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Forgiving 9 - Dream   Ask, and it shall be given you; seek, and ye shall find; knock, and it shall be opened unto you: 自分が忍耐強いかと聞かれたら、多分に、答えはノーだろう。 必要ならば耐えることも出来ないではないが――事実、ケネスの人生はよくそれを必要とした――この期に及んで、今、大人しく部屋で彼女を待っているなどケネスにはまず不可能だった。このはやる想いを、コントロール出来る者が居るというのなら、誰でもいい。どうすればいいのか是非教えて貰いたいところだ。自分に出来るとは思わないが…… ケネスは待っていろと言った三島の忠告を頭から放り出し、上着を掴むと、足早に部屋を後にした。   あかねが例のホテルへ着くと、また数ヶ月前と同じあの支配人が、同じような驚いた顔であかねを迎えた。「リッター氏なら、ほんの数分前に出て行かれたところですが……」 「出て行った? それは、チェックアウトを?」 息の上がっているあかねが、落胆に肩を落とすのを見て、支配人は慌てて首を振った。 「いえ、ただ外に出て行かれただけです。随分急がれているような様子で……滞在は明日までされるようですが」 あかねはまだ肩で息をしながら、必死に考えを巡らせた。ケネスが出て行ったのはほんの数分前だと。明日まで滞在する予定だと。ともすれば、少なくとも夜にはここに帰ってくるはずだ。しかし……? 「彼から何か聞いていますか? その、誰を訪ねるとか、どこへ行くつもりだとか」 「そこまでは。ただ、もし一条さまがいらしたら部屋に通しておくようにと言い付かっております。失礼ですが……」 そう言って、支配人はあかねに答えを求めるような視線を投げかけた。あかねがその"一条" かどうか確認したい、という感じだ。あかねが頷くと、支配人はあかねを部屋へ案内しようとした。しかし寸前で、あかねは支配人の後を追うことに躊躇した。 ――いつ帰ってくるか分からない彼を、今、大人しく部屋で待っていられる自信はない。会いたいのだ、今すぐ。 「……ごめんなさい、彼がどっちの方向へ出て行ったかだけ、教えてください」 支配人は振り返ってあかねを見ると、小さく口をぽかんと開けた。 しかし、しばらくすると何かを察したのか、朗らかな笑顔に戻り、あかねに答えを与える。 「右の大通りへ出て行かれましたよ。車通りが多いのでお気を付けて。数分前ですから、追いつくには急がないと」   彼女を探そうと思っただけだ。アカネを。それ以上の何を望んだ訳でもない。小さな願いではないか? 世界の王になりたいと願っている訳でも、土星の欠片を取ってきてくれと言っている訳でもない。ただ、一人の女性に会いたいと望んでいるだけだ。こんな小さな願いくらい、神よ、叶えてくれてもよさそうなものじゃないか? ――喧騒に巻かれながら、ケネスは空を仰いでそんなことを思った。 東京の街はまるで、始まりも終わりもない迷路のようだ。辺りは人だらけで、おまけに彼らはそろいも揃って、長身のケネスをじろじろと眺めてくる。 この朝、ケネスは日本に着いて、まず三島に連絡を取った。あかねの番号は自宅も携帯も繋がらなかったからだ。 どこに、彼女はいるだろう。   あかねはまず、2人が最初のキスを交わした公園に来ていた。"あの" 休憩所を探す――あの夜は雨で、しかも突然の雷とあって、慌てていて、正確な場所を覚えていたなったのだ。しばらく公園をうろうろすると、やっと、それらしき姿が目に入る。あかねは息を呑んだ。 ――この数ヶ月、ずっと避けていた場所だ。 ケネスとの思い出が詰まった場所はどこも、ずっと行けないでいた。 あかねはベンチと、それを保護する屋根と柱を眺めた。コンクリート製だが、アンティーク調のデザインの、なかなか素敵な一角だ。自分達はここで最初にキスを交わしたのだ……そう思うと嬉しいような、逆に切ないような、複雑な気分になる。 しかし休憩所は無人だった。 時々通行人が、ベンチの前で立ち尽くすあかねを不思議そうな目で見てくる。 (い、いけないっ、時間がないんだから……) ケネスは明日の夕方には発つと行っていた。という事は、それまでに会えなければ、次にいつ会えるか分からない。こんな所でぼぉっと思い出に浸っている時間はないのだと、あかねは自分に言い聞かせて、その場を後にした。 次に、2人が初めて逢った場所に。 その次は、何故か、2人が初めて夕食を共にしたあのレストラン。 彼方此方を回り、一時間以上が経ち、仕事用のヒール靴を履いた足が痛み出したころ、あかねはだんだんと不安になってきた。 (やっぱり、ホテルで待っていた方が良かった……?) だいたい、どうしてこんな場所にケネスが居ると思ったのだろう。 何か仕事の用事で外に出ただけかもしれないし、そもそも、ケネスがあかねの為に日本に戻ってきたのだという確証はないのだ。三島の口調に、あかねが勝手にそう解釈しただけで。 あかねは下を向いて、スカートの裾をきゅっと掴むと、唇を噛んだ。 (でも、もう一回だけ……) ――理由を聞かれたら、説明できない。 けれどその時、あかねは、なぜか"あそこ" へ戻らなければならないような気がしたのだ。あそこ。2人が初めて口付けた、あの場所へ――   その夢はまるで、風が運んできたように穏やかで、自然に、ケネスの脳裏に描かれた。どこか公園の様な場所で……母親が出てきた。自分は、まだ少年だ。 いや、少年の自分を、今の自分が眺めているような感じだろうか。 "ねえ、ケン。聞いて、私はあの人が好きだったの、とても"   ケネスがゆっくり瞳を開くと、そこには人の気配があった。風はほとんど無かったはずなのに、何故か傍の針葉樹がざわざわと音を立てる。空が夕暮れの色を落とし始めていて、思ったより寝てしまったらしいことだけはすぐ分かった。 顔を、上げる。するとケネスの視界に、一人の女性が映った。 ――夢の続きだろうか。 そんな気がして、ゆっくり、どこか怯えたような足取りで近付いてくる彼女に、ケネスは優しく微笑んだ。あれだけ探していたのに、結局…… 「You find me」 寝起きの少し擦れた低い声で、ケネスは言った。 それを聞いた途端、あかねは捕らえていたものから解かれたように、勢いよく彼に駆け寄った。 ケネスの腕が、そんな彼女を受け止める。 強く、そして、愛おしそうに―― |
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