/Four Seasons/Paradise FOUND Index/掲示板/ |
Chapter 1: Paradise LOST 3
"時が来れば、私はお前を殺す。それが、私とお前の運命だ"
いつしか自らを王であると名乗ったその男は、それだけ言うと乱暴にエマニュエルの身体をベッドに放り出し、部屋から出て行った。 後に呆然としたエマニュエルを残したまま、挨拶もなく――しばらく、エマニュエルは呆然としていた。 あまりにも沢山の事が急に自分に降り掛かり、現実と幻の境界線を見失う。 突然見た事もない男に攫われると、薄暗い牢獄に投げ込まれ意識を失うほどの暴力を受ける。気が付くとベッドの上で、自分を攫ったその男はいつか自分を殺すと言う。 (ここから出なくちゃ…………) 悪いようにはしないと言ってはいたが――。 例えよくしてもらったところで、ここには愛する父も母もいない。 エマニュエルはシーツをたくし上げた。 せめてもの衣服を期待して辺りを見回したが、それは奇跡を探す行為に似ていただろう。 エマニュエルは途方にくれ、シーツを握りながら目を伏せた。その時。 「――目を覚まされたようで、エマニュエル様」 それは、突然。 ジェレスマイアが消えていった扉とは違う、部屋の端から男の声が響いた。 「……っ!!」 ベッドから逃げるには身体の痛みが許さず、エマニュエルは咄嗟にシーツを引っ張ってそれを全身に被った。 男――マスキールは、それを見て眉を上げた。 焦って隠れた"つもり" らしいエマニュエルは、しかし、その長い金色の髪をシーツの端からちょこりと覗かせている。 「衣服をお持ちさせて頂きました。他に必要なものがあれば、それもお持ちいたします」 ベッドの上の小山――エマニュエル――が、ピクッと反応したのが分かった。 「ふ、服……ですか?」 エマニュエルは顔を半分だけ覗かせ、震えた声で言った。 服。それは差し当たり、エマニュエルにとって今最も必要なものだ。 「な、投げて貰えますか……?」 作りこそ簡素ではあるが、上質のシルク地を贅沢に使い込んだ、美しい室内着だ。 「分かりました。どうぞ」 しかしマスキールは口元に微かな笑みさえ浮かべ、言われた通り服を投げた。 「わ……」 その、声は。うっすらと漏れてしまった小さなものだ。 エマニュエルは投げ渡された服に恐る恐る手を伸ばすと、自分の方へ引き寄せた。 「……あ、あの……着てもいいですか」 言い辛そうに、エマニュエルの語尾が弱くなっていく。マスキールは彼女の言わんとしている事がなんとなく分かったが……ここで素直に言う事を聞くのも、つまらない気がする……。 「お手伝い致しましょうか」 エマニュエルの青い瞳が大きく見開かれて、頬がほのかに染まる。 「冗談です。では、私は少しの間失礼しますので……侍女をお呼び致しましょうか?」 そして――後に頬を赤く染めたままのエマニュエルを残して、マスキールは彼が入ってきたらしい扉から出て行った。 パタンと扉が閉まる音が響いて、エマニュエルはまた、1人ベッドの上に残される――。
*
マスキールは扉の前に立ち、考えを巡らせた。 ジェレスマイアがエマニュエルを連れ帰って、今日でちょうど七日を数える。 二日間は地下の牢に、それから五日間はずっとあのベッドの上だ。 (あの人にも参ったものだ……) 宮廷の医師が付き切りで看病をしていたものの、エマニュエルの意識が戻り始めるとジェレスマイアは人払いをし、他の者を部屋に入れなかった。 (孤高、とはあの方の為の言葉だな) 困惑と感心が混ざったような、複雑な心境。 ――エマニュエルが発見されたのは、すでに半年ほど前だった。 それ以来密かに密偵と護衛を付け、定期的に様子を伺っていた。もちろん、本人や両親に気付かれぬように、ひっそりとだ。 この玉石混淆の王宮で、彼女の様な微妙な立場の人間の安全を確保するのは、そう単純な話ではない。 (しかし……) マスキールはふっと口元を緩めた。 が、随分と可愛らしい。まるで小動物の様な雰囲気の、幼い顔付きだった。磨けば輝くのだろう。そんな感じだ。 ――最終的に、ジェレスマイアは彼女を殺す気でいる。 ジェレスマイアは捕らわれている、のではないだろうか――マスキールにはそう思えた。 "この娘はその命をもって、この国の王の願いを叶えるだろう" 非常に曖昧な預言だ。あの少女を殺す事でジェレスマイアの願いが叶うと明言された訳ではない。 マスキールは考えながら数回、首を横に振った。 特に時の最高預言者、エマニュエルの預言を行った者は今、宮廷の奥に篭ったまま滅多な事では出てこない。一癖も二癖もある老婆だ。 ある意味、王よりも権力があると言えるかも知れない。 一説には彼らを、太古の昔、神からその力を分け与えられた者の末裔だという。 幾ら時が移り変わり、王朝が代わり、時代が進んでも、彼らはその影でひっそりと生き延び続けてきた。 (しかし……そうだな……) ジェレスマイアは願いを叶える必要があるのだ。
そうだ、待っている時間はない。彼にも、我々にも――。
幾千幾万もの命の存在の前に、儚く散るであろう一輪の花。 烈火の前に立ち上がる氷の王。 舞台は整ったのかもしれない。そして運命は幕を開ける――。
*
エマニュエルは何とかその服を着終わった。 最初はその手の込んだ服の作りに、戸惑う。 (とりあえず服は手に入れたけど……これからどうすれば) さし当たっての問題が1つ解決し、エマニュエルは次にするべき事を思った。 「…………っ」 しかし身体の隅々が傷むのも、変わらなかった。 (で、でも……っ) なんとか必死で、ベッドの縁へ這うような格好で向かった。大きなベッドの端まで辿り着き、足を落とそうと下を見る。するとやはり、この煌びやかなベッドは大きさにかなった高さを持っていた。 (どっちへ) エマニュエルは周囲を見回した。 エマニュエルは男の姿を思い出した。 雰囲気は大分違うが、堀の深い顔付きがどことなく、あの王、ジェレスマイアを思わせる感じもする……。 当然結果として、もう1つの扉から出て行くべきになる。 エマニュエルはゆっくり床へ足を下ろし、体重を掛けようとした。 「きゃあっ!」 悲鳴と派手な音を立てて、エマニュエルは床に転がり込んだ。咄嗟に引っ張ってしまったシーツが、身体の上にかぶさる。 「どうしました!」 マスキールは片膝を折り床に足をついた。 「……何をなさっているんですか、エマニュエル様」 呆れ、そして叱責が含まれた声だ。 横たえさせられ、エマニュエルは泣きそうな瞳でマスキールを見上げた。 「言い忘れていましたが――逃げる事を考えても貴女の為になりません。部屋の外には警備が、宮廷の中には騎士がいます。私達は、貴女に逃げられる訳にはいかないのですよ」 エマニュエルが息を呑んだ。 いつのまにか、柔らかかった彼の雰囲気が変わって、少し硬質な――ジェレスマイアに似た空気を纏っていた。
「言った筈です。時が来るまでは、悪いようにはしないと。妙な事は考えないことです」
絶望の後には、希望が。 憎しみの後には、愛が。 天国からの追放――。
私だけの、たった一つの楽園を見つけるために…… |
Back/Index/Next/ |