/Four Seasons/掲示板/ |
      天と地の狭間(はざま)で―― 二人は佇んでいた。来るべき未来と、捨て切れない過去を 持て余しながら……   __Heaven to fall  「どうして……離してくれないのですか。貴方と私は、愛し合ってはいけないの……」背後からきつく自分を抱く男に、女はそう呟いた。 それは、それが真実だから……。 「――神が決めた下らぬ戯言。私に、それを聞いてやる義理は無い」 「私には、あります。理(ことわり)に反する訳にはいきません」 しかし男はさらに腕に力を入れた。女の衣服は白を基調にしており、男のそれは、逆に、黒だ。 出逢うことさえあってはならなかった二人。 「私は天へ戻らねばなりません。そして大地と、人々を守り続ける義務が」 女は振り返った。振り返って、男を見つめる。 「ならば、人間など全て葬ろう。大地など塵ほどの形も残らぬよう、粉砕してくれる」 ――あぁ……。女はそう、切なく短い吐息を漏らした。 自分は何という男を愛してしまったのだろう…… 「離して……下さい」 「私、は……」 「私は、天にあるもの。地上の生を司るもの――その、はしくれです」 その台詞に、男の瞳に残酷な光が宿った。 「私は地の底にあるもの。地上の死と終焉を、司るもの――」 ――だから。 「離して、下さい。私、は……行かなければ」 女が言い終わるより先に、男が掴んだ女の手首を捻り上げた。 「痛……っ」 女が、懇願の瞳で男を見上げる。 「行くというのなら――私を殺してからにしろ。それだけの覚悟があるのなら、放してやろう」 ――男は腰から剣を抜いた。 不老不死の天使と悪魔を殺めることの出来る、唯一の道具。 (や め て) ――男を止めなければならない。 剣は、空気を舞う度にシャラン……と、身体の芯へ響くような音を立てる。 「仕舞って下さい、戯れが過ぎます」 男は剣を縦に持ち、それを女の胸元へ押し付けた。 「この心はお前の物だ」 「抉(えぐ)り出すがいい――お前を思うこの心臓など。抉り出し、握りつぶせ。お前に触れたこの指を切り落とし、お前に語りかけた、この喉を潰せ。そしてお前の記憶を持つ、この頭蓋を叩き割ればいい!」 ――空気を震わすほどの怒声が、響き渡る。 「あ…………」 どう反論すればよかったのだろう――女はただ、男を止めたかっただけだ。 「忘れて下さい。お願い……忘れて、そして……これを仕舞って」 剣を押し返そうとした女に、男の残忍な視線が絡む。 (――違うの、怒らないで。私にそんな価値はないの……だから) そう、女が言葉にしようと思ったその時、それはもう遅かった。 「――っやめて!!!」 ――女は、声の限りに叫んだ。 同時に、その鋭利な剣が向かおうとしていた、男の胸に飛び込む。 「な……っ! 何をした!!」 男は急いで剣を投げ捨てた。が、既に――刃は、男を庇おうとした女の背を傷付けている。 「何という馬鹿な事をしたのだ! 私を忘れると言ったのはお前だ、何を庇う必要がある!!」 男は己の掌を強く女の背に押し当てた。 「お前が……傍に居ない世界など、用は何もない。だからこうしたのだ――それを、お前が消えてどうする……」 腕は身体と傷を強く押さえながら、男は女の瞳を覗き込んだ。 「……違い、ます……私は」 これはただの剣ではない。死を司る悪魔のみが持つ事を許された、神聖なもの。 ――天使である女が、この神剣に身を晒したことなど、ある筈もない……。 「うそ、を……ついたの。貴方に、永遠の命を、捨てて……欲しく、な……」   "私達が結ばれる方法が、一つだけある"――その時はまだ、それが現実になるとは思ってもいなかった。 この地上に、舞い降りた一人の天使と、一人の悪魔が、巡り合う。 "いけません、貴方には貴方の使命が。私には、私の使命が……" 戯れだったのだ。 気が付けば魂ごと攫(さら)われていた。 あの頃、男は悪戯に女を口説いていただけだ。 "人間の生というのも、それ程悪い物ではないらしい。寿命が短いのが欠点だろうが、それでも色々と我々には無いものがある" "不謹慎です。人の生は脆いもの……老いがあり、死があります" 悪魔の微笑み――そうだ、文字通り悪魔の、魅惑の微笑み――を浮かべながら、男は女に言った。 愛し合うことを、摂理に反すると抵抗する女に、一つの"提案" を投げかけて。 そうすれば愛し合える。 けれど女は、それを受け入れることが出来なかった。 理由は、己の命ではなく。 ただ一時の戯れの為に、愛した男にそんな選択をさせる訳にはいかなかった。 男は悪魔だ。 それでも――天使としての道を離れ、地にこの身を落としても――この想いを抱き続けよう……と。   「忘れる……なんて、できない……から」――きっとあの微笑だった。男が、最初に女の心を攫ったのは。 「私、は……地へ、堕ちます。天へ……戻る権利は、もう……でも貴方は」 「……貴方には、生き続けて、欲しい……の」 地へ、堕ちること。人間になるということ。 それは、未来永劫の命と永遠の若さを持った天使や悪魔から見れば、死刑宣告に他ならない。見る間に老い、日々の苦労を担ぎ、そして時が来ればその寿命は尽きる。 「お前一人が地に堕ちるつもりだったか! 一体この頭の何処から、そんな下らん考えを生んだ!」 男の怒声は、どこか断末魔に似ていた。 「私に…………そんな、価値 は」 ――お前の想いを、知ってしまったからには。 そして微笑んだ。 「――共に堕ちよう、地へ。そして人として2人で生きよう」 女の瞳が大きく揺れる。 「子供を作るのも悪くないだろう。お前も憧れていたな、正直なところは?」 男の微笑みには悪戯が含まれていた。そう、初めて逢った、あの頃のような……。 「いい、の……?」   堕ちよう、地上へ――。愛と憎しみ、生と死、過去と未来が鬩ぎ合う、その世界へ。   「人には、名前、という物があったな」そして地へ、辿り着いた時――男がぽつりと言った。もう魔力は無い。今までなら簡単に、空を飛び必要な場所へ移動した所だが……今は己の足で進む。一歩、一歩確かに。 「ええ……生まれた時に、決められるそうです。私達には、ありませんね」 お互いを名付け合う、というのは? 男がそう言うと、女は愛しそうに笑って、さらに近く男の胸に顔を寄せた。 「そう、ですね。楽しそう……」   堕ちたのは、そう……誰が何と呼ぼうとも、天国だったの…… |
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