/Four Seasons/Paradise FOUND Index/掲示板/ |
晴れた春の朝に、小鳥がさえずる理由……。 どうして夏の空が、冬のそれより近くに感じるのか――そして、秋の風が何故、あんなに心を擽るのか。 不思議、とは そんな種類のものだった。 それが、今までエマニュエルが知っていた、世界の全て――
Chapter 2: Secret of Paradise 1
「エマニュエル様、どちらへいらっしゃるんですか? ご一緒致します」 そっと扉に手を掛けようとしたところ。 「えっと、少し外を見たいなって……」 エマニュエルの怪我は、ずっと安静にしていたお陰か、あれから10日を数えた今ではもう、動き回れるほどに回復している。 そして―― 「何かもっと、面白いところとか、その……っ」 あれ以来、ギレンはほぼ四六時中エマニュエルに付き添っていた。 当初……完全に部屋で軟禁されるのかと恐れていたエマニュエルだが、それは無く、思ったよりは自由に歩き回れる身だ。 「外を見てみたいな……って……」 ギレンはことごとく、エマニュエルの言動に不可解な顔をした。 "外" は、もっと広大なものだ――。 「庭園も綺麗だったけど、少し、違うんです」 そして部屋に居ようにも、ここには本当に何もないのだ。 「本当に……王も、罪な方ですわね」 そして、あの日を最後にジェレスマイアがエマニュエルに顔を見せる事もなかった。
*
「ふぅ……」 とりあえずエマニュエルはギレンと、庭園の端に腰を落ち着ける。 過ぎるほど手の行き届いた、芸術的な庭。 (どうすればいいんだろう……) 芝生の上に布を敷き、その上にちょこんと座る。 (逃げるにもまず、どうなってるのか探らなきゃ……) 1度、夜中にこっそりと部屋から外へ出ようとした。 そしてマスキールは毎日、日が暮れた後、エマニュエルを訪れては短い会話をしていく。 両親の様子が知りたいとエマニュエルが懇願すると―― (結局、分からなかったの) ――何故、ジェレスマイアが自分を必要としているのか。 彼は何故、自分を必要としているのだろう……? 外の空気を楽しんでいるのか……上を向きながら瞳を伏せるギレンを横目に見て、エマニュエルは自分の格好に目を落とした。 こんな風に自分を囲って、豪華な食事を与えて、美しい洋服を着せる。 ――逃げるべきだと思う。 逃げて、父や母の顔を見たい……と。 しかし王宮の者達は彼らの居場所を知っているのだ。今となっては、昔の様に逃げ続けられるとも思えない。 「――エマニュエル様は、書物はお好き、かしら?」 そんな時、ふっと思い出したようにギレンが言った。 「え? ほ、本ですか?」 ――それは本当だ。エマニュエルは確かに、正式に公共の場で学んだことはない。 「王の間からは少し離れていますけど……図書館が王宮の東にあります。お時間があるのなら、それも御一興かと思って」 ――本。 そうだ、本なら、何かしらの知識が得られるのかも知れない。 「私も行けますか? その、図書館へ」 「それは……マスキール様にお伺いしないと。でも、私が行って、御所望の本を取ってきて差し上げられますわ。国一番の蔵書量と言われているんですよ」 ギレンの言葉を受けて、エマニュエルは静かに考えを巡らせた。
*
「"預言者の歴史"、"歴史を動かした予言の記録" それに……"王家の始まり" ですか」 マスキールは重ねられた厚い本を一冊一冊、軽々と持ち上げると、眉を上げながらその題を読み上げた。 「なかなか分かりやすいお方だ。怪我が治ったと思ったら、これですか」 そしてまたバサリと、本を元の位置に戻した。 「お気持ちは分かります――今日、ギレンから聞きましたよ。図書館へ行くのを希望されたとか?」 エマニュエルは言うべき言葉がすぐに見つからず、口篭った。 「知りたいんです、それも……いけませんか」 ――時は宵。 「いけないとは言っていません。ただ――貴女を王の間から出すのは、王の許可がいりますから」 意味もなく。エマニュエルはその単語を繰り返した。 「貴方は、知って……?」 マスキールは真っ直ぐに言葉の矢を放った。 エマニュエルは目を伏せてしまいたい気分だった。が、ここで逃げてもどうにもならない事も、また、本能でよく分かっている。 「貴女はまだまだ世間知らずだ――けど、頭が悪い訳ではないようですね。どう説明するべきか」 結局、そう言って目を伏せたのは、マスキールの方だった。 「正直に言いましょう。細かいところは、私もまだ分からない、と」 「――王が何を望んでいるのか、それは存じています。しかし、あの方が貴女をここに置いている理由は……私にも謎です」 そう言うと、マスキールは少し情けない感じで、ひょいと肩を竦める。 「でもギレンは、貴方が一番王様と近いって……」 それで、どうやって生きていくのだろう……? あの灰色の瞳が浮かんだ。 ここには今、彼は居ないはずなのに……何故か、あの瞳に睨みつけられているような気分にもなる……。 「父君である先王と母君が亡くなられてからは、特に。あの方は一番大切な部分を、誰にも見せようとしない。自己防衛でしょうが、時々……」 そう続けたマスキールの口調は、どこか独り言の趣があった。 「――とにかく」 エマニュエルはそんなマスキールを見つめた。 答えてくれるかどうかは、定かで無かった。が――エマニュエルはもう一度同じ質問を繰り返した。 「……教えてください。あの王様が、何を望んでいるのか……」
この時、聞かなければ。 知らなければ、迷う事もなかったのかも知れない。 逃げ出して、隠れて、どこか遠くへ両親と共に姿を消して。 自分達だけの小さな楽園で、また、幸せを享受するの……。 でも、でもね。
マスキールはまっすぐにエマニュエルを見据えた。 どこか、エマニュエルの器を推し量ろうとするような視線だ。 しばらくすると、マスキールは部屋を見渡した。そして誰も居ないのを確認すると――声を落とした。真剣な顔で。 「――戦争が、始まろうとしています」 突然の、あまりの言葉にエマニュエルは声を失った。 「大国ジャフが、ダイスを侵略しようとしています。1度開戦してしまえば……我らダイスに勝ち目はない……」 エマニュエルの瞳が大きく揺れたのを、マスキールは見逃さなかった。 あぁ……これは、意外と得策だったのかも知れないと……残酷とは分かっていながらも、この国の宰相である自分が、頭の端でそう考えた。 「奇跡が、必要なのです。エマニュエル様」 エマニュエルは息を呑んだ。 「戦いを止めるための何か。幾万もの命を救うことの出来る、奇跡――王が望んでいるのは、ただそれだけです」 |
Back/Index/Next/ |