上に走った。

二人の口付けは長く続いて、やっとジェレスマイアがエマニュエルの唇を離したとき、エマニュエルの身体は熱い余韻にくたりと倒れてしまいそうなほどだった。

これが最期なのだろうか、それとも、未来に希望を持っていいのだろうか。
奇跡を願ってもいいの――?

ひとときの口付けに与えられた甘い希望に、エマニュエルは、背後のもう一人の王の怒りに気が付かなかった。

どう表現していいのか分からない。
怒声のような、悲鳴のようなモルディハイの叫び声が急に背後から聞こえて、エマニュエルは振り返ろうとした――が、その前に、ジェレスマイアの身体が動いた。

「きゃっ!」
ジェレスマイアに投げ飛ばされ、エマニュエルの肢体が地面に転がる。

急いで振り返る――と、同時に、モルディハイの大剣が高く振りかざされ、ジェレスマイアを目掛けて振り落とされるところだった。

「――っ!」
しかし、ジェレスマイアは、モルディハイの剣から素早く身をかわし、地面に落ちていた剣を俊敏な動きで拾い上げる。
それは舞うような見事な動作だった。
対してモルディハイの太刀筋は、怒りに任せて振り回している子供のような乱雑さで、ジェレスマイアの洗練された動きに敵うようには見えない。

――――……

すべてが、ゆっくりとみえた。
モルディハイの怒った顔。ジェレスマイアの剣が放った、鋭いひかり。

そして、ジェレスマイアの剣がモルディハイに近付いたとき、エマニュエルは理解した。
この剣は彼が勝つ。勝って、しまう――と。

同時に、城壁上に構えられた弓がさらに引かれるのをも、エマニュエルは見た。

彼らはモルディハイの兵だ。
ジェレスマイアの剣がモルディハイに届く前に、ジェレスマイアに向け、幾つもの矢が放たれるだろう……そうしたら……

(予言)

そう――これは、全て予言されたとおり。
順番は少し違ってしまうのかもしれないけれど。でも、モルディハイだって、今更言葉を覆したりしないはず。

"その手でこの女を殺せ、ジェレスマイア!"

エマニュエルは立ち上がると走った。
モルディハイに向かって振り下ろされるジェレスマイアの剣の前に、身をさらす。

負傷した肩とは別の腕から繰り出されたジェレスマイアの剣は速く、そのまま、エマニュエルの胸に吸い込まれるように突き立てられていった。

 

「エマニュエル――!!」

二人の王の声が、同時に響いた。

エマニュエルの身体はまず、刺された反動でモルディハイの腕の中に倒れていく。
続いてジェレスマイアが地面に膝を落とし、エマニュエルの身体に覆いかぶさった。そして、また何度もエマニュエルの名を叫ぶのが聞こえた。

(どう、して……?)

薄れていく意識の中で、慟哭に歪んだ二つの顔を見つめながら、エマニュエルは思った。

……これは、貴方たち二人が望んでいたこと。

ジェレスマイアは最初から、いつかエマニュエルを殺すと明言していたのではないか。
モルディハイにいたってはまだ一刻にも満たない前に、数千数万の兵の前で、そう宣言したばかりだった。
それなのに、今は――

「……ぁ……っ」

エマニュエルは喋ろうとしたが、その途端に咽の奥から苦いものが込み上げてきて、声を出す邪魔をされてしまう。痛みに身体が震えた。
二人の王がまた何かを叫んでいる。
喋るな、と言っているように聞こえた。懇願のようにも。

"王"―― 

違う。
彼らは――ただ。
ただの青年なのだ。"王"――そう、生まれついただけで。

夢があって、恋をして、愛に飢え。
この戦場で呆然と立ち尽くしている一人の兵士とも、この戦場とはかけ離れたどこかで、小さな畑を耕している一人の農夫とも、何も変わらない。

「死ぬな……っ、エマニュエル!」

自身の狂言が現実となって、うろたえてしまうような、そんな、不完全でずるい、ただの生身の人。

愛しい、ただの子供。
悲しみに頬を濡らすのも、喪失を怖れ我侭を言うのも。
何も変わらない。

「泣か……ない……で」

絞り出すようにしてやっと喋ることが出来たのは、蚊の泣くようなか細い声だけで、二人に聞こえたのかどうかさえエマニュエルには分からなかった。
――その言葉に、さらに彼らの涙が溢れたのだから……きちんと伝わらなかったのだろうか……

エマニュエル、エマニュエル
ずっと敵対していた彼らが、今は同じ名前を一緒に呼んでいる。

もう、痛みは遠くて、後悔はあまりない。

エマニュエルは最期の力をもって、淡く微笑むと、言った。

「仲良く……して……ね、ずっ……と」

 

最後に、また小さく身体を震わせると、エマニュエルは眠りに落ちるように静かに瞳を閉じた。
そして動かなくなる。

くたりと、二人の男の腕に預けられた身体は、力を失っていった。

 

 

そして――指揮者を失った両軍は、混乱のうちに散り散りになっていった。
泣いている者もいたし、ただ無言で去る者もいた。

生気を失ったエマニュエルの身体が、大地に横たえられる。

ジェレスマイアとモルディハイはふらふらと立ち上がった。立ち尽くす、という言葉が、その二人の姿にぴたりと当てはまるようだった。

どこからか現れたタミール将軍が、ジェレスマイアの傍まで来ると、肩に手を置いた。
ジェレスマイアはそれを振り払った。

――戦闘の跡は深く、大地に転がるエマニュエルの身体も、ただその一部でしかない。

嵐のあと。
"嵐は沢山のものを破壊する。古きもの、過ぎ去ったものを"

そして嵐は過ぎ去った。傷跡だけを残して。

"やがて嵐が止んだとき、この王宮の前には沢山の花が咲くよ。草原に生えるような色とりどりの花さ……美しい。あんたは泣くだろうね"

 

 

これが『赤の決戦』、その結末だった。

次の朝には、悲劇の戦場に生きた者の姿はほとんど見えなかった。
ダイスの軍は去り、ジャフはそれを追わなかった。

何故、最初からこうなっていなかったのだろう――

何故、犠牲を生んだ後でしか、許し合うことができないのだろう……?

 

そしてこの戦いの結末に、不思議なことが、もう一つ。

エマニュエルの遺体の行方だ。
両軍が去りゆく混乱と、両王の正気を失った慟哭の中、突然、神隠しにでもされたように、一時的に天幕の中に安置されていたエマニュエルの身体が消えたのだ。胸に刺されたジェレスマイアの剣ごと。

そしてまた時を同じくして、一人の行方不明者が出た。
――"カイ" だ。

モルディハイの忍びであった彼は、この日を境に誰の前からも姿を消していた。

当然、この混乱の中、一人の間者の存在に気を止める者は少なく。
全ては闇と、悲しみの中に埋まっていった。

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