1. その地は混沌としていた。
支配者は時と共に移り変わり、新しい言語を、文化を、宗教をその地にもたらす。ある日を境に属する国の名前が変わることも、珍しくなかった。
戦火、謀略、独裁――そんなものがよくこの土地を襲った。
しかし人間の本質を変えることなど出来るだろうか?
人々はこの地に生き続けた。時に執拗に、時に無気力に。時に誰かを愛し、時に誰かを憎み。この地上の全ての者と同じように、幸せと愛情を求めながら。
――時は、17世紀後半。
所は東欧、黒海を目前にし深い森に囲まれた神秘の土地、トランシルバニア。
オーストリアの支配下の時代に、しかし、歴史に一文字さえ残らない小さな町があった。
名もなく、ただ、赤レンガを基調に建てられた町並みと、その土地で取れる土の色から、『赤い街』 と呼ばれていただけの、小さな集落。
深い森に囲まれたそこで、3人の男女により繰り広げられた、ある愛の物語。
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