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私のお城は、温かい、両親の腕の中だった。 煌めく宝石は、草原に咲く小さな花々。王冠は、心の中にかかげられて。 今は本当のお城にいるのに、何が変わったのだろう。
Chapter 3: Searching for Paradise 1
「これ、よろしくお願いします」 何時になく神妙な顔をしたエマニュエルから手紙を受け取ると、マスキールは小さく首を傾げ、片眉を上げて見せた。 「まさか本当だったとは……」 「本当です! 一日掛けて一生懸命書いたんですから、ちゃんと届けてください。ジェレスマイアさんが許可してくれたんです」 マスキールが受け取った白い封筒には、表に『お父さん、お母さんへ』、そして裏には封と共に『エマニュエルより』 という文字が記されている。 エマニュエルの、両親への手紙。 マスキールの驚きを別の意味で取ったのか、エマニュエルは不安そうに眉を寄せて聞いてきた。 「先に調べるけど、ちゃんと送ってくれるって……聞いてませんか?」 言葉尻で、相手を噛ませる、という話術がある。 「森まで連れて行ってくれたんです。ご存知なかったですか?」 マスキールは封筒を口元あたりまで上げて、エマニュエルを見下ろした。 無理に問い質(ただ)すのも不可能ではないだろうが、どうも遂に、エマニュエルとジェレスマイアは、男女とまでは言わずも親しい仲になりつつあるようだ。 「失礼、勘ぐり過ぎたようです。他に何か御入用は?」 そうして幾つか他愛もない会話を交わし、夜の挨拶を済ますと、マスキールはエマニュエルの部屋を後にした。 ジェレスマイア本人に聞いてもどうせ、深い話は得られないのだ。あの王は、必要以上の事実を相手に見せない。 マスキールはまた、エマニュエルから託された封筒を裏表させ眺めると、可笑しそうに口の端を上げた。 先はまだ見えない。
(大丈夫だった、よね……?) マスキールが出て行った扉を見ながら、エマニュエルはやっと緊張が解(ほぐ)れるのを感じていた。 昨日の夜――ジェレスマイアに森へ案内され、しばらく2人で静かに過ごした、束の間の時間。 あれから多くは語らなかったが、ただ自然の風と大地を感じながら、心を癒した。 ただし帰り際ジェレスマイアは、刺客らしい男に襲い掛かられた事だけは内密にして置くようにと、エマニュエルに念を押した。 詳しい事情までは分からないが、ともあれ軽々しく騒いでならない内容であること位は、エマニュエルにも理解できる。 (手紙、ちゃんと届くよね。返事もらえるかな……) 今はそんな事よりも、心が昂(たか)ぶる別の理由があった。 (いつか帰れるのかな) 無意識に前へ出て腕を伸ばし、エマニュエルは壁に手を触れた。 (お父さん……) 帰りたいと思うだろうか―― ジェレスマイアが予言を―― ふと後ろを振り返る。と、ベッドの横に積まれた本が目に入った。
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薄暗く湿った、石造りの塔―― 中はぽっかりと空洞で、足音、水滴、声、そんな僅かな音を吸い込むように高く拾い上げていく。 「動き出したね」 黒いフードを被った老婆は、静かにそう言った。 「そろそろ顔を見てやるのも悪くないね。こんな舞台は、そう何度もない。楽しませてもらおうじゃないか……」 クックッという咽の奥から出る笑い声が、それに続いた。 「私の運命の子達。さぁ……ふたりとも、精々頑張っておくれ」
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ジェレスマイアは神妙な面持ちで、それは丁重に、嫌味たらしい程の装飾が施された文書を眺めていた。 『来(きた)る白の月、我等が親交を ジャフの狂王――ダイスを侵略しようとしている当の大国、その当の王からの、直々の手紙だ。 まず、『我が国と貴国』 だ。 (遂に来たか――) ジェレスマイアはあの、昨夜現れた刺客の存在を考えた。"あれ" はまだ、少なくとも今はまだ、ジャフの為に働いているのだ。 つまりあの狂王は、既にエマニュエルの存在を知っている。 「どう致しますか、王よ。そう軽々しく断る訳にもいきませぬ」 ジェレスマイアの執務室には今、彼自身を含め、4人の男が居た。 「受けるしかあるまい。断ったところで、向こうは理由を付けて乗り込んでくる。時期だけは出来る限り、伸ばすようにしろ」 手紙を机の上に投げ出すように戻し、ジェレスマイアはそう言った。 その後、首脳達は王とマスキールを残して執務室を後にした。 人が去り、しばらく沈黙の降りた執務室で、マスキールは意味ありげに咳払いをするとジェレスマイアに向き合った。 「思い切ったことをなさいますね、王。それはあの娘が居るからでしょうか」 ジェレスマイアは顔を上げず、ただ例の手紙と、幾つかの文書を見比べていた。 「こちらをあの娘から預かりました。貴方がご許可なさったとか……一日掛けて書いたと言っていましたね。無邪気なものです、羨ましい」 マスキールは、エマニュエルから託された封筒を懐から出す。 「気休めだ、これで逃げ出す気も起こさないだろう。害もない」 ジェレスマイアが顔を上げた。 「私は反対は致しません。少しの間、あの少女が貴方の慰めになるならいい。ただ、くれぐれも本来の目的を忘れないよう……」 マスキールはすっと立ち上がった。 「……そういえば、最近北の塔が動き出したとか。あの老婆もまた最高預言者です。中々、時期が分かっているのかも知れません。近々使いを寄越すと、人伝(づて)に聞きました」
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例の本は、読めば読むほど分からなくなる、迷路のようなものだった。 "予言とその結末"―― エマニュエルに予言を行ったのは正に、その、時の最高預言者だったはずだ。 (私の命が、ジェレスマイアさんの願いを叶える――) それが、エマニュエルとジェレスマイアの予言だ。そしてこの本によれば、その事実だけは確かに成就される。 エマニュエルは本を閉じると溜息を吐いた。 (今夜も、来てくれるかな) ("来てくれる" って、何? まるで待ってるみたい……!) エマニュエルは勝手に自分の発想に頬を染めて、勢い良く枕に顔を埋めた。 (待ってるの……? 私、どうして……) あの灰色の瞳を想像した。駿馬の上で抱かれた、あの厚い胸を思い出した。
エマニュエルは若さもあり、寝つきが良い。 ――それでもその夜ばかりはまた、眠れない夜を過ごした。 と言っても数刻だ。気の付かない内に、夜明け前、小さな失望と共に眠りについた。 だからエマニュエルは、今晩も長い政務を終え、夜も更けんばかりの頃やっと部屋に来たジェレスマイアの存在を、知らなかった。 彼が、随分と長い間エマニュエルの寝顔を見つめていたことも。 その拳が、どれだけ強く握られていたのかも――知らずに。 |
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