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Chapter 4: Follow to the Paradise 1
燃えるような赤毛は、よく獅子の鬣(たてがみ)に例えられた。 尊大な態度を粗野だと批判する貴族もいたが、そんな者達はいつの間にか王宮から追放されていて、以後誰もそれを口にする者はいない。 瞳は、光の角度によって何色とでもとれる、瑪瑙(めのう)のようだ。 西の大国ジャフに君臨する若き王、モルディハイはそんな男だ。 ――ダイスのジェレスマイアを虎に。
「ふん、あれも頑固な男だな。大人しく降参すれば臣下にでもしてやろうというのに、自ら進んで茨の道を行くとは」 なみなみと酒がつがれた杯を手に、モルディハイは、そう言うと声を上げて盛大に笑った。 そり返るように王座に座り、隣には黒髪の美姫をはべらせている。 「全くです、モルディハイ様。大陸最強を誇る我が王に抵抗しようとは、愚かの極み」 臣下たちは口々にモルディハイの言葉を肯定して、煽てた。 「ほう、そう言うか? ならば一刻も早くあの男と引き合わせて貰おう。月変わりの宵までに準備が調わなければ、文書代わりにお前の首をあの男に送るとするしよう」 モルディハイはそう言って、腰の剣を見事な速さで抜くと、臣下の一人の首元にピタリと当てた。 「言い訳は聞き飽きた。命が惜しくば、さっさと話を付けることだ」 「興が冷めた。お前達は下がっておれ――女、来るがいい」 モルディハイは立ち上がると颯爽とマントを翻し、臣下たちに背を向けた。女、と呼ばれた姫がその後を追う。
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そして寝室にて―― 「何故そんなまどろっこしい事をなさるのかしら……? 愚かなわたくしには、よく分かりませんわ」 女を床に残し、立ち上がったモルディハイは自分で肌着を身に着けた。 「謁見などせずとも、ジャフと王の力を持ってすれば、あんな小国は簡単に片付けられてしまうのではなくて? 兵を向けてしまえばそれでいいように思えるのだけど」 女は、濡れるように艶やかな黒髪を揺らしながら、シーツを身体に当て上半身を起こして言った。 「出過ぎるな、女。俺には俺の考えがある。それにあの男とはもう少し遊びたい。ただ片付けるだけでなく、もっと――」 「もっと苦しませてやりたいのだ。あの澄ました顔が歪むところを、もっと見てみたいのだ」 黒髪の姫は答えず、きゅっと口を結ぶとシーツを持つ手に力を入れた。 「お前は私の正妃の座を狙っているのだろう。全くご苦労な事だ……よく凝りもせず」 女の紅をさした唇が、僅かに開かれたまま止まった。 「俺が欲しいのは"あれ" の女だ。今の今まで孤独だったあの男が、やっと執心を覚えたらしい。それを寝取るほど面白い事はあるまい?」 落胆で顔から血の気を失っていく女を尻目に、モルディハイは、身支度を済ますとすぐ部屋を出た。 ダイスから届いた新しい知らせが彼の血をこう躍らせるのだ。まだ手にしたばかりの知らせだが、その信頼性は確かだった。 ジェレスマイア。 だからこそこれほど興奮する。 ――あの男は、モルディハイの唯一の癌だ。 ――比べられ続けたのだ、随分と長い間。 王の嫡子として生まれたモルディハイに、当初、優劣を比べられる存在など無きに等しかった。 "ダイスの皇子は中々の逸材だそうだ。モルディハイ様より優れているかも知れませぬ" まだ少年の日に偶然聞いた、初めての、敗北を意味する言葉。 また成長するにしたがい増えてゆく、似たような言葉と、屈辱の数々。 どういう訳か、大国の皇子として教育を受けた割に、モルディハイは荒々しい性質で粗野とさえ思われる男に成長した。 (見ているがいい――優れているのは、どちらか) 国を――歴史を――世界を動かす原動力など所詮こんなものだ。 モルディハイは長い大理石の回廊を早足で進みながら、来るべき未来を想像して、また怪しげな笑みを深めた。
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「これは青海石と呼ぶ――通称『海の涙』 だ。本来は海底で採れるものだが、ローレルの森の奥で時折見つかる。太古はここも海だったのかもしれぬ」 そんな言葉と共に手渡された、美しい青い宝石のついた首飾りに、エマニュエルは驚きを隠せなかった。 「綺麗ですね……。すごく素敵」 「気に入ったのなら身に着けておくといい。何らかの守護があるという話だ。私は信じる質ではないが」 今度は、エマニュエルは驚きの声を上げた。 「貰えませんっ。こんなに綺麗なのに、私なんかには勿体ないです」 それだけ言うと、ジェレスマイアは首飾りを持ったエマニュエルの手を、自らの手で閉じさせた。 首飾りを握ったエマニュエルの小さい両手を、ジェレスマイアが更に包むような格好だ。 トクン、と鳴る胸の音。 早まる鼓動に合わせて、熱くなる身体。 夜の闇が窓から差し込む、深夜に近い時間――ここ数日、いや、数夜。 エマニュエルは戸惑いながらも、手に包まれた宝石をきゅっと握った。 「あ、りがとう……」 と、また素直に言ってみると、ジェレスマイアは静かに、しかし確かに微笑んだ。 紡がれる言葉が少ないのが、かえって熱を煽って―― ジェレスマイアはそうしてエマニュエルの手を離すと、そのまま エマニュエルはそのまま、何も言えずにジェレスマイアの背中を見送った。 ――これがここ数夜、繰り返されている儀式の様なジェレスマイアの訪問の、お決まりの最後だ。 どうしてだろう、何が変わったのだろう。 この胸の高鳴りの意味も、ジェレスマイアの態度の変化も。 (どうなっていくの……) 変化の風が吹くのだろうか―― それぞれの心にそれぞれの決心を抱きながら、今、運命はその時を迎えようとしていた。
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「――もう、限界ですな」 深い溜息とともに、老首脳はそう言うと天井を仰いだ。 マスキールはそれに声なく頷いた。 「明朝に返事を出しましょう。先方に見合うだけの準備を整える時間が必要だと言い繕って、多少は引き伸ばしますが」 様々な手を尽くし、モルディハイ訪問の受け入れを伸ばしてきたが、流石に限度が来たようだ。 もちろん"悲しみ" とはただ現実を煙に巻いただけだ。 「――覚悟を決めましょう。時は来たのです、我々は、出来るだけの事をやり尽すまで」
足掻(あが)くのは愚かだろうか。もがくのは浅はかだろうか。 2人の王。運命の少女。 |
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