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Chapter 1: Paradise LOST 2
優雅な装飾が施されたその回廊は、昼こそ数人の高級官僚たちが行き来をするものの、日が落ちた今はほぼ無人だった。――たった2人を除いて。 「ジェレスマイア様、済んでしまった事ではありますが……今回はお遊びが過ぎました」 主から一歩後ろを歩き続けるその男は、言葉遣いや立ち居振る舞いこそ丁寧ではあったが、どこか堂々としている。 「ご無事でしたからこれ以上何も申し上げませんが、もう少し御自重なさるよう」 2人はある扉の前で、ピタリと歩を止めた。 「及ばぬこと、たかが小娘を捕らえただけだ。政務に遅れることもなかった。あまり過ぎるな」 会話、と呼ぶには少し一方的なやりとりがあって――ジェレスマイアは自分で扉を開けると、その中に消えていった。マスキールは頭を下げ続けていたが、ジェレスマイアの姿が見 えなくなると姿勢を立て直した。 そのまましばらく主の消えていった扉を見つめ、何事もないのを確認すると振り返る。 「警備、いるのか」 「――はい、確かに」 ――こちらもまた、乾いた、短いやり取りだ。 カツ、カツ……と。 そして、振り返る。 (それが、王……) マスキールは思った。この孤独こそ、王の背負うものだ、と。あの冷たい灰色の瞳が背負う、運命と責任であると――。 "王の間" を見上げ、マスキールは苦しげに眉を寄せた。
*
エマニュエルに与えられたその場所は、暗かった。 暗くて湿っていて、胸に詰まるような不愉快な匂いが常にあたりに充満している。 そこは、エマニュエルが知る何処よりも陰湿で、そして寒かった。 「誰かっ! 出して下さい、ここから出して! お父さんの所に帰して!」 エマニュエルが叫ぶと、目の前に太い木の棒が振りかざされ、そのまま振り落される。 ――何度叫んでも、どんなに懇願しても、結果は同じ。 それでも誰かの人影や物音があると、エマニュエルは必死で叫んだ。何か、誰か、ここから出ることの出来る手段を求めて……。 「よく丸2日も諦めずに騒いでられんな。けっ、どこかのいいお姫さんなんだろ? こんな所にまで身を落として、可哀そうなこって」 「……っ……!」 男は片手に持っていた酒筒を地面に投げ出すと、両手で棒を握った。そしてそれを、エマニュエルに向けて振り落す。 「今までいい思いをしてたんだろうが、お姫さんよ! 俺等みたいな屑とは違ってな!」 身体を襲う痛みに、エマニュエルは涙をこぼした。 低い天井からは、ポツリポツリと汚水の様なものが滴り続けている。 そして続く、看守からの暴力。 太陽の光が届かないここでは、時間の経過さえ知ることが出来ない。 (お父さん、お母さん……) エマニュエルは心の中で、2人の事を想った。 自分に何が起こったのか、何故こんな所に投げ込まれたのか。エマニュエルには分からなかった。 "エマを連れ去ってしまう怖い人たちも居るんだ。だからあまり、外に出てはいけないよ――" だから、だろうか……? (そんな……) だとしたらどうすれば、許して貰うことが出来るの――――。 数度目の衝撃が身体を襲い、エマニュエルは気を失った。
そんな時間が長く続き、エマニュエルの体力は限界に近付いていた。 もう、息の仕方さえ分からなくなってきて。 けれど――。 (熱い……苦しい……) 明らかに自分で"それ" と分かる苦しみが、エマニュエルを蝕み始めていた。 (このまま……死んじゃう、の……) 経験がある訳ではないのに、うっすらとそれを感じ取った。あえて言うなら、それが分かったのは人間の本能からだろうか。 ――ピチャン。 ここを通る者は、看守達以外に誰もいなかった。 たった数日前まで、両親のもとで愛に包まれて平和に暮らしていたのに――。 幸せで、温かくて、そして心地よかった。 (もう…………) 壁から鎖で手を拘束されたままの姿で、エマニュエルはただぐったりとしたまま。 "お前の命と引き換えに願いを叶える――この国の王だ" 思い付く理由はそれだけ。 (最後なら、お父さんとお母さんの顔を……) ガシャン! と。 