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Chapter 6: Decision of Paradise 1
今、あなたが踏み出す一歩が、明日を塗り変えていく。 たった一言が、何かを変えていく。 道を、選んで。 そこを進むのは自分。辛くても、苦しくても、疲れても。 忘れないで――辿り着いた先に、何があるのかを。
*
それから、夢と呼ぶには少し曖昧な何かを、見た。 意識に錘(おもり)をかけられて、目を覚ますのを妨げられているような感覚で、時々現実らしき声が耳に届くのに、起き上がることが出来ない。 ――嫌な予感がした。 いっそ忘れてくれたらいい。 そう思うほどの何かが起こりそうな、嫌な予感が――
ピシャン、という弾ける音と共に、冷たい水滴がエマニュエルの瞼のあたりに落ちてきた。 「……ん……っ」 (ここ……は……) 最初にエマニュエルの視界に入ってきたのは、乾いた木の梁(はり)だ。 王宮ではない――というのが、最初の認識だった。 身体は自由に動く。 (ここは、どこ?) 部屋を見回して全体像を把握するのに、長い時間は掛からない。一室のみの質素な造りで、最初に目に入った梁(はり)以外に目立つものはほとんどない、ただ灰色の壁が四角く伝うだけの小屋だった。 自然と、足はその扉へ向かった。 「わ、わぁ……っ」 最初に浴びた乾いた空気は、エマニュエルの知るどのものとも違って、一瞬、のどを塞がれたような感覚に陥った。 (ここは……) しかし、そこに広がるのはただ、長閑(のどか)な高原の風景だけだ。 エマニュエルは、ゆっくりと前へ進んだ。足元は、連れ去られた時と同じ靴を履いたままだった。 足が踏む、柔らかい土の感覚。 ただ美しい高原風の情景が続いていて、自然の奏でる音楽が優しく耳を撫でてくる。 ――こんなに自由なのに。 でも、きっと逃げられない。 「…………え」 そして、振り返って初めて、エマニュエルは自分が寝かされていた小屋の後ろにもう一つ、同じような小屋が立っているのを見つけた。 ――そこを、まるで、エマニュエルが振り返るのを待っていたように。 (あの、ひと) 夜の闇の中でしか見たことがなかったから、最初は驚いた。 二人の視線がエマニュエルの姿を捉えると、男は、隣に連れている少女に何かを耳打ちした。 すると少女は、最初ははにかむように肩を竦めながらも、もう一度男に何かを呟かれると、エマニュエルの方へ走ってくる。 そして少女は勢い良く、エマニュエルに抱き付いてきた。 「え、え……っ! あの!」 「えぇっと……どうして? どうしよう、あなたは誰?」 「あ……」 ――瑪瑙色の、瞳が。 「あなたは……モルディハイさんの……娘?」 半ば呆然とした声でエマニュエルがそう呟くと、少女は首を振った。 「じゃあ……」 「彼女はモルディハイ王に唯一、血の繋がった妹君であられます」 草原の上に、男とエマニュエルはいくらかの距離をおいて向き合った。 タリーはしばらくエマニュエルにしがみ付いていたが、男が歩を止めこれ以上近寄ってこないのを見ると、彼の方へ駆け戻って、同じように彼の腰に抱きつく。 「古来に伝わる言語で、"私の朝露" という意味です。モルディハイ王が即位した直後――父王が亡くなられてからお生まれになったので、王はタリー様の父親代わりでもあります。母親は違われますが、仲のいい兄妹です」 言外に、この赤茶の髪の少女が、モルディハイにとってどれだけ特別な存在であるのかを説明されているようでもあった。 男はエマニュエルの困惑をすぐに察したようで、ゆっくり言葉を選ぶような慎重な口調で、幾つかの謎を説明した。 「ご存知かもしれませんが、モルディハイ王は国内に――正確には、御一族内に、多くの不満分子を抱えている。おまけに王は身体の不 自由を口実に政敵を追放したことも多く、彼女を隠して育てざるを得ない状況になった……という訳です。表向きには、亡くなったことになっている」 タリーが、悲しそうな顔をしてうつむいた。 「ここはジャフの何処か――それが、私が貴女に言える全てです」 そこまで言って、男は、またタリーの耳元に何かを囁いた。 エマニュエルを見るタリーの瞳は、モルディハイと同色の赤みがかった瑪瑙色で、髪は、長く柔らかい曲線を描いていて、モルディハイのものに比べると少し茶色が強い。 エマニュエルの知っている幾つかの事実を繋ぎ合わせれば、タリーの歳は13か14ほどになるはずだ。 しかし歳よりずっと幼く見える―― タリーは男に言いつけられたのか、最後にエマニュエルを一瞥すると、二人を残し建物の方へ駆けて行ってしまった。 「王もタリー様も母君を幼くして亡くしています。前王は禁欲的な方で、他に子はいらっしゃらない。可哀想な方達ですよ。王族などに生まれるものではありませんね」 そう言って、男は曖昧な微笑を浮かべた。どこか切なくて、でもそれを達観しているような、哀愁のある微笑だ。 「貴女に言っても仕方ないかもしれませんが」 男はエマニュエルとの距離を縮めようとはしなかった。 「私は……どうしてここに?」 エマニュエルは肯定の返事をして、首を縦に振った。 「私の一族は粘土や水の様なもので、形を自在に変えて歴史の隙間を埋めます。貴女の国にも似たような者達がいるとか……確か、予言を生業としている。私達は"忍び" と呼ばれる種類の一族です」 男はそう、詩を謡うような調子で語った。 「私達が国に仕えるのは、それが一族の存続の為だからです。逆に言えば、その国の土台が揺らげば、別の国に仕えることも」 そういえば、この男はいつか、ジェレスマイアの元に仕えたいというような言葉を言っていたような気がする。 「現実だけが……目に見える事実だけが、私達の唯一の真実でした。しかし私は夢を見ようと思った。許されぬ夢を」 「それほど、貴女の存在は輝いて見えた。どんな形になろうと歴史に残る筈の、二人の無類の王。そこに現れた運命の星。賭けを……してみたいと思った」 いつまで経っても、男は象徴的な話しかしない。 「私は今、初めて、自分の為に動いているのかもしれません。本来なら貴女を殺してしまうべきだったのでしょう」 ――この人はどこまでを知っているのだろう。 次から次へと湧いてくる疑問を胸に、エマニュエルは、そっと胸元に手を寄せ青海石の存在を確かめた。 「……貴方の、名前は?」 「カイ、と呼ばれております」 柔らかく、通り過ぎるそよ風のように、静かに目を細めた"カイ" の微笑は、ジェレスマイアが時々見せるそれに少し似ていた。 「貴女がここに居るのは、モルディハイ王の命です。貴女はいわば人質……ジェレスマイア王を誘き出すための餌」 ――そうか。 それを――エマニュエルの為に。 「私に……出来ることは……」 「日が昇りきる頃には、モルディハイ王がこちらに到着します。貴女は――」 「――貴女でいればいい。そう思います。話をしてやって下さい。あの王もまた、孤独な方だ」
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あまりにも沢山の人が、幸せを探してる。 それを知っているのに、ねぇ、どうして、皆で一緒に探そうとは、思わないんだろう……? |
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