それどころか、その音が本物か幻聴かさえ、定かではなく。 「あの女は何処にいる」 ――それが、最初に響いた声だった。 「あの女は何処だと訊いている。余計な事に口を挟むな」 そう看守が答えるとすぐに、一定の強さと速さの……訓練されているであろう足音が、最奥のエマニュエルを目指し響いた。そして目の前でピタリと止まる。 「そ……その、あんまり騒ぐもんで……仕方なかったんで」 何かが起こっている……それは分かったが、エマニュエルは顔を上げられなかった。 しばらくの沈黙の後、エマニュエルは手元が揺れるのを感じた。そしてカチリ、と音がして、両手の拘束が解かれる。 「う……ん……」 地面に投げ出されると思ったエマニュエルの体は、意外にも、ふんわりとした柔らかい"何か" に包まれた。
*
次にエマニュエルが目を覚ますと、そこは明らかに別世界だった。 「……こ、ここ、は……?」 そんな声さえも、高い天井と広い部屋に、飲み込まれて消えてしまう。 目を覚ましたエマニュエルが最初に見たものは、見た事もないほど大きな四柱式の豪華なベッド。 「起きたか」 男の――"あの" 声だ。 ――まだ自分の身に何が起こったのか分かっていない、そんなエマニュエルの傍に、あの声が響いた。 声の先までゆっくりと頭を動かすと、そこにはやはり、あの男が居た。 「あ、貴方は……」 エマニュエルはそう言いかけて、ベッドから身を起こした。 「え」 顔、が。一瞬で燃え上がるように熱くなる。 「…………!!!!」 エマニュエルは急いで腰周りに落ちた布を胸元まで引き上げると、口をパクパクさせた。 ――けれど男の方は、冷たい瞳をたたえたまま、眉1つ動かさなかった。 「安静にしていた方が身のためだろう。――命に別状がないのなら、私は構わないが」 そう言うと男――ジェレスマイアと名乗ったのが、僅かに思い出された――は座っていた椅子から素早く立ち上がった。そして立ち去ろうとした。 「! 待って……っ!」 「私を……帰して下さい! 貴方が何をしたいのか分からないけれど、私は何も出来ません。きっと人違いです!」 だから……と、言いかけて。エマニュエルは止まってしまった。 「……お前の両親は、お前に何も言わなかった様だな」 そう、静かにジェレスマイアは言った。 「だったら私が教えてやろう、お前が何者かを」 はっと 息を吐く間もないほど素早く、ジェレスマイアは振り返るとエマニュエルのベッドに大股で近付いた。 「…………っ!」 ベッドに乱暴に身を乗り出すと、エマニュエルの顎を持ち上げ自分の方を向かせた。 その行為の全ては横暴で、荒々しい……が、どこか洗練を思わせる――。 エマニュエルは言葉を失った。 しかしジェレスマイアは、その状況に感情らしきものは一切見せなかった。 そして、その瞳に似合った冷たい声で、話し始める。 「お前が生まれた時、この国の最高預言者が伝えた――お前はその命をもって、この国の王の願いを叶えるだろう、と」 ――具現者。 それは、この世界で万に1人と言われる、特別な運命のもとに生まれてくる者の称号だ。 当たる事もあれば、当たらない事も――ごく稀だが――ある。 しかし最高預言者の言葉となれば、それはほぼ間違いない……。 「お前が生まれた夜、時の最高預言者が予言した。街まで出向き、生まれたばかりのお前の前で、はっきりとな。しかしそれを聞いたお前の両親は、お前を隠し人知れぬ 枯れた北の果てへ逃げた……」 「……そんな……」 「だから、貴方は……私をここに……?」 ジェレスマイアは、そう言うとエマニュエルの金の髪を強く引いた。 「――しかし時が来れば、私はお前を殺す。それによって私の願いは叶う。それが、私とお前の運命だ」
ジェレスマイアが僅かに耳元から顔を離すと、2人の視線が合った。 ――グレイ。冷たく澄んだ、灰色の瞳。 2色が揺れて、混ざる。
手を伸ばせば届く、それは、楽園。 しかしそれに気付き受け入れるのは、手を伸ばすよりもずっと、難しい……。 |
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